第13話 閲兵式──竜王親政式③


 そして、皇太子ルーカスが待ちに待った閲兵式の日がやって来た。

 アリスティアと専属護衛たちを伴い皇太子執務室に到着したら、既にディートリヒを始めとした今回の面々が待っていた。

 そして、皇王が時間より早く到着しており、みんなの顔が緊張で固くなっていた。

 アリスティアがソファに座っている皇王の前まで進み出た。


「皇王陛下におかれましてはご機嫌麗しゅうございます」


 優雅にカーテシーで皇王に挨拶するアリスティアに、皇王が柔らかい笑みを向けた。


「アリスティア、久しいな。息災か?」

「はい、陛下。先日熱を出してしまいましたが、大事に至らぬうちに熱は下がりましてございます」

「さようか。体を大事にいたせよ」

「勿体なきお言葉。では御前を失礼致しまして」


 そう言ったアリスティアは、皇太子ルーカスに厳しい顔をして向き合った。

 何を言うつもりなのかと思えば。


「殿下? どういう事ですの? サクサク吐いてくださいまし?」


 にっこりと笑って言うアリスティアの目は全く笑っておらず、皇太子ルーカスは若干怯んで目を逸らしつつ、


「……先日、来るように伝えた」 


 と白状した。


「脅かしましたね?」

「……」


 皇太子ルーカスが質問にどう答えようか迷っていたら、


「 殿 下 。 脅 か し ま し た ね ? 」


 アリスティアは威圧が使えない筈なのに、その言葉にも表情にも圧力があって。

 幼女なのに凄みがあるのはなぜなのか、という疑問は、きっとその場にいた全員が脳裏に浮かべただろう。


「……ハイ」


 皇太子ルーカスは渋々認めた。


「馬鹿ですの⁉ 父親を脅す息子がどの世界にいますか謝罪なさいましというか頭を下げてきちんと謝罪しないと許しませんわよ⁉」


 アリスティアは怒りに任せて一息に言ったものだから、酸素が足りなくなってぜぃぜぃしてしまってる。


「普段から傲慢だと思ってましたが、ここまで傲岸不遜だとは思いもよりませんでしたわ! 馬鹿は死ななきゃ治らないと言いますから、一度広範囲隕石落としステラリット・メテオリテを浴びてみましょうか? 三十発残弾がありますから一発程度、撃っても毛ほども困りませんし?」


 広範囲隕石落としステラリット・メテオリテの単語に、皇太子補佐官たち以外がギョッとし、残弾三十発に目を剥いた。

 広範囲殲滅魔術であるステラリット・メテオリテは、一部で戦略級と言われるように必要魔力量も大きく、普通なら連発など出来ないのが常識である。

 それをアリスティアは三十発撃てると明言したのだから、慄くのも無理はなかろう。


「ティア、広範囲隕石落としステラリット・メテオリテはまずいからやめような?」


 皇太子ルーカスは困った様に止める。

 広範囲隕石落としステラリット・メテオリテ以外ならいいのか、というツッコみがクロノスから出そうなものだが、彼は沈黙を守っていた。


「ここでは撃ちませんわよ、流石に。転移で海岸に出れば位相結界で囲って差し上げますからそこで味わうといいですわ?」

「すまん、ティア! そんなに怒るとは思わなかった! もう脅さないから許してくれ」

「謝罪する相手はわたくしではなく皇王陛下ですわよ!」

「陛下、大変申し訳なかった」


 シュンと項垂れて皇王に謝罪する竜王ルーカスを見て、皇太子補佐官たち以外の、皇王を始め皇太子が竜王だとわかっているこの場にいる他の面子は、ギョッとして顔を青ざめさせた。


「さすがアリス、竜王が相手でも辛辣さは変わらないね」


 とエルナードが言えば、


「アリスから辛辣さを取ったら面白みがないじゃないか」


 とクリストファーが受ける。

 双子は、どこまでものんびりしていた。

 その脇でクロノスが青ざめた顔のまま皇太子ルーカスを見つめているのだから、ろくでもない事しか考えていないだろう、とルーカスはあたりをつけた。


「ティア、謝罪したが、どうであろうか?」


 おろおろとアリスティアに確認する皇太子。

 ため息を吐いて、彼女は皇太子をまっすぐに見つめてきた。


「本当は陛下に確認すべきですが、わたくしがやる訳にも行かないので、反省したとみなします。もう脅さないでくださいましね?」

「誓って。ティアに嫌われたら辛いから」


 悄然と項垂れる皇太子と、腰に両手を当ててそれを見上げ説教する幼女の図は、傍から見たら微笑ましいだろう。だが、現在の皇太子ルーカスにはその状況を楽しむ気持ちは湧かなかった。

 今の皇太子ルーカスにとって、アリスティアに嫌われる事は死活問題なのである。


「アリス、落ち着いた?」

「殿下との約束だから、僕たちに撫でさせてね」


 空気を読まない双子である。

 ススス、と寄ってきたと思ったら流れるようにアリスティアを抱え、にこにこと頭を撫で始めた。


「兄様たちは相変わらずの妹馬鹿ですわね。髪型をぐちゃぐちゃにしないで下さいませ」

「安定のアリスの辛辣さに、心が温まるよ」

「今のセリフの何処に心温まる部分があったのか心底不思議ですわ。変態発言はやめてくださいまし。鳥肌が立ちますわ!」

「いつも辛辣なアリスの罵倒は、僕たちの活力源だね、クリストファー」

「そうだね。これを聞かなきゃ一日が始まった気がしないよね」

「変態発言はやめてと言ったはずですわ、兄様たち! その口を閉じないと、撫でさせませんわよ!」

「アリスを撫でられないなんて絶望しかないよ!」

「わかった。口を閉じておく」

「妹馬鹿も程々にしておいてくださいまし。ルーカス様、後で撫で直しを要求しますわ!」

「ティアが望むならいくらでも」


 アリスティアの可愛い要求に、皇太子ルーカスは一安心した。

 アリスティアは暫くエルナードとクリストファーによる撫で回しを受け、彼女の乱れてしまった髪は専属護衛のカテリーナが整えていた。

 この妹至上主義シスコンぶりに慣れていない皇王は目を見開いて驚いていたが、他は見慣れてしまっていてスルーしていた。







「さて、妹至上主義シスコン馬鹿によるティアの撫で回しも終わったところで、早速竜の国へと転移する。みんな、立ってくれ」


 皇太子はそう言うとアリスティアをごく自然に抱き上げ、皇王が立ち上がるのを待ち、指をパチンと鳴らして転移した。

 転移先は、荘厳な宮殿の前である。

 宮殿前に突然現れた一行を、警備の兵士が何者かと警戒したが、ルーカスが覇気を体に纏わせると、即座に跪いた。

 兵士に声をかけて、ルーカスは一行を引き連れて宮殿内に入る。

 宮殿の廊下は広く、天井も非常に高い。竜化した状態でも通過できるようになっているのだが、初めて来た今回の面々はそんな事は知らないため、驚くほど広いとしか感じなかった。

 やがて立派な造りの扉の前に着くと、ルーカスは扉脇に立って護衛している近衛兵に、開けろと命令した。

 兵士が扉を開けると、そこは執務室だった。

 ルーカスを先頭にしてぞろぞろと入って行ったが、アリスティアを除き、一行は入っていいのかと悩んでいるようだった。


「カイル。少し早かったか?」

「伯父上。いえ、来ていただきありがとうございます」

「紹介しよう。この男が数千年前、ワレが死んだ後に竜王代理を引き受けてくれた甥のカイル・エッケハルデンだ」

「はじめまして。カイル・エッケハルデン公爵です」

「此方が今生のワレの父親の、フォルスター皇国皇王だ」

「フォルスター皇国皇王、フェリクス・アルター・セル・フォルスターです」


 皇王は少し緊張しているのか、笑顔が硬い。

 無理もないだろう、と竜王ルーカスは思う。

 今まで皇王は国外に出た事など殆どなく、謁見相手も自分より身分は下であり、鷹揚に頷くだけで良かったのだ。それが自分の息子がよりによって竜王の転生体で、へりくだる必要があったのだ。そして竜の国まで連れて来られて、竜王代理に遭わせられ、その相手が息子の甥だと言われているのだ。ルーカスとカイルの関係性を伝えられて軽く混乱してしまったのだろう。

 そこに、カイルが無自覚に爆弾発言を投げ込む。


「伯父上の父上ですか。竜の国は、伯父上がフォルスター皇国に在る間は、友好関係でいましょう。今後は良き関係を築いて行きましょうね」


 まさかの竜の国からの友好国の打診に、皇王は戸惑いながら、宰相を見やった。しかしその宰相も困惑の色が濃い。

 ルーカスは溜息を吐く。


「カイル、その話はまたあとだ。宰相、自己紹介を」

「は。フォルスター皇国宰相、アーノルド・ニクラス・セル・バークランド公爵です」

「それだけでは足りぬ。我が半身、アリスティアの父親だと言わねば」

「おお! 陛下の半身様の父君でいらっしゃいますか! それではもてなしを」

「それは後だと言うておろうに。次、ディートリヒ、自己紹介せよ」

「フォルスター皇国宰相筆頭補佐官、ディートリヒ・カミル・セル・バークランド、アリスティアの一番上の兄です」


 皇太子の──竜王の言葉を受けて、ディートリヒは戸惑いを顔に浮かべながら自己紹介した。

 紹介内容に満足する。


「フォルスター皇国皇太子筆頭補佐官、エルナード・フォルト・セル・バークランド、アリスティアの次兄です」

「同じく皇太子補佐官、クリストファー・ティノ・セル・バークランド。アリスティアの三番目の兄です」

「フォルスター皇国皇太子補佐官見習い、クロノス・タイラ・ナイジェル。僕が何故ここにいるかわかりません」


 クロノスが自己紹介をした途端に、竜王代理というカイルから殺気が溢れた。


「カイル、殺気を抑えろ。クロノスは確かにナイジェル帝国の元皇太子だが、ワレが公爵位を与え、臣下とした。色々と聡い子供だ。父親のした事を恥じておるし、軽蔑もしておるよ。反抗心はないから心配するな」

「……御意」


 カイルから溢れていた殺気が収まる。

 クロノスをチラリと見遣ると、明らかにホッとしていた。


「次、ダリア、自己紹介しろ」

「御意。フォルスター皇国、皇太子補佐官見習いアリスティア様付専属護衛、近衛騎士のダリア・スレイシア・セラ・レシオです。レシオ侯爵家次女で、火の精霊とアリスティア様の守護契約を結んでおります」

「ほう。アリスティア様の守護契約を」

「エルナードは風の精霊と、クリストファーは土の精霊と守護契約を結んでおる」

「なるほど。皆さん、アリスティア様の縁者なのですね。だとしたら、閲兵式の後に歓迎の宴を開かねばなりませんね」

「その辺は任せる。ところでな、カイル」


 竜王は、そわそわし出した。


「アリスティア様の軍服でございましょう? 出来上がっておりますよ」

「そうか‼ ならば急ぎ、侍女に着替えを申し付けよ。ああ、専属侍女を置いて来てしまったな」


 その言葉とともに指が鳴らされる。

 パチン、という軽快な音とともに、侍女が3人現れた。


「マリア、アイラ、クレア。ティアを用意された軍服に着替えさせろ」


 一瞬、驚いていた侍女たちだったが、アリスティアを見て落ち着いたようだった。


「畏まりました。アリスティア様。お着替えに向かいましょう?」

「アイラとクレアは、アリスティアが緊張するようなら獣耳と尻尾を出して緊張感を解してやってくれ」

「それくらい、お安い御用ですわ、竜王陛下」

「我らの獣耳と尻尾くらいでアリスティア様の心の安寧が得られるならいくらでも出しますわ」

「重畳。ティア、可愛く装っておいで」

「ルーカス様。わたくし、軍服マニアではありませんけど、結構楽しみですわ」

「ティアに似合う様に、オーダーメイドで仕立てさせたからね。絶対、ティアが最強に可愛くなるよ」


 そう言ったあと、竜王ルーカスはカイルに向き直った。


「カイル、ワレの軍服はあるか?」

「先日、ご帰還した際に仕立てさせて置きました」

「重畳。いつもの如く、見事な手腕だな」

「勿体なきお言葉」


 カイルは胸に手を当て頭を下げた。


ワレも着替える。客人を閲兵式会場へ案内あないせよ」

「御意」


 アリスティアと侍女三人、専属護衛の三人がアリスティアの着替えに付き添って執務室から出ていき、続いて竜王ルーカスが執務室を出た。


 後ろではカイルがアリスティアの家族と皇王とクロノスを案内する旨の声が聞こえてきた。おそらくカイルは思っているだろう。「竜王である伯父が連れて来たのだ。粗相があってはならない」と。カイルはそんな実直な竜人だ。

 そのカイルに任せておけば、人間の世話は完璧にこなしてくれるだろう。

 竜王ルーカスは、思わずくつくつと笑った。

 数千年前に、人間をいとい、国を異界の中に隠した竜王ジークベルトの意識が、現状を困惑の面持ちで見ているのを感じたが、その意識をねじ伏せ、無理やり今の竜王ルーカスの意識に混ぜ合わせた。

 前世の人格を完璧に再現する予定はないのだ。ねじ伏せ、取り込んでこそ竜王ルーカスとなる。

 アリスティアの着替えたあとの可愛い姿を想像しながら、竜王ルーカスは不敵な笑みを口元に乗せていた。








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