第12話 竜王の説明②

 

 そして竜王は一息ついてから告げる。


「アリスティア・クラリス・セラ・バークランドは、ワレ、竜王の半身。永遠の伴侶ツガイである。半身同士は、相手からとてつもなく魅力的な匂いを嗅ぎ取り惹かれるのだ。ワレがまだ覚醒前にティアに惹かれたのは、竜の本能の部分で半身だと理解していたのだろう。

 竜の雄は半身を一途に愛し守る。半身が害されたらその国を滅ぼす事も厭わない。竜は半身が何歳でも構わぬ。年齢など些事。だがさすがに幼すぎる場合、成体──成人になるまで慈しみ育てる事もする」


 壮絶な内容を告げられたディートリヒは、ぎこちなく双子の弟を見やっていた。双子は、皇太子ルーカスの話していることを面白くなさそうに聞いている。その様子を見てそれが事実なのだと、ディートリヒは理解した。


「ティアは、誘拐された事により心的外傷トラウマを抱えてしまった。医師も医療知識のある産婆も受け付けぬ。皇宮の侍女も受け付けなかった。バークランド公爵邸で、今まで仕えていた侍女に会わせたがそれにも拒絶反応を示した。だから、ティアが人間の世界でなんとか暮らせる様にと皇王に離宮を用意させた。エルゼ宮でティアの身の回りの世話をする使用人たちと執事たちは、竜人と獣人から選抜した。ティアは、人間と違う特徴を出した竜人と獣人には拒絶反応を示さなかったからな」


 そして皇太子は専属護衛の方を見やる。護衛の女騎士たちのうち二人が、皇太子の視線を受けて一歩前に進み出た。


「ダリア以外の専属護衛は、狼族獣人と虎族獣人だ。二人とも、耳と尻尾を出してみせよ」

「御意」


 二人が同意した途端、彼女らの頭の上に特徴的な三角耳と丸い耳が生え、女性騎士服のスカート状の上着の裾からふさふさの黒と白の毛から成る尻尾と、黒と黄色の縞模様の猫のような尻尾が飛び出した。


「あと、専属侍女三人は、竜人と兎族獣人と犬族獣人をティアが選んだ。エルゼ宮の内部の準備には竜の国から臨時で手伝いとして竜人と獣人を七十名。元々雇用した使用人たち三十名。そして急遽雇った竜人執事三名と、庭師五名。専属護衛三名、専属侍女三名、そしてワレとティアで総勢百十六名で、エルゼ宮に大転移してきた。百名に内部を調えさせている間に、ティアが発熱したのだ」


 ディートリヒは息を詰めて聞いている。

 あまりの情報の多さに、理解が及ばないのかと心配になるが、次期宰相として教育されて来た男なのだから、理解が及ばない事はないのだと思い直した。

 ルーカスは更に続ける。


「ティアが熱を出した夜、夕食を寝室の隣の部屋でエルナードたちと食していたのだが。ティアに食べさせたが三口しか食べられなかったな。まあそれは良いが。

 ティアが、熱に浮かされたのか、ファンタジー、と呟いた。その意味を問えば、口を開いたのはティアであってティアではない存在だった。それが、ティアの前世の人格部分が前面に出たものだと、少し話した後に告げられた。

 前世の人格から、異世界の情報を得たあとに言われたのだ。竜王の愛が重すぎてティアが戸惑っているのだと。発熱もそれが原因らしいからな。前世の人格から、ティアの精神が成熟するまで育ててほしい、と言われたのだ。だからワレは翌朝、竜の本性の部分にのみ、つまり、半身を腕の中に囲い込み、他のオスに近寄らせず見せもせず、ひたすらに溺愛する本能と言える部分のみに、期間限定の封印を施した。竜王の部分は残さねばならぬからな、難易度最凶級ルナティックだったぞ」


 封印を掛ける前の気持ちを思い出しくつくつと嗤ったルーカスを、ディートリヒが得体の知れぬ者を見る目で見つめてきた。


「今は、ティアを慈しみ育てている最中だ」


 皇太子ルーカスは穏やかな顔で腕の中で眠っているアリスティアを見つめた。

 皇太子ルーカスは知らない。

 ディートリヒが、妹は幸せなのかと疑問を感じた事を。




 無言の時間が暫く続いたあと、皇太子はおもむろに口を開いた。


「ディートリヒ、ここまでで何か質問は?」

「ええと……内容が濃すぎて未だ全てを理解しておりません。しかし、質問を許されるのならお聞きしたい事がございます」


 未だ混乱の表情でいるディートリヒだったが、それでもやはり次代の宰相としての教育を受けている男だ。疑問に思うことはすぐに解消しようとするその姿勢は、政を取り纏める者として非常に好ましいと皇太子ルーカスは少し機嫌が良くなる。


「よい、申してみよ」

「それではありがたく。殿下は、アリスティアと今一緒に暮らしているのですか?」

「ティアの心の安寧の為にな。ティアは、トラウマ故か一人で眠る事ができぬ様になった。悪夢に苛まれて眠りが浅く、睡眠が続かない。半身である我が腕の中でのみ、安心して眠れるようだ。故に添い寝しておるよ」

「殿下は、その……男としての衝動は……」


 ディートリヒは聞きづらそうに、しかしはっきりと皇太子ルーカスに訊いてきた。妹が大事な存在だからこそ、はっきりとしておきたいのだろう。


ワレは幼竜故にオスの衝動はまだないな。ああ、人間のオスとしての衝動か。今は人間としてより竜として在るから、人間の本能は限りなく薄い。ただ、竜の本性を封印しているからな。封印が解けるニ十三歳、ティアが十三歳になったらどうかわからんが。一つ言えるのは、竜は半身の為なら百年程度は待てるぞ。心配しなくても、無体は働かぬ」


 皇太子ルーカスの答えにディートリヒは微妙そうな顔になった。おそらくルーカスの答えは彼の予想を裏切り、どう返していいのかわからないのだろう。

 ディートリヒは、躊躇いつつも更に皇太子ルーカスに質問を続ける。


「話の途中で、アリスティアが、四大精霊王の愛し子だと聞こえましたが……」

「正確には攫われた後で光の精霊王の加護も受けたから、精霊王五人の愛し子だな。四大精霊王の加護ももちろん受けている。だが竜王の半身なのだ。精霊王たちの加護くらい当然ではある。精霊王たちは、竜王の配下になるのだからな」


 ディートリヒの目が見開かれる。彼にとっては驚愕する内容だということは理解はできるが、ルーカスにとっては至極当然の事だった。言葉通り、精霊王たちも竜王の配下になるのだから。

 だが、ディートリヒは目眩でも感じたのか、ソファの上で僅かに体の軸がブレた。倒れなかった事は褒めてもいいだろう、とルーカスは冷めた目でディートリヒを見る。


「アリスティアが特級魔術師だとの事ですが……」


 ディートリヒはまだ聞きたい事が多いらしく、溜息を吐きつつ質問を続けた。


「広範囲殲滅魔術のステラリット・メテオリテを、三十発は撃てるらしいぞ。あと、時空魔術の保存庫ブクスム・レポーノが使える。入れた中身の鮮度が変わらない。それから重力障壁グラヴィタス・オービチェイも使える。オリジナル魔術は数個、五歳時点で作ってたな」

「我が妹は才能に溢れ過ぎでしょう。ああ、前世があるからですか?」


 どこか疲れた様子でディートリヒは言葉を続ける。


「それはあるだろうな。想像力を補えるほど、映像や絵の表現に溢れる世界のようだった。その想像力が、魔術行使の際に役立っている。術式なんぞどこ吹く風、全て想像力で魔術を行使しているのがティアだ」


 ルーカスにとっても、アリスティアは規格外の存在だ。

 異世界から転生するなど、前世からの記憶や知識を掘り返しても聞いた事が無かった。転生の輪は、同一世界の中の理の筈なのだ。

 だがアリスティアは異世界から転生して来た。

 三歳の時点で魔力量が当時のルーカスを遥かに凌駕するほど膨大であった事は、今考えると竜王の半身として生まれたからだと理解できる。

 だが魔術の覚えの速さは予想外過ぎた。魔術書を読むだけで覚えるなど、竜族の常識からですら外れている。五歳で魔術師の位階である第五位階に自力で上り詰めるなど、誰が予想できようか。

 やはり彼女の言う「想像力」が鍵なのだろうか。

 魔術を想像力だけで行使するなど前代未聞だが、アリスティアはそれをあっさりと成し遂げてそのコツをフォルスター皇国の宮廷魔術師達に伝授した。

 当時の自分はまだ覚醒の片鱗もなかった頃だから今ここで後悔しても無意味ではあるのだが、覚醒さえしていれば人間ヒトに余計な知識を与えずに済んだのに、と思ってしまっても仕方ないと言えよう。


「発想力が豊かだからなのだろうな。オリジナル魔術もポンポン作ってたぞ。竜を見たこともない時期に、竜の飛翔をイメージして飛翔魔術を作ったりな。これが、ほぼ竜の飛翔に近いから困る。重力を操るあたりが特にな」


 異世界人の想像力は、アリスティアの想像力を支える知識となってくれている。

 以前彼女が言っていた異世界での『ファンタジー』の中の存在である竜族の生態は、驚くほどこの世界の竜族の生態と重なるのだ。

 そのお陰で竜の飛翔と遜色のない飛翔の魔術を作り上げたとなると、アリスティアがこの世界へ転生してくれた事に感謝するしかない。

 ルーカスは知らず、眠るアリスティアを慈しむように眺めていた。


「殿下は、アリスティアを愛しているのですか?」


 ディートリヒが聞いてくる。


「そう言っておろう? ああ、心配せずとも良い。人間の成人が幼子に対してそんな振る舞いをしたら体裁が悪い事くらいワレでも知っている。ティアがそれを良しとせぬ事もな。だから、婚約者という立場は都合が良い。『婚約者だから連れ歩く』『婚約者だから大事にする』と解釈して貰えるからな」


 ただ、と皇太子は続ける。


「流石に一緒に寝ているのはティアの評判に響くからな。これは内緒だぞ? ワレの評判など心底どうでも良いがな。評判で政務がどうこうなる訳でもない。反乱なんぞ企んだところでワレ独りの力で粉砕できるし、政変など企んだ端から潰せるからな」


 ルーカスはディートリヒに告げると、口の端を上げ、冷笑を浮かべた。

 ディートリヒは怯んだ様子を見せた。









 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る