第14話 カイルの懸念、双子の本音①[side カイル・エッケハルデン]

 

 宮殿前の広場の招待席では、カイルとアリスティアの家族及びフォルスター皇国皇王とクロノスが待っていた。


「伯父上、空の散歩とお聞きしましたが、お帰りになられて安堵いたしましたよ。伯父上は竜王なのですから、自重なさってください」

「帰るなり説教か? 許せ。ティアと二人で成層圏まで行っていた」


 その言葉に、カイルはギョッとした。


「アリスティア様。呼吸は大丈夫でしたか?」


 カイルは心配してアリスティアに聞いたのだが。


「呼吸? 大丈夫でしたわよ? 何かありますの?」


 アリスティアは何がおかしいのかとばかりに小首を傾げた。


「伯父上、まさかアリスティア様は……」

「何を心配している。

「しかし、成層圏だと酸素濃度が……」

「ああ、酸素濃度の事でしたの。大丈夫ですわよ。常にニ十一パーセントを保つように結界内と地上を循環させてましたもの」

「ティア。なぜニ十一パーセントなのだ?」

「それが、人間が生活する上での最適な数値なのですわ。というか、地上は常にニ十一パーセントに保たれてますわよ? 窒素が七十八パーセントですし」


 カイルは驚きで目を見開いた。


「ティア。それも前世の知識か?」

「え? そうですわよ? たしか小学校五年生の理科で習ったはずですわ」


 竜王ルーカス半身アリスティアに尋ねるのをカイルは黙って聞いていた。アリスティアは人差し指を顎に当て、小首を傾げつつ左上に目線を上げて答えている。


ワレも、ティアの知識を転写したから知ってはいるが、それを即座に引っ張り出せるのは、やはりティアが優秀だからだな」


 竜王ルーカスが褒めるとアリスティアは照れた。頬を薄っすらと赤く染め恥ずかしがる様は、竜王でなくとも庇護欲が刺激される。

 だが、アリスティアは竜王の半身であるが、竜ならまだまだ幼竜、やっと自力で翔べる様になったくらいなのだ。

 ところが竜王の半身アリスティアは人間だというのに魔術で軽々と翔び、竜王を怖れる事なく慕っている様子を見せている。

 これはカイルには嬉しい事だった。

 この半身様なら──。

 魔術技能に秀でていると聞くこの方なら──。

 カイルはアリスティアに竜王ルーカスを真実、支えて欲しいと願った。その半身は、竜王ルーカスに褒められたのがよほど恥ずかしかったらしい。

 この世界の住人なら、教育環境が整えば自分アリスティア並に知識が蓄えられると思う、と顔を赤らめながら竜王ルーカスに訴えていた。


「ティア。環境を整えただけでは無理なのだ。学習意欲があって、初めて知識は蓄えられる」


 竜王ルーカス半身アリスティアに、そう言い聞かせている。

 言われたアリスティアは、何事かを考え込む様に視線が定まらなくなった。

 思考の海に沈みかけたアリスティアに声をかけたのは、彼女の双子の兄たちだった。


「でん──竜王陛下! 約束を覚えてますよね⁉ アリスを撫でさせてくれるって!」

「こんな可愛いアリスは見た事ないから、早く撫でたい!」

「お前たちは、本っ当に、清々しいほどの妹至上主義シスコンだな。竜王の半身にそんな事を言うのはお前たちくらいだぞ?」

「「アリスは半身の前に僕たちの妹だ!」」

「竜王にそこまで言えるのは、お前たちくらいだろうよ。よい、約束したからな。ティア、少しだけ撫でさせてやれ」


 くつくつと笑いながら、竜王ルーカスはアリスティアをエルナードに渡す。


「仕方ありませんわね。ルーカス様。でも後で撫で直しを要求しますわ!」

「ティアが望むならいくらでも」


 微笑んでアリスティアたちを見守る竜王ルーカスを、カイル他、竜人たちは驚愕と恐怖の目で見た。

 半身を囲い、他のオスに見せもせず近づけさせもしない竜の雄の本能を知っているのだ。それからすると、竜王ルーカスの取った行動は異常だった。兄弟とは言え半身を他のオスに任せたのだから。

 そう言えば、半身アリスティアを「見せびらかしたい」とも言っていた、既にあの時から異常だったのだ、とカイルは漸く気がついた。

 竜が半身を囲って護るのは、何も溺愛する為だけではない。半身を危険から遠ざける意味もある。竜のオスは半身が亡くなると食事も摂れなくなり、衰弱して死に至る。それを避ける為の本能とも言えるのが竜の半身に対する囲い込みなのだ。

 実際、ルーカスの転生前の竜王であるジークベルトは半身を亡くしており、深い悲しみから食事も摂れなくなった。政務は義務感からこなしていたが、カイルは甥として、竜王に休んで少しでも食事をする様に諫言していた。だがやはり衰弱して亡くなってしまったのだ。

 亡くなる前の竜王から、カイルは譲位を伝えられたが、それは即座に拒否をした。カイルもそれなりに強かったが竜王ジークベルトほどの強さはなく、ドラグノア竜帝国竜の国をカイルが纏め上げられるとは思えなかった。だから伝えたのだ。


「陛下が転生して来るまでは竜王代理を務めましょう」と。


 臥榻ベッドに横たわった竜王は目を瞠り、それから弱々しく「好きにしろ」と答え、それから数時間後に亡くなった。


 ──それをまた繰り返すのか。


「陛下」


 カイルはやや強く声をかけた。


「なんだ?」

「半身様の事でございます」

半身ティアがどうかしたか?」


 微笑ましそうに半身アリスティアを見る竜王ルーカスへの違和感が更に大きくなる。


「他のオスに半身を任せるなど異常でございます。陛下、恐れながらお尋ねします。封印なさいましたね?」


 カイルは強張った表情で、確信をもって訊ねた。


「バレたか」

「バレないとでも思っておりましたか?」

「ティアからお願いされたのだ」

「は?」

「正確には、ティアの前世の人格部分だがな。『アリスティアは精神がまだ幼いまま。恋愛なんてまだまだで竜王様の愛情を受けても父性愛として受け止めている。竜族は半身の年齢が幼ければ育てると聞いた。その我慢強さでアリスティアを育てて欲しい。数年待てば精神は育つ。異性に向ける愛情はそれからで、それまでは父性愛でお願いしたい。兄弟愛は間に合っているから』と言われたのだ。半身ティアにお願いされたら叶えざるを得ないだろう? だが、ワレの本性はかなり強くてな。囲ってドロドロに愛したい、他のオスから遠ざけて腕の中に閉じ込めたい、自分だけに依存させたい、可愛らしい瞳に自分以外を映さないで欲しい、という狂気とも言えるほどの愛情だった。それは決して父性愛にはなり得ぬ。だから、そういう部分だけに期間限定の封印を施した。五年経てば解けるが、竜の本能を封印せねばならぬのだ。難易度最凶級ルナティックだったぞ」


 どこか楽しげに話す竜王ルーカスだったがその話す内容は壮絶と言えるもので、カイルは竜王ルーカスに危機感を抱いた。


半身アリスティア様からのお願いなら、確かに仕方がありません。然しながら陛下。半身を失った竜のオスは衰弱死するのは必至。今の陛下は、他のオスを牽制する事もできません。ですので近衛からニ名、警護につけさせてください」


 竜のオスが他のオスを牽制するのは、半身が弱点だとわかり切っているからだ。敵対する側が弱点を狙わない訳はない。その敵対者が、竜人や獣人以外の種族である人間なら必ず弱点を狙う。だから現在の竜王ルーカスの状態は危険以外の何物でもなかった。

 カイルとてこの国の竜王代理をしているが、宰相でもある。国政を取り仕切る責任のある立場だ。エッケハルデン公爵家は竜王家に後継がいない場合に一時的に竜王位を預かる立場でもある。

 だからこそ、カイルには弱点となる半身がいない。竜王ジークベルトに半身が見つかった為に、嫡子であるカイルは半身を探す事を禁じられた。それを恨んだ事はない。伴侶とは仲睦まじく、子として五男二女を設けている。

 今生の竜王、ルーカスと初めて相見あいまみえた時には驚いた。まさかの人間に転生していたのだから。だがそんな事は噯気おくびにも出さずに対応出来たと自負している。

 その竜王は、愛する半身の家族を、ヒト族をここ竜の国に招待した。竜王の判断であるならばカイルに否やはないが、こと、竜王の身の安全になると話は違って来る。竜王の転生に数千年かかっているのだ。

 だが、カイルが焦燥する傍らで、竜王は呑気に言葉を紡ぐ。


「エルナードとクリストファーなら大丈夫だぞ? あれらは妹至上主義シスコンなだけで、ワレに対する害意はない。ああ、クロノスも安全だ。アレはワレが竜王だと理解しているからな。半身ティアに関わって死にたくないとすら思っているぞ」

「そう言う事ではありません」


 カイルは溜息を吐く。

 竜の本能を封じてしまったせいで危機感が薄くなっている竜王は、今の状態が異常なのだと理解していない。どうにかして悲劇を回避しなければ、と考える。


「アリスティア様の警護は三名でよろしいでしょうが、陛下の警護が薄すぎる様に思いますので、竜王としての警護をつけさせていただきます。人間の、皇太子の警護ではなく」


 強い口調で奏上すれば、竜王は拒否しない。


「好きにせよ」


 思った通り、竜王はカイルの奏上を受け入れた。ならばあとは人員の手配だけ。

 近衛師団長と人員の選抜をしなければ、とカイルは宮殿に向かった。









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