第19話 リオネラ第三皇女襲来①

 

 竜王の警護問題が片付き、一行は早速フォルスター皇国へ帰る事になったのだが。

 竜王に少し待つように言われ、一行は客室で待機することになった。

 相変わらず腰の軽い竜王だが、アリスティアにエルナードたちから離れない様に言いつけてから転移で姿を消した。

 離れない様に言いつけるくらいだから、長くかかるかと思いきや、間もなく戻ってきた竜王ルーカスに、アリスティアは思わず「早いですわ!」とツッコんでしまった。

 竜王ルーカスは、笑いながら「ティアが心配だから早く戻ってきたのだ」と言って、アリスティアを恥ずかしがらせた。

 そして、漸くフォルスター皇国の皇太子執務室に帰還したのである。




 ✧ ✧ ✧ ✧ ✧



 竜の国から帰還してニ日後、皇太子ルーカスが竜王の転生体だとの公式発表が行われた。

 平民は単純に喜んだ。元々皇太子など平民にとっては雲の上の存在だから、人間だろうが竜王だろうが、関係ないといえば関係ないからである。

 反対に貴族たちはこの発表に戸惑い、あちこちでコソコソと噂話に興じていたり、中には皇太子に直接真意を確かめたりする者も出た。

 皇太子ルーカスは、そういった押しかけてきた者に明らかに馬鹿にした笑みを見せて、


「私が竜王の転生体だろうがそうではなかろうが、私はこのフォルスター皇国の皇太子である事には変わりないと言うに。そこまで考えが及ばぬとは、貴様は何処に目を付けているのだ。それとも貴様は、ワレを、竜王を測れる立場だとでも言うのか?」


 そう言って覇気を増大させ、押しかけてきた貴族をそれだけで慄かせ跪かせてみせた。

 その上で、アリスティアが、


「ルーカス様、覇気が強すぎますわ。普通の人間だと呼吸困難になりましてよ」


 と言うと、


「む。そうか。人間は脆弱だ」


 と覇気を収めてみせたりした。

 明らかに皇太子ルーカスは、この事態を楽しんでいた。


「殿下、毎日アリスティア様と一緒に茶番を演じて貴族をおちょくるのは愉しいですか?」


 一週間ほど経ってからクロノスに尋ねられた皇太子ルーカスは、口元に皮肉げシニカルな笑みを湛え、「愉しいとも」と即答した。


貴族あやつらは私が竜王だと知らされて混乱しているだろう? けれどもこの国に留まって、表向きは皇王の下にいる時点で私が竜王として何かしようとしていない事など明白あからさまであるというのに、私が何かするのかと狼狽して様子を覗いに来る。竜王にたかが人間の王の威厳や権力など塵芥ちりあくたも同然で、私がその気になれば国一つ滅ぼすなど虫を捻り潰すようなものだぞ。その竜王わたしが皇王の下で大人しくしているのだ。その意味を解さず機嫌を伺いに来るような輩は無能なのだから、それを多少揶揄うのは許されると思うぞ?」


 それよりも、と皇太子ルーカスは言葉を続ける。


「昨日は三人、突撃して来たな。今日は合計何人になるか、クロノス、私と賭けてみないか?」


 シニカルな笑みのまま、とんでもない事を言い出した皇太子ルーカスに、呆れたアリスティアが口を開く前に。


「賭けませんよ。そんな事よりも殿下、仕事してください」


 溜息を吐きつつ、クロノスは何処かぞんざいにきっぱりと答えたのだった。


「クロノス、殿下は既に明日の分までの仕事は終わってるよぉ」

「殿下は楽しみがあると、全力で仕事をこなすからねぇ」


 双子がややのんびりとした口調でクロノスに告げた。


「当然であろうが。竜王である以前に私はこの国の皇太子だぞ? この身が負う責務と民の生活への責任は重々承知している」


 自信満々に言い切る顔はやはり美しい。

 アリスティアはその顔に見惚れてぼうっとしていたが、はっとして二、三度ほど瞬きして気を引き締めた。


「殿下、今日は多分、五人だと思いますわ」

「ティア、それは予測か?」

「まさか。単なる当てずっぽうですわよ?」

「ティアの当てずっぽうは、当たりそうな気がするな」


 くつくつと笑うルーカスに、クロノスが何とも言えない複雑な視線を向けていた。

 そこへ、扉の外が煩くなっているのが聞こえてきた。いつもと様子が違う。

 アリスティアの専属護衛たちが、素早くアリスティアの周囲を固める。ルーカスも執務机を飛び越してアリスティアの側に立つ。


「ダリア、カテリーナ、ユージェニア。ティアは絶対に護れ。魔術行使を許可する。エルナード、クリストファー。援護をせよ。クロノスは後ろに下がっていろ」


 あっという間に自分の周囲で警戒態勢を取られた事に、アリスティアは内心で舌を巻いていた。

 やがて外が静まり、扉が叩かれた。


「入れ」


 ルーカスが声をかけると、扉が外から開かれる。中に入って来た人物は一目で高貴な女性とわかった。


「なんだ、リオネラか」


 そう言いつつ、ルーカスは警戒態勢を解除しない。彼女に何があると言うのか。アリスティアも緊張を解けずそのまま護衛たちの後ろに隠れていたが、それでもその陰から相手を覗うのは忘れなかった。


「お兄様、お久しぶりですわ。ご機嫌よう?」

「別に機嫌は悪くない」

「まあ、冷たいのね。せっかく妹が遊びに来ましたのに。今日は噂の真相を確かめに来ましたの。お兄様が、竜王の転生体というとってもくだらない噂のね」


 リオネラ皇女は、ルーカスを見据えると傲慢に言い切った。

 エルナードたちから少量の殺気が漏れ出ている。相手は皇族なのにいいのだろうかと心配になるぎ、皇太子ルーカスがそれを窘めない時点で暗に許可を出した事になるのかもしれない。


「お前がくだらないと断ずるなら、そうだろうな」


 しかしルーカスは取り合わない。


「あらあら。お兄様ったら、どうなさったの? もしかして、幼い子供にうつつを抜かして腑抜けになったのかしら? どれだけその子供の手練手管に誑かされたの? そう言えば最近は、皇宮の私室に帰っていないそうね? まさかと思うけど、お兄様ったら、その子供と一緒に住んでいるとか言わないでしょうね?」


 エルナードたちの殺気が増大する。それでもルーカスは反応しない。

 その様子に、リオネラ皇女が一瞬、面白くなさそうな表情を見せたが、直後に今度は矛先を変えてきた。


「そこに座ってる子供がそうかしら? お前、名前は何というの?」

「リオネラ第三皇女殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう存じます。バークランド公爵が長女、アリスティア・クラリス・セラ・バークランドと申します。皇太子補佐官見習いをさせていただいております。幼き身ゆえ、ご無礼がございましたらご容赦の程をお願い申し上げます」


 アリスティアはすくっと立ち上がると、淀みない挨拶をして膝を折りカーテシーをした。

 こんな子供からこれ程までに完成された挨拶を受けると思わなかったのだろう。リオネラ第三皇女は、明らかに怯んだ様子を見せた。

 アリスティアはリオネラ第三皇女から向けられている悪意を感じ取ってはいたが、この程度は皇太子ルーカスの威圧に比べたら児戯に等しい。怯むことなく静かに膝を折ったままリオネラ皇女からの言葉を待つ。


「アリスティアと言うのね。貴女、まだ子供なのに皇太子補佐官見習いとか嘘を言ってはだめよ。いくら宰相の娘でも許されないわ」


 挨拶にケチをつけられないからと、リオネラ皇女はとんでもない言いがかりをつけてきた。ここに皇太子がいて、アリスティアの言葉を訂正しなかった時点で嘘ではないと言うのに。しかし、アリスティアは口を開けない。皇女からの許可がないからだ。


「ティア、楽にして良いぞ。皇太子として許可する」


 アリスティアの状況を見てとった皇太子ルーカスが許可を出してくれたので、顔を上げ立ち上がった。

 皇太子ルーカスは続ける。


「アリスティア・クラリス・セラ・バークランド公爵令嬢は、ワレが任じた皇太子補佐官見習いだ。年齢が幼いから見習いなだけであって、能力的には既に一人前の補佐官だ。更に、アリスティアはワレの婚約者であり、特級魔術師だ。ミュルヒェ宮廷魔術師筆頭から、絶賛、宮廷魔術師団に誘われているぞ? 次代の宮廷魔術師筆頭としてな。貴様は、ワレの婚約者を嘘つき呼ばわりしたな。しかも、筆頭公爵家令嬢であるティアを、貶める発言を繰り返した」


 アリスティアをバカにされたせいか、皇太子ルーカスの覇気が、急激に膨れ上がる。更にそこには殺気も含まれていた。怒気となったそれは、物理的に周囲に影響を及ぼしていた。

 リオネラ第三皇女以外は怒気を当てられて既に崩れるように跪いており、呼吸困難に陥っているようだ。

 怒気が更に膨れ上がった。双子もルーカスが発する竜王としての怒気に慣れているとはいえ、さすがに辛いのか脂汗を顔に滲ませていた。

 とうとうリオネラ第三皇女もルーカスの怒気にてられて崩れ落ちるように跪く。アリスティアだけは怒気も感じずに平気で立っていた。


、殺気を収めてくださいませ。他の人間が呼吸困難になっておりますわ。このままでは死んでしまいます」

「む。人間とはなんと脆弱か」


 アリスティアは頃合いを見てルーカスに諫言する。さすがに死人が出たらシャレにならないからだ。


、覇気を抑えて貰っても大丈夫ですわ。魔術無効、状態異常無効、即死無効、物理攻撃無効の結界を張っておりますもの。状態異常無効の効果は、毒無効・催眠無効・暗闇無効・麻痺無効ですから、何をどう頑張ってもわたくしを害する事などできませんわ。何か仕掛けて来たら海岸に転送して、位相結界を二重に張った上で広範囲隕石落としステラリット・メテオリテ三十四連発をお見舞いすればいいだけですわよ? わたくしが魔力切れを起こしたら、ルーカス様、お願いいたしますわね?」


 アリスティアの告げる辛辣な報復内容に、リオネラ第三皇女を始めとして、ついてきた侍女や侍従、専属護衛たちが蒼白になった。

 アリスティアも怒っていたのだ。ルーカスの妹とはいえ、今まで会った事もない相手からいきなり強烈な悪意を向けられ、散々に扱き下ろされたのだから。


「ティアが魔力切れを起こしたら、ワレが介抱してやるから安心するが良い。何なら、ワレが魔力譲渡するか? 広範囲隕石落としステラリット・メテオリテの限度が増えるぞ?」


 ルーカスは目を眇めた。





 

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