第11話 教育要項精査会議②

 

「アリスティア、久し振りだね」


 宰相筆頭補佐官である長兄のディートリヒが近寄ってくるのを見て、アリスティアは緊張した。


「……おお兄様、新年の顔合わせ以来ですわね」

「ディートリヒ、悪いがそこで止まれ。ティアが恐慌状態パニックになる」

「殿下、それはどういう……」


 ディートリヒが眉根を寄せる。


「詳細を宰相から聞いてないのか? まあよい。ティアの心的外傷トラウマでな、成人の男女ともに、身内認定した者以外は触れそうな距離に近寄ると拒絶反応で恐慌状態に陥る。現在、身内認定されている成人は、私とエルナードとクリストファーと専属護衛のダリアのみだ。クロノスは子供だからか拒絶反応が無かった」


 ディートリヒが息を飲む音が聞こえた。


「父親のバークランド公爵すらダメだったのだ。お前だけではないから許せ。ああ、このトラウマを作った奴らは私が処刑したから安心して良い」

「は⁉ 処刑⁉」


 皇太子の物騒な言葉にディートリヒが目を剥く。フォルスター皇国ではこの三百年ほど行われていないのだから驚くのも無理はないが、周りにいる他の政務官がこちらに目を向けたのを見て、アリスティアは少しだけ怖く感じた。


「詳細が知りたくば、後で皇太子執務室に来れば話してやる。ここで声を大にして言う事ではないからな」

「……父が話せなかった内容もある訳ですね?」

「そうだ。まあ、私の事など些細な事ではあるのだが」

「殿下、全然些細な事ではありませんよ。僕が保証します。世界が震撼します」

「大げさだな、クロノス」

「殿下、僕たちも些細な事では無いと思いますよ。アリスの将来が確定してるし。チッ」

「エルナード、舌打ちはやめろ」

「アリスが認めなきゃ引き剥がすのに。チッ」

「クリストファー、お前もか」

「エル兄様、クリス兄様。二人とも舌打ちなんて下品ですわ。ルーカス殿下の品位にも関わりますから、今すぐおやめなさいませ」

「アリスに叱られた! プライスレス!」

「アリスの叱責は萌える!」

「二人とも、変態発言をやめてくださいまし! 鳥肌が立ちますわ!」

「お前ら、話が進まないからやめろ。やめなければティアを撫でさせないぞ?」

「仕方ありませんね。(キリッ)」

「大人しくしておきますよ。(キリッ)」

「……弟たちが迷惑をかけて申し訳ありません、殿下」

「なに、こいつ等の常態だからな。慣れている」


 皇太子ルーカスの言葉に、ディートリヒの眉間の皺が深くなった。長兄の常識では、皇族に馴れ馴れしく話す事は不敬に当たるのだと容易に理解できる。アリスティアにしても、三年前はそう思っていたのだから。


「心配せずとも良い。私は、変わらない二人の態度が少なからず嬉しいからな」

「それはどういう……」

「それも後だ。そろそろ休憩が終わるぞ」


 ディートリヒは、顔に疑問の色を残したまま席に戻って行った。






「では、休憩も終わったので、この後は審議に移りたいと思います。内容は、『学校設立に関して』の年齢の訂正、でよろしいですか、殿下?」

「原案提案者はアリスティアだから、アリスティアに聞くが良い」

「アリスティア皇太子補佐官?」

「年齢の訂正と、あと少々ありますが、それでよろしいですわ」

「では、『学校設立に関して』の年齢その他の訂正案の審議とします。まずは、資料をご覧ください」





※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




学校設立に関して




・学校は、七歳から十二歳までを義務教育とし、無料で子供全員に教育を施す。


・義務教育は初等科とする。


・昼食を提供する。この料金も無料。


・義務教育で行われる教育内容は、国語、算術、初級外国語、初級経済学、体力作りの為の体育、音楽、美術、家庭科。高学年の選択授業で初級魔法学、初級魔術学、とする。



・中等科は十三歳から十五歳とする。


・中等科の授業内容は、国語、数学、外国語、経済学、史学、体育、音楽、美術、家庭科。選択授業で魔法学、魔術学、体術・武道、ダンス、マナーとする。


・中等科以降は授業料が必要。ただし、成績の良い者には奨学金制度が適用される。



・高等科は十六歳から十八歳で、授業料が必要。ただし、成績の良い者には奨学金制度が適用される。


・高等科の授業内容は、文学、数学、外国語、経済学、政治学、史学、体育、音楽、美術、家庭科。選択授業で、魔法学・魔術学、体術・武道、ダンス、マナーとする。


・高等科では、コースを設ける。コースは、官僚コース、教育コース、商業コース、魔術師コース、騎士コースとする。


・高等科を卒業した時点で、国の中枢に関われるとする。




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※






「資料にある年齢の訂正という事ですが。どの様に訂正しますか?」

「はい。まず、『初等科は七歳から十二歳までを義務教育とし』の部分の年齢ですが、これを六歳から十歳までとし、義務教育期間は五年間とします。それに伴い、中等科は十一歳から十二歳までのニ年間、高等科は十三歳から十五歳の三年間とします。何か質問はございますか?」

「年齢をもっと引き下げる事は?」


 外交府の補佐官が質問する。


「最初、それも考えたのですが、平民の子供たちの就業年齢が、十歳からなのですわ。ですのでそれ以前ですと、就業できない子供たちが街に溢れる事になります。犯罪に巻き込まれる可能性も否定できません。そうさせない為の、十歳までの義務教育ですわ」

「なるほど、納得しました」

「ありがとうございます。次の訂正案ですが。高等科でのコース展開になってますが、中等科からコースを設けたらどうかと考えておりますの」

「中等科から、ですか?」

「ええ。商業コースと騎士コースは、早い段階からあってもいいと考え直しましたから。中等科での騎士コースは、卒業時に準騎士資格を与える事。商業コースは卒業時に小規模商店の開店許可証を与える事。これが中等科でのコースの条件ですわ」

「商業コースでの卒業時の取得資格の小規模商店の開店許可証ですが、中等科卒業で十二歳。商店経営は小規模とは言え厳しくありませんかな?」

「左様ですな。経験が無いと、商品の見極めや仕入れ時に騙されたりしますな」

「では皆様は、何を卒業時の取得資格にすべきと仰るのですか?」

「小規模商店の会計資格はどうです?」


 アリスティアは思わず盛大にため息を吐きそうになった。馬鹿なのかと思う。小規模商店は、店主と良くて従業員一人しか雇う余裕がないから「小規模」なのだ。


「ティア、私に任せろ」


 皇太子が小声で伝えて来たので、小さく頷いた。


「マイエン伯爵。小規模商店が何故なにゆえに小規模と定義されてるか、把握しているか?」


 マイエン伯爵と呼ばれた小男は、先程、会計資格を卒業時の取得資格に推して来た男だった。

 皇太子に名前を呼ばれて明らかにビクついている。


「店の大きさであるかと」

「当たらずとも遠からず、だな。アリスティア補佐官、説明を」

「小規模商店の条件は、店主と従業員一人。中規模商店は、店主と従業員ニ人以上ニ十人まで。大規模商店は、従業員ニ十人以上百人未満、本店及び支店合わせて五軒まで。小規模商会は、従業員百人以上ニ百人未満で、支店は十軒まで。中規模商会は従業員ニ百人以上三百人未満で、支店は三十軒まで。大規模商会は従業員三百人以上で、支店は三十軒以上」

「聞いての通りだ、マイエン伯爵。小規模商店は、従業員を入れてもニ人しかいないのだ。そんな商店に、会計資格を持ってるからと言って有資格者を雇える余裕は無い。故に、小規模商店の会計資格は、中等科商業コース卒業時の資格になり得ない。理解したか?」


 淡々と説明する皇太子だが、それが余計に他者の目に不気味に映るとは理解できていないのだろう。皇太子の金色の瞳に射竦められ、マイエン伯爵と呼ばれた男は呼吸もままならなくなったようで、息が乱れ始めた。


「殿下、威圧が些か強いようですわ」

「む。威圧した覚えはないのだが」


 言いながら、皇太子は一旦目を閉じた。

 その途端、マイエン伯爵は呼吸が楽になったのか大きく息をついた。

 次に皇太子がゆっくり目を開けたが、マイエン伯爵の呼吸がままならなくなる事は無くなったようだった。


「先程の商店や商会の規模を頭の中に置き、その上で中等科卒業時の取得資格を提案しろ」


 皇太子の金色の瞳が参加者を一瞥し、会議場に緊張が走った──。





 会議は滞りなく進む。

 途中、昼食休憩を入れつつ会議は続行された。

 やがて、訂正案が漸く形になった頃には、既に夕陽が沈もうとしている頃だった。


「では本日の会議はこれで終了です。次の開催は五日後に。解散」


 会議が終わって進行役である宰相筆頭補佐官の長兄ディートリヒの締めの言葉に、やっとホッとしたアリスティアは会議机にぐったりと伏せった。


「気持ちは分かるが、ティア。少し行儀が悪い。淑女らしくないぞ?」


 ルーカスが苦笑しつつ言うと、


「わたくし、淑女の前に子供ですもの」


 ムッと頬を膨らませて言うと、頭に手が乗せられた。


「確かに子供だな。エルナード、ティアの専属護衛を呼べ。ディートリヒ、こちらへ来い。クリストファー、ティアの専属侍女たちに、エルゼ宮に戻る様に伝えろ。ティア、暫し我慢しろ?」


 皇太子は次々と指示を出し、最後にアリスティアを抱き上げた。


「殿下!」

「転移するが、ディートリヒにも近づいて貰わねばならぬからな。ティアが恐慌状態に陥らぬ様に、だ。だから暫し我慢しろ、と言った」

「っ、わかりましたわ」

「ディートリヒ、ティアを私が抱えていれば恐慌状態には陥らぬ。もう少し近くに寄っても大丈夫だ」


 皇太子に言われ、ディートリヒはクロノスの近くまで寄ってきた。

 そこにエルナードが騎士の格好をしている少女たちを連れて戻ってきた。遅れてクリストファーも戻って来た。


「全員揃ったな。では転移する」


 パチン、と指が鳴らされたと思ったら、既に転移は終わっていた。







 

 

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