第19話 リオネラ第三皇女襲来②


 皇太子ルーカスの声が楽しそうに提案する。アリスティアは困ったように眉尻を下げた。


「魅力的な申し出ですけど、魔力譲渡には時間がかかりますでしょう? ですので、残念ですが今回は、諦めますわ」

「遠慮せずとも良いぞ。竜化した後で、ティアを舐めれば即効性があるぞ?」

「なめっ⁉ ルーカス様、わざわざ竜化しなければ出来ない魔力譲渡ならば、遠慮いたしますわ。多分、もう少し広範囲隕石落としステラリット・メテオリテの必要魔力量を削減できれば、あとの事を考えた場合でも四十発まで増やせると思いますもの」


 アリスティアの怒りはまだ治まっていない。それ故に数字が、広範囲隕石落としステラリット・メテオリテを撃つ数字ではなくなっていた。


「ティアは広範囲隕石落としステラリット・メテオリテの必要魔力量を削減できるのか?」

「簡単ですわよ? 魔力を薄める感じにすれば、使える魔術が増えますもの」

「思った通り、トンデモ理論だったな。魔力を薄めるなんて発想、普通の人間では辿り着かないぞ」


 言いながら楽しそうに笑う皇太子に、アリスティアは首を傾げた。


「まあ良い。リオネラ」


 呼ばれたリオネラ第三皇女は、大量の冷や汗を流しつつ、跪いたまま竜王ルーカスの方を見る。その顔にはまだ、理解出来ない、と書かれている。


「貴様はワレの逆鱗に触れた。人の身でワレを測るばかりか、我が婚約者、我が半身アリスティアを愚弄した。人間とはまこと、他者を下に置かぬと気がすまぬようだな? 今回はアリスティアが自分で事態収拾に動いたからな、貴様の命は今しばらく生かしておいてやる。だが、竜王の目の前でのアリスティアへの侮辱は、二度目はないと思え」


 ルーカスの金色の瞳が縦に裂けた。

 リオネラ第三皇女は、恐怖に引き攣った。


「ひっ!」


 リオネラ第三皇女の短い悲鳴が部屋に響く。


「ルーカス様。わたくし、ストレスで吐きそうですわ。海岸で広範囲隕石落としステラリット・メテオリテ撃ち放題したいですわ!」


 アリスティアが突然、叫んだ。


「ティア。ストレスは発散せねばならんな。よかろう。オーサまではワレが連れて行こう。そう言えばティア。は必要か?」


 そう言いつつ、ルーカスはニヤリと嗤う。アリスティアはルーカスの言いたいことを正確に理解した。


「そうですわね。必要ですわ」


 アリスティアはルーカスを見上げてにこりと微笑んだ。


「それと、ルーカス様。この前の閲兵式のお礼に、カイル様とアロイス・イーゼンブルク伯爵、ノルベルト・ヘッセン子爵、リーンハルト・ヴィルヘルム侯爵、ラファエル・フュルステンベルク侯爵、フリードリヒ・カステル子爵、ギュンター・テーリンク伯爵をお招きしたいですわ。ダメでしょうか?」

「ティアの実力を見せられるチャンスと言うわけか。暫し待て。カイルに確認を取る」


 そう言うと、ルーカスは楽しそうに指をパチンと鳴らした。

 ちなみに覇気はそのままなので、皇太子補佐官以外は全て跪いたままである。竜王ルーカスとアリスティアの怒りのほどが知れた。

 空間に、五十センチ四方の半透明の映写膜が現れた。そこにルーカスが呼びかける。


「カイル」

『これは伯父上。如何かなさいましたか?』

「今からティアが、海岸で広範囲隕石落としステラリット・メテオリテ撃ち放題をするのだが」

『なんと。半身アリスティア様の得意魔術ですか! それは見せていただけるのでしょうか?』


 映写膜に現れた美青年に、リオネラ第三皇女の目が見開かれた。アリスティアは内心、皇女のその様子に辟易した。


「良いぞ。ティアがな、この前の閲兵式のお礼に、カイルと、近衛師団長と連隊長たちを招待したいと言っているが、都合はつくか?」

『伯父上。竜王陛下の半身様の招待ですよ? 我らが断るとお思いですか? すぐに都合をつけさせます』


 カイルはひどく嬉しそうな声で招待を受けた。全員を連れてきてくれるらしいと知り、アリスティアもほっとする。


「重畳。ああ、そうだ。来る時は全員、竜化して来い。ただし、地上に降りたら竜化解除だ。位置情報はここだ」

『……位置情報は受け取りました。では、一時間以内に向かいます。音速を出しても?』

「ソニックブームには気をつけろ」

『では成層圏経由で伺います』

「そうしろ」

「カイル様。近衛師団長様と、連隊長様たちに、急にお呼びして申し訳無いとアリスティアが謝罪していた旨お伝え願えますか?」

『アリスティア様は、なんとお優しい。ご心配なさらずとも大丈夫ですよ。我らは竜王陛下とその半身であらせられるアリスティア様が第一なれば』

「重いですわ……」

『大丈夫、すぐに慣れますよ』

「カイル。では連絡を頼むぞ」

『御意。竜王陛下の仰せのままに』


 その言葉とともに、映像は消えた。






「フェリクス」

『⁉ り、竜王陛下⁉』


 これで終わりかと思っていたが、まだ終わらないようだった。皇王の顔が次に映写膜に現れた。一体何人呼ぶ気なのかと思うが、それよりもアリスティアにとって許せない事があった。


「ルーカス様!」


 言いながらアリスティアは両手でルーカスの頬を思い切り挟み込む。バチン、といい音が鳴り響いた。全力の平手打ちよりは弱いだろうが、遠慮なく挟んだのだからそれなりに痛いだろう。なにせアリスティアの両手も痛いのだから。


「ティア、痛いぞ」


 そういうルーカスだが、アリスティアの予測と違いそんなに痛そうには見えない。


「皇王陛下は貴方の今生の父親ですと以前申し上げましたよね⁉ なぜに名前を呼び捨てになさいますの⁉ きちんと父親を敬われなさいませ!」

「あぁ。済まなかった。、お許しを」

『竜王陛下。公式の場で繕ってくださればそれ以外は構いません、と以前申し上げました。アリスティア嬢、そなたの心遣いはありがたく受けておく』

「ティア、いいか?」

「仕方ありませんわね。皇王陛下が仰られるのなら」


 皇王がいいと言うのならアリスティアはそれ以上この場で何かを言うことはできない。渋々納得した。


「と言うことで仕切り直しだ。皇王。リオネラが皇太子執務室に来た。そしてワレが竜王の転生体だというを、くだらない、と断じた上に、我が半身であるアリスティアを愚弄した」

『な、なんという事を。竜王陛下、処罰はいかようにも』

「良い。今は我が覇気で床に押さえつけている。このあと、ティアがオーサの海岸で魔術無双をする予定だが、そこにリオネラを連れて行く。拘束テンペランティア・ノン・スルジェリィで拘束するがな。皇王、そなたも来るか? 竜の国から、宰相カイルと近衛師団長と連隊長たちを招待している」

『アリスティア嬢の噂の魔術無双ですな。それは見学させていただきたい』

「ならば三十分以内で準備出来たら、皇太子執務室に集合だ」

『御意』


 リオネラ第三皇女は青褪め、目は見開かれていた。

 今更恐怖しているらしい事をアリスティアは見て取るが、自分をバカにし悪意をぶつけてきた相手に情けをかけるつもりはない。

 おそらく皇女が考えている事は、アリスティアの立場と自分の立場の違い。それと、皇王の立場と皇太子ルーカスの立場が逆転している事。

 ルーカスはこの国のみならず、この世界での絶対権力者である。それだけの力を持っている。

 竜王とは今まで伝説の存在だった。その伝説の中でさえ、絶対的な強さを誇っていた。

 曰く、天候も変える事ができる。曰く、一晩で軍事大国三ヶ国を平らげ麾下に置いた。曰く、どうしようもなく悪辣な国を半日もかからずに滅ぼした。曰く、愛する半身に手出ししようとした国を一瞬で壊滅させた。

 そんな伝説の存在が、今目の前にいるのだ。

 そしてそんな存在が半身として溺愛するのがアリスティアだ。

 リオネラ第三皇女は竜王ルーカスの怒りに触れたのだが、彼女自身にはそんな意識など無いのだろう。

 この高飛車で甘ったれた皇女に、どう思い知らせてやろうか。

 アリスティア自身も怒りのまま皇女を冷たい目で見ていた。

 映写膜から皇王の映像が消えた。だが、映写膜自体はまだ存在している。まだ必要なのだろうか、と考えた途端、そこに父親の姿が写った。


「宰相」

『え⁉ 竜王陛下⁉』


 父親の宰相は驚きのあまり素っ頓狂な声を上げた。


「ティアがこのあと、ストレス発散の為に、魔術無双を行う。興味があるならディートリヒと一緒に招待するが?」

『っ! 娘の実力を見た事がありませんからな。ありがたく招待をお受けいたします。ディートリヒにも準備させましょう』

「すまぬが、三十分以内で準備できるか?」

『竜王陛下のお言葉とあらば、その通りにいたしますよ』

「重畳。ティアがストレスで弾けないうちに頼むぞ。皇太子執務室に集合だ」

『御意』


 そこで漸く終わったらしく、映写膜は何事もなかったように消えた。




 そして、約三十分後。

 皇太子執務室に、拘束術で拘束されたリオネラ第三皇女一行と、集合した皇王、宰相、ディートリヒがいた。


「集まったな。オーサまで転移するが、転移後は暫く待ってもらう。竜の国からも、招待しておる故な」

「御意。恐れながら、どなたを招待しておるので?」


 皇王が尋ねる。


「ティアの希望で、我が甥カイルと、近衛師団長と、近衛連隊長六名だ。この前の閲兵式のお礼に、とな」

「アリスティア嬢は、律儀よの」

「素晴らしいものを見せて貰ったのですもの。お礼をして当然ですわ」


 アリスティアがそういうと、ルーカスと双子以外は一様に驚いていた。

 それはまだ八歳の子供の言う事ではないからなのだが、アリスティアはそれに気づかない。


「貴族は、して貰って当然と考えるのが普通なのだがな。アーノルド、どういう教育を施せばこうなる?」


 皇王が心底不思議そうに父親に尋ねていたが、当の父親にも心当たりが無い様で、


「こればかりは、当人の資質としか」


 と、苦笑していた。


「では転移する」


 竜王ルーカスがそう言うが早いか、転移は終了し、皇太子執務室にいた面々は全て、オーサの海岸にいた。







 

 

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