第12話 竜王の説明①
「皇太子執務室だ。ソファに座れ。クロノス、茶を淹れろ」
「御意」
「殿下、もう離してくださいませ」
「いや、もう少しこのままで。今日はよく頑張ったな」
ルーカスはアリスティアの頭を撫でた。
言葉の優しさに、アリスティアの頬が緩んだ。こんな些細な褒め言葉でも、アリスティアは喜ぶ。彼女は今までどれだけ過酷な勉強をしてきたのかと、ルーカスは痛ましく思った。
「ありがとうございます、ルーカス様」
だがアリスティアは、無邪気に皇太子の胸に頭をぽすん、と寄せた。
「アリス! お兄様は許しませんよ!」
「アリス! 男はみんな狼なんだぞ!」
途端に双子が騒ぎ出す。
「エル兄様クリス兄様煩いですわ! ルーカス様は狼ではなく竜ですわよ!」
「そうだけどそういう事じゃない!」
双子に対してアリスティアが即座にツッコみ返すのもいつもの光景だ。
アリスティアのツッコミは正しいが、今は時間が惜しい。
このまま黙っていると、際限なく兄妹のコントが続けられるだろう事は容易に想像できた。だからルーカスはそれを黙らせる必要があった。
「エルナードとクリストファー。黙っていろ。追い出されたくないならばな」
「ティア。すまんな」
ルーカスがアリスティアの頭に手を当てて呟いた瞬間、彼女は眠りに落ちた。
「ティアのトラウマに関する事ゆえ、眠って貰った」
「お気遣い、ありがとうございます。しかし、アリスティアは本当に殿下に心を許しているのですね。こんなに甘えるなんて」
「そう見えるのなら重畳。さて、どう話したものやら」
ルーカスは逡巡する。
「ディートリヒ。ティアが幼い頃に魔力暴走を起こした事は?」
「は? もう魔力暴走を起こしていたのですか⁉」
「そこからか……エルナード、クリストファー。何故教えておかぬ」
何とも言いようのない憮然とした面持ちで双子に零すが、ルーカスにもそれは八つ当たりに近いとわかっていた。
バークランド家の長兄であるディートリヒは既に結婚しバークランド家の皇都邸ではないところに居を構えているのだから、アリスティアの事を説明するのは父親であるバークランド公爵アーノルド以外あり得ない。宰相と宰相筆頭補佐官として同じ仕事場にいるのだから。
「父上が既に話したものと思っておりました」
「まあ良い。私とティアの出会いから話す事になるとは思わなかったが」
エルナードの返答に一つ溜息を零したあと、ルーカスは語る。
エルナードの発した一言からその妹に興味を持ち、会いに行って興味本位の魔力威圧でアリスティアの魔力暴走を引き起こしてしまったこと、それに続くその後の事も。
「殿下、必死でしたよね。アリスにルーク兄様と呼ばせて」
「アリスが可愛いから仕方ないけど、デレデレになってたもんな」
「お前たち、殿下に対して不敬極まるぞ!」
ディートリヒが目を釣り上げて双子の弟を諌める。身分に厳しいのはアリスティアと似ているなと漠然と考えつつも、話を進めるためにディートリヒを制する。
「良い、ディートリヒ。あの当時は確かにそうだったからな。
そう言って、ルーカスは話し続ける。
妃教育がハードだから、たまには息抜きにピクニックに連れて行こうとエルナードが計画し、アルバ湖畔に連れて行ったところ、そこに揃い踏みした四大精霊王から、アリスティアが愛し子だと告げられた事。
この時点で、ディートリヒの目は限界まで見開かれた。驚愕するのはわかるが、それを無視して話を続ける。
ルーカスは水の精霊たちと、エルナードは風の精霊たちと、クリストファーは土の精霊たちと守護契約した事。
後に火の精霊王の要請で、近衛第一連隊第二大隊(女性要人警護部隊)所属のレシオ侯爵令嬢ダリアが火の精霊たちと守護契約した事。
守護契約の条件は、アリスティアの守護。
その為、アリスティアの安全を考え、守護者が周囲に集まれる様に、五歳ではあるが、アリスティアを皇太子の執務室に出仕させた事。
勉強の進捗を見る一環として宮廷魔術師団の訓練場で、アリスティアの魔術を披露して貰った際、遊びに来ていた風の精霊王が訓練場の結界をガチガチに強化した事。
アリスティアは、間違いなく五歳で特級魔術師だった事、更にはオリジナル魔術までも披露した事。
その後、フェザー辺境伯領で魔物のスタンピードが起こりかけている報告を受けた事、その魔物一万ニ千匹以上をアリスティア一人で殲滅し、ついでに隣国ハルクト王国の陰謀を暴いた事。
その陰謀が、魔物を召喚して人工的にスタンピードを起こしフォルスター皇国に侵攻する事だったので、ハルクト王国の王宮に召喚転送させた事、そのためハルクト王国の王族と過激派貴族当主が全滅した事。
この時点で、ディートリヒは呆然としていた。
だが皇太子は続ける。
別の隣国のルオー王国から難民の流入と、辺境地域の治安悪化、それを長期で解決する為と、国の技術力を底上げする為の政策案をアリスティアが提案、施策したところうまく行った事。
その辺は、ディートリヒでも覚えていたらしく、微かに頷いていた。
そこから八歳になるまでは平穏だったのに、バークランド公爵家の親族のお茶会に参加したあとの帰還の途上でアリスティアがナイジェル帝国の特級魔術師に攫われた。
当時、ルーカスはそれを察知できず、救出に五日も掛かった事。
その五日目に光の精霊王が来て、ルーカスの自己封印を解除した事、自己封印は十五歳の時に覚醒しかけた時になぜか自分で封印してしまったものだった事、封印が解除されて覚醒し、自分が竜王の転生体だった事を思い出し、更にアリスティアの気配を遠く離れたナイジェル帝国から感じ取って竜化してナイジェル帝国に向かった事。
「ここからは、ティアの記憶を読み取り知り得た事実だ」
皇太子はそう前置きして、衝撃的な内容を口にした。
それはアリスティアが攫われ目覚めてからの事で、話している
人間の成人男性に恐怖心を抱く事になったのは間違いなくこの皇帝のせいであり、成人女性を拒絶するようになったのはあの侍女のせいだった。
話しているうちに怒りが再燃したルーカスが怒気を溢れさせてしまい、その怒気を初めて浴びたディートリヒが震え上がっていた。
「ギリギリの瞬間に、我が名を呼んでくれた故にな、間に合った。ティアは汚されてはおらぬ。だが、壁を粉砕し中へ入った時に、ティアは裸に剥かれていた。怒りで頭が煮えそうだった。竜王としての力を解放し、ナイジェル帝国など滅ぼしてしまおうかとも思ったが。ティアは何も知らぬ民を殺す事を喜ばぬ。だから、皇帝とその一族を根絶やしにしようかと思ったのだがな」
ディートリヒの視線がチラ、とクロノスに向かったのが見えた。クロノスを見ると蒼白になっている。
改めて父親の所業を聞いて内心恥じ入り、父親に軽蔑の感情を向けているのだろうか。
ルーカスは、今は
「皇帝を魔術で拘束した上で浮かせ、宮殿の中の玉座の間に行き、皇帝は重力障壁で押さえつけておき、その間にティアを直接攫った男と、攫う事を指示した男は首を刎ねた。ティアの髪の毛を掴んで引き摺り回した侍女は、同様に髪の毛を魔術で掴んで引き摺り回し、空中にぶら下げて
話しているうちにまた感情が昂ぶり、瞳孔が縦に裂けたのがわかった。
人間ではあり得ない現象に、
「全ての処刑内容は、拡声魔術と映像転写魔術でナイジェル帝国全ての貴族と民に見せつけた。その上で死か従属か選ばせた。その結果、元ナイジェル帝国は、フォルスター皇国の従属国となった。後は知っていよう」
皇太子は──竜王は、獰猛な笑みを見せた。
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