第12話 竜王の説明②
そして竜王は一息ついてから告げる。
「アリスティア・クラリス・セラ・バークランドは、
竜の雄は半身を一途に愛し守る。半身が害されたらその国を滅ぼす事も厭わない。竜は半身が何歳でも構わぬ。年齢など些事。だがさすがに幼すぎる場合、成体──成人になるまで慈しみ育てる事もする」
壮絶な内容を告げられたディートリヒは、ぎこちなく双子の弟を見やっていた。双子は、
「ティアは、誘拐された事により
そして皇太子は専属護衛の方を見やる。護衛の女騎士たちのうち二人が、皇太子の視線を受けて一歩前に進み出た。
「ダリア以外の専属護衛は、狼族獣人と虎族獣人だ。二人とも、耳と尻尾を出してみせよ」
「御意」
二人が同意した途端、彼女らの頭の上に特徴的な三角耳と丸い耳が生え、女性騎士服のスカート状の上着の裾からふさふさの黒と白の毛から成る尻尾と、黒と黄色の縞模様の猫のような尻尾が飛び出した。
「あと、専属侍女三人は、竜人と兎族獣人と犬族獣人をティアが選んだ。エルゼ宮の内部の準備には竜の国から臨時で手伝いとして竜人と獣人を七十名。元々雇用した使用人たち三十名。そして急遽雇った竜人執事三名と、庭師五名。専属護衛三名、専属侍女三名、そして
ディートリヒは息を詰めて聞いている。
あまりの情報の多さに、理解が及ばないのかと心配になるが、次期宰相として教育されて来た男なのだから、理解が及ばない事はないのだと思い直した。
ルーカスは更に続ける。
「ティアが熱を出した夜、夕食を寝室の隣の部屋でエルナードたちと食していたのだが。ティアに食べさせたが三口しか食べられなかったな。まあそれは良いが。
ティアが、熱に浮かされたのか、ファンタジー、と呟いた。その意味を問えば、口を開いたのはティアであってティアではない存在だった。それが、ティアの前世の人格部分が前面に出たものだと、少し話した後に告げられた。
前世の人格から、異世界の情報を得たあとに言われたのだ。竜王の愛が重すぎてティアが戸惑っているのだと。発熱もそれが原因らしいからな。前世の人格から、ティアの精神が成熟するまで育ててほしい、と言われたのだ。だから
封印を掛ける前の気持ちを思い出しくつくつと嗤ったルーカスを、ディートリヒが得体の知れぬ者を見る目で見つめてきた。
「今は、ティアを慈しみ育てている最中だ」
ディートリヒが、妹は幸せなのかと疑問を感じた事を。
無言の時間が暫く続いたあと、皇太子はおもむろに口を開いた。
「ディートリヒ、ここまでで何か質問は?」
「ええと……内容が濃すぎて未だ全てを理解しておりません。しかし、質問を許されるのならお聞きしたい事がございます」
未だ混乱の表情でいるディートリヒだったが、それでもやはり次代の宰相としての教育を受けている男だ。疑問に思うことはすぐに解消しようとするその姿勢は、政を取り纏める者として非常に好ましいと
「よい、申してみよ」
「それではありがたく。殿下は、アリスティアと今一緒に暮らしているのですか?」
「ティアの心の安寧の為にな。ティアは、トラウマ故か一人で眠る事ができぬ様になった。悪夢に苛まれて眠りが浅く、睡眠が続かない。半身である我が腕の中でのみ、安心して眠れるようだ。故に添い寝しておるよ」
「殿下は、その……男としての衝動は……」
ディートリヒは聞きづらそうに、しかしはっきりと
「
ディートリヒは、躊躇いつつも更に
「話の途中で、アリスティアが、四大精霊王の愛し子だと聞こえましたが……」
「正確には攫われた後で光の精霊王の加護も受けたから、精霊王五人の愛し子だな。四大精霊王の加護ももちろん受けている。だが竜王の半身なのだ。精霊王たちの加護くらい当然ではある。精霊王たちは、竜王の配下になるのだからな」
ディートリヒの目が見開かれる。彼にとっては驚愕する内容だということは理解はできるが、ルーカスにとっては至極当然の事だった。言葉通り、精霊王たちも竜王の配下になるのだから。
だが、ディートリヒは目眩でも感じたのか、ソファの上で僅かに体の軸がブレた。倒れなかった事は褒めてもいいだろう、とルーカスは冷めた目でディートリヒを見る。
「アリスティアが特級魔術師だとの事ですが……」
ディートリヒはまだ聞きたい事が多いらしく、溜息を吐きつつ質問を続けた。
「広範囲殲滅魔術のステラリット・メテオリテを、三十発は撃てるらしいぞ。あと、時空魔術の
「我が妹は才能に溢れ過ぎでしょう。ああ、前世があるからですか?」
どこか疲れた様子でディートリヒは言葉を続ける。
「それはあるだろうな。想像力を補えるほど、映像や絵の表現に溢れる世界のようだった。その想像力が、魔術行使の際に役立っている。術式なんぞどこ吹く風、全て想像力で魔術を行使しているのがティアだ」
ルーカスにとっても、アリスティアは規格外の存在だ。
異世界から転生するなど、前世からの記憶や知識を掘り返しても聞いた事が無かった。転生の輪は、同一世界の中の理の筈なのだ。
だがアリスティアは異世界から転生して来た。
三歳の時点で魔力量が当時のルーカスを遥かに凌駕するほど膨大であった事は、今考えると竜王の半身として生まれたからだと理解できる。
だが魔術の覚えの速さは予想外過ぎた。魔術書を読むだけで覚えるなど、竜族の常識からですら外れている。五歳で魔術師の位階である第五位階に自力で上り詰めるなど、誰が予想できようか。
やはり彼女の言う「想像力」が鍵なのだろうか。
魔術を想像力だけで行使するなど前代未聞だが、アリスティアはそれをあっさりと成し遂げてそのコツをフォルスター皇国の宮廷魔術師達に伝授した。
当時の自分はまだ覚醒の片鱗もなかった頃だから今ここで後悔しても無意味ではあるのだが、覚醒さえしていれば
「発想力が豊かだからなのだろうな。オリジナル魔術もポンポン作ってたぞ。竜を見たこともない時期に、竜の飛翔をイメージして飛翔魔術を作ったりな。これが、ほぼ竜の飛翔に近いから困る。重力を操るあたりが特にな」
異世界人の想像力は、アリスティアの想像力を支える知識となってくれている。
以前彼女が言っていた異世界での『ファンタジー』の中の存在である竜族の生態は、驚くほどこの世界の竜族の生態と重なるのだ。
そのお陰で竜の飛翔と遜色のない飛翔の魔術を作り上げたとなると、アリスティアがこの世界へ転生してくれた事に感謝するしかない。
ルーカスは知らず、眠るアリスティアを慈しむように眺めていた。
「殿下は、アリスティアを愛しているのですか?」
ディートリヒが聞いてくる。
「そう言っておろう? ああ、心配せずとも良い。人間の成人が幼子に対してそんな振る舞いをしたら体裁が悪い事くらい
ただ、と皇太子は続ける。
「流石に一緒に寝ているのはティアの評判に響くからな。これは内緒だぞ?
ルーカスはディートリヒに告げると、口の端を上げ、冷笑を浮かべた。
ディートリヒは怯んだ様子を見せた。
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