第20話 ストレス発散②
「リオネラ! 控えよ!」
青褪めた皇王が慌てて止めに入るが、リオネラの口は止まらなかった。
「なぜ敬われる筈のわたくしが、汚らしい地面に転がされなければならないの⁉ なぜお兄様は、あんな貧相な子供を大事にするの⁉」
途端に
次いで、そばにいた竜人の近衛師団の幹部たちからも、隠しようのない怒気が溢れていた。
「
「竜王陛下、ご寛恕を! リオネラは幽閉して、生涯どこにも嫁がせませんので、どうかご寛恕を!」
「竜王陛下! 陛下の手を汚さずとも、我らがおります! 近衛師団にお任せを! アリスティア様を、竜王陛下の半身様を愚弄した者は万死に値します!」
「そうです! 我らが陛下のお心を患わすその女を処刑いたします!」
場が騒然となる。いきり立つ近衛師団に、怒気を露わにする竜王。なんとか娘の命だけは助けたい皇王。呆然と見守る宰相と宰相筆頭補佐官。呆れた様に見ているのは、皇太子補佐官たち。
その場は混沌に包まれた。
「皆様、煩いですわよ! ルーカス様。そんなに怒らないでくださいまし。わたくしにお任せを」
「しかしティア」
「 お 任 せ を 」
アリスティアは先程の皇女の言葉を聞き、魔術発動をやめていた。腰に両手を当てて仁王立ちするアリスティアからは、謎の迫力が漂っているのだが、本人にその自覚は全くない。
「……仕方ない。だが、後で
「それはご褒美でしかありませんわね」
さて、と前置きして、アリスティアは皇女を見据える。
「リオネラ第三皇女殿下。あなたは、なぜ敬われる筈のわたくしが、と仰られましたけれど、何もしていない人を敬えるほど、平民は馬鹿ではありませんわよ。
民だって、自分たちの生活をより良くしてくれる皇族なら敬うけれど、立場に甘えてふんぞり返っているだけの甘ちゃんな皇族なんて、影では何を言われているのかわかりませんし、それを不敬だと取り締まってしまえば、民の心は皇族から離れます。だから、何もしていない甘ちゃんな皇族は、民の鬱憤晴らしに最適ですのよ」
にこりと微笑むアリスティアだが、内心では憤っている。
「安定のアリスだね」
「怒りまくっているみたいだね。毒舌がいつも以上にパワフルだ」
「皇族だから敬われて当然とお考えなら、その甘い考えは今すぐお捨てなさい。あなたは皇族である前に、人間として未熟過ぎます。どう教育すれば、こんな甘ちゃんが出来上がりますの⁉ 傲慢でも許されるのは、政務能力がある場合だけですわよ! 政務もなさってない、日々食べて寝て排泄するだけの穀潰しの皇族なんて、敬う必要もありませんわね。血を繋ぐなら、他にも皇族はいますもの。こんなのは民にとって害にしかなりませんわ」
「アリスティア、さすがに不け」
「父様は黙ってらして」
ピシャリと断ち切るアリスティア。その迫力に、さすがの宰相も口を閉じてしまう。
「リオネラ第三皇女殿下。貴女が日々口にしている食事は、民が作った作物を使っていますわ。貴女の着ている装束は、民が織って仕立てていますわ。貴女が生活するに当たって支給されている皇族手当は、民からの血税ですわね。民がいないと、貴族の生活は成り立ちませんのよ? わたくしですら、五歳で理解できたのに、生まれながらの皇族であるはずのリオネラ第三皇女殿下が、よもや未だに理解できていないと仰られませんわよね?」
アリスティアの言葉の刃は、鋭く周囲に響く。
お前は、五歳の自分より劣っているのだ、と言外に込められた意味を、その場にいる人々は正確に理解した。
「皇王陛下」
アリスティアに呼ばれて、なぜか背筋を糺す皇王。
「なにかな、アリスティア嬢?」
「リオネラ第三皇女殿下の教育及び躾は失敗していますわ。もう十六歳ですから矯正は難しいでしょう。この方は表に出していい方ではありませんわよ。表に出したら皇族の恥にしかなりませんわ」
よほど腹に据えかねていたのか皇王にも遠慮なく噛み付くアリスティアに、父親である宰相のアーノルドと兄のディートリヒは顔色をなくした。
「ティアの言うとおりだな。民の上に立てる人格ではない。しかし、生涯幽閉でも血税は使われる。いっそいなくなったほうが、国の為になると思うぞ」
「でしたら、下働きからやらせればいいのですわ」
「下働き?」
「ええ。お忘れですか、竜王陛下? 貴方がフォルスター臣民国を従属国にしたのですわよ。そこの宮殿の下働きの使用人として放り込めばいいのですわ」
「なるほどな。罰としてはちょうど良いか。目障りな奴もいなくなるしな」
皇王が顔色悪く、アリスティアと
明らかに第三皇女の教育係の選定に失敗しているのだから。
「皇王。リオネラはすぐに廃皇女としろ。即日は無理だろうが、明日にはフォルスター臣民国へ宮殿の使用人として送り込む。竜王の半身を愚弄してこの程度で済ませてやるのだ。だが、従わねばリオネラは殺す」
「……御意」
「竜王陛下、寛大に過ぎます!」
「この様な侮辱は、竜族として放ってはおけません!」
「騒ぐな。我が半身が決めた事だ。従え」
「……御意」
「しかし、なんと慈悲深いお方なのだ、アリスティア様は」
「ご自分が愚弄されたのに、生かしておくとは」
「聡明な上に慈悲深いとは、得難い半身様ですな、竜王陛下」
「ティアは私の自慢の半身だからな!」
アリスティアに人の心を読む術はないが、皇女の目はアリスティアに向けられている。憎悪は感じないがその目は昏く淀んでおり、アリスティアは鳥肌が立った。
皇女から目を逸らし、アリスティアは頭を軽く振った。
その時、アリスティアの頭の中にいい案が浮かんだ。
「気を取り直して、ストレス発散ですわ! 新しい魔術を思いつきましたの! 試してみますわ!」
アリスティアが
「
先程より多くの隕石が、流星群の様に位相結界内に降り注ぐ。結界内の海には水柱が次々と立っている。
「これですけど。今は直径ニ十キロメートルの円筒形の結界内に降り注ぐだけですけど、
アリスティアは新しい魔術が成功した事に興奮し、エルナードとクリストファー以外の人間が真っ青になっている事に気づかない。
「アリスティア様は、魔術の才能が凄いですな。これは、どのくらいの魔力量で撃てるのですか?」
竜の国の近衛師団長、アロイス・イーゼンブルクはひたすら感心したように目を輝かせ、アリスティアに問いかけた。
「
「なんと! たったそれだけで大陸全土をカバーできるのですか! 後で教えて貰う事はできますか?」
「いいですわよ」
「ティア。さすがに許可はできんぞ? エルナードたち以外の他の
「えぇ……でしたら、ルーカス様経由ならどうです?」
「それならば。と言うことで、アロイス。暫し待て」
「御意」
近衛師団長は、恭しく礼をした。
「では再開いたしますわね。メテオライト・シャワー! メテオライト・シャワー! メテオライト・シャワー! 三段撃ちですわ!」
アリスティアは早速新しく作った攻撃魔術を、腕を真っ直ぐ上に伸ばし手の平を上に開いて撃つ。
「ティアは三段撃ちが好きだな」
「なんだかそれが、収まりがいいのですわ」
「ティアが楽しそうで、
「今、とても楽しいですわ! 多分、結界内の海は沸騰しますわね」
アリスティアはくふくふ笑いながら言う。好きに大魔術が撃てるのだから、彼女にとってはすこぶる爽快なのだ。
「位相結界ですから、中は新たに作られた異界で、被害は何処も被りませんのよ」
ルーカスを見上げ、アリスティアは安全だとアピールした。ルーカスは温かい目でアリスティアを見る。
「メテオライト・シャワー! メテオライト・シャワー! メテオライト・シャワー! 三段撃ち! ええと、三回目!」
体内の魔力に意識を向けたところ、魔力は残り少なかった。
「ティア。これで撃ち止めだ。魔力切れを起こしそうだぞ」
「仕方ないですわ。そろそろぐったりですもの」
ルーカスがアリスティアの状態に気づき、ストップをかけてきた。本当にアリスティアをよく見ている、と胸の中が暖かくなり嬉しく感じた。
「カイル様、アロイス・イーゼンブルク伯爵、ノルベルト・ヘッセン子爵、リーンハルト・ヴィルヘルム侯爵、ラファエル・フュルステンベルク侯爵、フリードリヒ・カステル子爵、ギュンター・テーリンク伯爵、どうでしたか? 楽しめました?」
くるりと振り返り、アリスティアは見学していた竜人たちに尋ねる。楽しんでくれたならいいな、と思いつつ。
「大変、楽しい時間を過ごさせていただきました。アリスティア様が新たに
「我らとしても、アリスティア様が将来、竜王妃となられる日を心待ちにしておりますよ」
美麗な近衛師団の青年たちが次々とアリスティアを褒めるが、アリスティアは恥ずかしくなってルーカスに抱きつき、その胸に顔を埋めてしまった。顔が火照っているのを感じるから、アリスティアの顔はきっと赤くなっているだろう。ルーカスはアリスティアの背中に片腕を回し、もう一方の手で彼女の頭を撫でてくれた。
「恥ずかしがるティアも可愛いな」
そんな事を低音の柔らかい声で言うものだから、アリスティアの顔はますます火照ってしまった。
「では終わったようですので、我らはこの辺で国に戻りましょう。帰還は転移ですので、名残惜しく思いますが、
カイルがそう言うと、竜人たちは一斉に右拳を左胸に当て踵を打ち鳴らしてアリスティアとルーカスに敬礼した。
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