第14話 カイルの懸念、双子の本音②[side クロノス]
客間に通され、そこで晩餐まで休むよう言われたアリスティアの家族とクロノスだったが、はっきり言って家族ではないクロノスが、この中に混ざって休める訳がない。
家族がのんびりとアリスティアの事を話しているのを聞いているしかなかった。
「父上、なぜディートリヒ兄上にアリスの事を全く話さなかったのですか?」
「なぜそれを……」
「三日前に、殿下が全て話して聞かせる羽目になった時に。アリスがトラウマで、他人の接触に対して
「ディートリヒ兄上が、アリスの事情を知らないから近づいて来たんです。恐らく抱き締める為に。そこを、殿下に止められましてね。事情は後で話す、となったのです」
エルナードとクリストファーが話している。二人とも、いつものふざけた様子は鳴りを潜め表情が固い気がした。
「会議の後、殿下はアリスを抱え、全員で皇太子執務室に転移しました。そこで、トラウマに関する話でアリスの心がまた傷つかない様にとアリスを眠らせたんです。無詠唱で。まあ、殿下は竜王でもあるから無詠唱でも驚きませんが」
エルナードは、やはりいつもに比べて真面目だ。
「殿下がディートリヒ兄上に、アリスの魔力暴走の件を聞いたところ、知らなかった事が判明し、アリスとの出会いから話す羽目になりました。例の事件までは、殿下も楽しそうに話していましたよ。ですが、例の事件を話し始めた殿下は、怒りで竜王としての面が強く出ました」
淡々と話すクリストファーは、いつもの
「救出の後の、攫った魔術師と攫う事を指示した男と、アリスの髪の毛を掴んで引き摺り回した侍女、更に幼いアリスに無体を働こうとした皇帝への処刑の事を淡々と話す殿下は、間違いなく竜王でしたね。いつもは僕たちが怖れないようにと、人間の『皇太子』であるようにいてくれる殿下なんですがね。あの事件は、殿下の──竜王様の心にも傷をつけてますね、確実に」
エルナードが口を閉じると、流れるようなタイミングでクリストファーが続けた。
「さっきね、竜王代理のカイル殿とルーカス様が話しているのを、聞くともなしに聞いていたんですがね。竜の
クリストファーに続けてまたエルナードが口を開く。
「ルーカス殿下は、僕たちの
エルナードの眉間に少しだけ皺が寄っていた。クロノスは彼のその珍しい表情に驚き、目を見開いた。
「そこまでする殿下の──竜王陛下のアリスへの愛は、僕たちじゃ敵わない。そしてカイル殿がそんな竜王陛下の様子に危機感を抱いたみたいで、警護に竜人の近衛をつけると言っていました。だから父上、それを受け入れてください。多分、
何処か諦めたような、悟ったような表情で話すクリストファーも、クロノスは見たことがなかった。
「多分、アリスは気がついていないけれど、少しずつルーカス殿下に──竜王陛下に惹かれていますよ。まだ恋と呼べない小さなものだけど。だから、アリスが成人した頃には確実に、ルーカス様に恋しています。それが、竜族の半身、という事なんでしょうね」
「僕たちは、アリスを守ると決めました。僕たちの価値基準がアリスである事が歪んでいる自覚はあります。それでも、アリスの幸せを守る為なら、他からの評価なんてどうでもいいんですよ。ルーカス様と同じでね」
「そうそう。ルーカス様も、アリス至上主義だからね。アリスの評判が落ちる事には気を遣うけど、自分の評判はどうでもいいと言い切っちゃうからね。そして、評判を粉砕するだけの
淡々と交互に話す双子はいつもと全く違う雰囲気でふざけた様子は全く見られず、父親ですら戸惑っているようだった。
「……エルナード、クリストファー。アリスティアは、殿下に──竜王陛下に惹かれているのか?」
「閲兵式の時に、竜王陛下が竜化したあと、アリスに『来い』と声をかけていたでしょう? それに対してアリスは毛ほどの躊躇いも見せず、飛翔魔術で飛んで行って竜王陛下の首に跨った。そして、その背中に立って近衛師団に対して進軍開始を宣言しました。アリスがそんな事を、自分からやる訳がない。確実に竜王陛下からの指示です。それを受け入れている時点でアリスはルーカス様を無条件で信じているんです。それは、惹かれているからでもありますよ。まだ保護者への慕情ではありますが」
「竜王陛下が害されたら、アリスティアが壊れる、と言うのは……」
心なし青褪めたバークランド宰相が問えば。
「持てる
「民を害する事を嫌うアリスがそんな事をしたら、確実にアリスの心が壊れます。そうならせない為にも、ルーカス殿下の警護に竜人の近衛は必要なんです。たとえルーカス殿下が強くても、塵ほどの油断も許されないのですよ。アリスだってフォルスター皇国で最強だったのに攫われたのだから」
バークランド宰相は呻った。おそらく言われた内容で、竜王の警護の重要性を理解したのだろう。
クロノスはそっと観察を続けた。
「父上。殿下に竜人の近衛をつける案ですが。まずは、殿下が『竜王の転生体』である事を公表しましょう」
「は? それは機密ではないのか?」
「殿下は何も仰られません。つまりは公表しても構わないという事。だから、『竜王の転生体』だという事実を公表するのです」
エルナードはそこで言葉を切り、宰相をじっと見た。だが、宰相はエルナードが何を言いたいのかわかっていないようだった。
エルナードが溜息を吐きつつ言葉を紡ぐ。
「『竜王の転生体』であって、『竜王』ではないという欺瞞情報ですよ。そして、竜人が『竜王の転生体』である殿下を見つけて、覚醒するまでの警護を申し出てきた。だからフォルスター皇国の近衛の入隊試験を受けさせ、それに合格したから近衛に配属になった。そして希望通り、『竜王の転生体』である皇太子殿下の専属警護に配属になった──これが僕の案です。近衛の試験は、竜人であれば問題なく合格するでしょうからね。そして、できれば殿下の移動は全て竜人が竜化して、その背に殿下を乗せて行く、という形にしたい。馬車での移動で、殿下への襲撃の芽が可能性としてでも残る事を潰したい」
「なるほど。よくできてると思う」
「あと、父上。ディートリヒ兄上を次期宰相としているなら、情報の共有をお願いしますよ。今回発覚した、ディートリヒ兄上への情報の遮断は、ちょっと酷いものがありますから。
皇太子殿下の事と、現在皇太子殿下の婚約者であるアリスの事は、共有すべき情報です」
エルナードに諭されて、宰相アーノルドは項垂れてしまった。確かにエルナードの言うとおりだとクロノスは思った。情報は、共有すべき人間には隠してはならないのだ。隠した場合、仲間内で齟齬が出てしまう。これは宰相の落ち度だった。
「わかった。戻ったら早速、情報の共有をする」
「お願いしますよ、父上」
エルナードが溜息を吐きつつ、そう締めくくった。
クロノスは、宰相一家のちぐはぐさを横目で見つつ、それでも自分よりはマシな事が羨ましかった。
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