第13話 閲兵式──竜王親政式④
着替え終わって招待席に現れたアリスティアは、控え目に言っても可愛い少女騎士という風情で、
髪はフルアップで纏められ、前には細身のティアラ。後ろの纏めて編み込んだ髪にはサファイアとルビーのついたコームが差し込まれ、髪の毛を華やかに彩る。
ドレスタイプの軍服はベースが黒、かっちりとした詰め襟で、胸の下辺りまでは赤い色のボタンで留める様になっているが、その下はそれぞれの身頃が斜めに切れており、その下に着ている、金色の刺繍糸で華やかに刺繍された白いブラウスが清楚さを引き立てている。
スカートは短く──ミニスカートで、しかしその下には脚にフィットした乗馬用ズボンを履く仕様だ。その乗馬用ズボンも白で、脚の横に金色の刺繍糸で紋様が施されていた。
足には編み上げの黒いブーツ。
そして、右肩からは腰までの黒いマントが垂れていた。裏地は金色。しかし派手ではない。
そして、腰にはアリスティアの身長に合わせた細剣の飾剣が帯刀された。
テンションが上がり、いつもよりも大股で歩くアリスティアは、城の使用人からは可愛らしい少女騎士に見えていた。
その格好を見たエルナードとクリストファーが口元に手を当てて真っ赤になってぷるぷる震え、可愛さに悶えている様子がルーカスには手に取るようにわかった。
先に着替え終わっていたルーカスは、感極まってアリスティアを抱き上げた。
「やはりティアは可愛いな! この可愛い姿を見せびらかしたい!」
「恥ずかしいですわ、ルーカス様。でもルーカス様も、いつもの残念度が減って、素敵度が増えてますわよ?」
「ティアにそう言って貰えるとは幸いだな」
そう言って爽やかに笑うルーカスは、銀糸で肩から腕の先まで紋様を刺繍された黒の軍服を纏い、右肩からは、銀糸で出来た腰までの長さのマントを垂らしている。裏地は薄紫だった。
ズボンも脇に銀糸で刺繍が施されている。
軍靴も黒だが、これはズボンに隠れている部分があるだけで、実際のところは編み上げブーツとなっていた。
アリスティアは気が付いていないが、マントの表地は互いの髪の色、裏地は互いの瞳の色で誂えられていた。カイルがルーカスに気を利かせて作ったものであった。
閲兵式が始まった。
アリスティアは、相変わらずルーカスの腕の中であるが、目の前の近衛師団の統率の取れた優美な行進や、陣形形成を見てキラキラと目を輝かせていた。
広場には民も大勢来て閲兵式を見学している。
民からはルーカス──竜王の腕の中から近衛師団を見ているアリスティアは、可愛らしく映っていた。
「全員、竜化せよ!」
近衛師団長の号令とともに、近衛師団全員の竜化が始まった。
その時、アリスティアはルーカスの腕の中から解放され、その場に降ろされた。
「暫し待て」
そう言うと、ルーカスもまた竜化した。
色は漆黒。艷やかな黒い身体に黒い鱗。
竜翼は水色で、尾はピンと伸びている。
ルーカスは飛び上がり、近衛師団の先頭についた。
そのまま全員がその場に滞空する。
「ティア、来い!」
ルーカスがアリスティアに呼びかけると、アリスティアは躊躇いもせず、
その様子を見ていた民たちが驚く。
人間の幼子が飛んだのだ。しかも竜翼も無しに。
さすがは竜王様の半身様だと話題になるのは後の話。
民は非常に興奮していた。
飛び上がったアリスティアは、そのまま黒竜──ルーカスの元へと近づき、その首に跨った。
その途端、興奮した民から歓声が届く。
「竜王陛下万歳!」
「アリスティア様万歳!」
アリスティアとルーカスを称える声が大きく響く。
アリスティアは照れていた。
その様子が愛らしく、
「ティア、民に手を振ってやれ」
ルーカスに言われたアリスティアが
更に大きくなる歓声。
「ではこれから進発する。目標、北の“国境”の砦。近衛師団、出発!」
師団長の号令で、竜たちは北へ向けて進み始める。
「ティア、背中に立ち上がって、進軍開始! と言ってくれ」
ルーカスが小声でアリスティアに指示する。
アリスティアは黒竜の背に立ち上がった。
ざわめく地上の広場。
だがアリスティアは飛ばされず、しっかりと根を張るように立っている。
アリスティアの周囲には風を遮る結界が張られている。
結い上げた銀髪にティアラ。
幼いながらも気品に溢れている。
アリスティアは少し考えて、抜剣し、剣を天に向けた。
そしてその桜色の唇が開かれる。
「進軍開始!」
可愛らしい声が、拡声魔術でしっかりと後続の近衛師団に届けられ、進軍を加速する。
その直後、地上から聞こえていた歓声が後ろに置き去りにされた。
✧ ✧ ✧ ✧ ✧
ディートリヒは閲兵式を見守っていた。
竜王は、その腕に妹を抱いて目の前の情景を見ている。
閲兵式は、普通に見えた。
黒い軍服を纏った美丈夫たちは、一糸乱れぬ様子で陣形を組み、或いは号令でその形を変えていく。
わざわざ竜王が見せるような内容ではない。
そう、思っていた。
「全員、竜化せよ!」
その号令とともに、竜王はアリスティアを傍らに立たせ──竜王もまたその姿を変えていった。
人間の姿が歪んだかと思うと、一気に巨大な黒竜の姿に変わり、上空へと移動していく。
「ティア、来い!」
その声が妹を呼んだかと思うと。
「
妹が魔術の最終宣言ワードのみを唱え、飛び上がり、生身でぐんぐんと竜の群れに近づき、黒竜の首に軽やかに跨った。
そして、進発するという掛け声のあと、妹は黒竜の背中に立ち上がり、抜剣して天に剣先を向け。
「進軍開始!」
と号令してみせた。
その声で竜たちは進軍速度を上げ、一気に北に向けて飛び去った。
ディートリヒは呆然としていた。
竜王は、「竜族の人間」ではなく、正しく「竜」だった。
人間の姿の中に、竜がいたのだ。
圧倒的な力を持つ竜と、その竜たちの王。
妹を己の半身、永遠の
世界を統べる、絶対的な王者だった。
ディートリヒが心配する必要は無かった。それは、幼いアリスティアが絶対的な信頼を竜王に寄せている様子を見れば理解できた。
✧ ✧ ✧ ✧ ✧
広場が見えなくなると、アリスティアは黒竜の首にまた跨った。
首に跨がられた為に、匂いが直接届くのだ。
必死に気を逸らさねばすぐにアリスティアを抱き締めたくなる。だから、
景色が後ろに飛んでいく。
風は、風除けの結界を張っているからアリスティアには当たらない。
アリスティアは今、何を考えているのだろうか。
いきなりアリスティアが
「ティア──ティア!」
このままだと匂いが濃くなる。濃厚な匂いは、現在飛んでいる状況下で嗅ぐのはまずい。
だがアリスティアはそんな
「ルーカス様、楽しい! 嬉しい!」
アリスティアの腕では
だが、幼竜ですら人間には大きい。
現状の
その大きさに見合う華奢な首だが、それは竜から見たらの話で、人間から見たら充分に大きかった。
その
ルーカスは動揺してしまった。
先程から漂ういい匂いは、どんどん濃厚になっていっている。
そしてその匂いが自分から発している事に気が付き、動揺が更に大きくなった。
その
そして後ろを振り返っている気配がし──ルーカスも気が付いた。
配下の近衛師団の竜たちが生暖かい目でルーカスと
アリスティアはその生来の鈍さから、全く気がついてはいないが。
ルーカスは内心、そんな配下に苛立った。
「速度を上げるぞ! ついて来れぬ者は厳罰に処す!」
ルーカスは憮然として言い放ち、更に速度を上げた。
竜たちは慌てて速度を上げてついてくる。
雲の上に出て飛び始めたため、下は雲海しか見えなくなった。
しかし、それもすぐに終わる。
少ししてから雲海に突入し、雲の下に出ると、視線の先には砦がそびえていた。
「あそこが目的地の北の砦。名前を、玄武砦という」
アリスティアに説明し、間もなく砦前の広場に人化しつつ降り立った。
広場には、兵士たちが整列していた。
彼らが竜化を解きつつ降り立つと、兵士たちは、近衛師団も含み全て跪く。
その動きは統率されていて美しかった。
「出迎え大儀である。今日は、我が半身のアリスティアとともに参った。立つが良い」
その言葉とともに、兵士たちが立ち上がり、腰の後ろに両手を組んで此方に向く。
「ティア、言葉をかけてやってくれ」
ルーカスがアリスティアに頼むが、彼女はどう言葉をかけようかと逡巡している様だった。
やがて出てきた言葉は、兵士たちの心を鷲掴みにした。
「皆様、お仕事ご苦労様ですわ。国境の守りは皆様のお陰で万全でしょう。民たちの安寧は、皆様の働きのおかげです。民に代わり、感謝を。ありがとうございます」
スカートを両手で摘んでゆったりと視線を下げて感謝を表す。
兵士たちが息を飲む音がざわめきの様に広がった。
ゆっくり視線を上げると、途端に爆発した様に声が上がった。
「アリスティア様万歳!」
「竜王陛下万歳!」
「アリスティア様万歳!」
「竜王陛下万歳!」
兵士たちからアリスティアと竜王を称える言葉が絶え間なく上がった。
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