第5話 困惑②
『ならば、お主も守護契約するか?』
『我ら土の精霊も、そこの愛し子を守りたい』
『愛し子を守るならば、力を貸そうぞ』
『お主の名前を教えるがいい』
『守護契約には、名前が必要じゃ』
三角帽子を被り白い髭を生やした、まるでお伽噺に出てくるような見た目の小人たちが現れた。三角帽子は赤茶色で、彼らが着ているのは生成りのシャツと焦げ茶色のだぶだぶのオーバーオールだった。
この小人たちが土の精霊の様だ。
「僕も守護契約出来るなら、喜んで名前を教えよう! 僕はクリストファー・ティノ・セル・バークランド!」
『クリストファー、土の精霊の愛し子。土の精霊王ノーム様の愛し子であるアリスティアを護るのじゃ』
『我らが力を貸そうぞ、クリストファー。土の精霊の愛し子よ』
(精霊の愛し子ってこんなにポロポロといるものなの? なら、やはり私の価値はそんなに高くない気がする)
アリスティアが目の前の光景を眺めながら呆然とそう考えた途端。
『精霊の愛し子だってそう多くはないわよ。魔力が高くなければ、精霊は存在に惹かれないのだから』
思考を読んだ水の精霊王ウンディーネがにっこりと笑い、教えてくれた。
魔力が高いのが条件ならば、確かに多くは無いだろう。筆頭公爵家だけあって、父と母も魔力が高く、つまりはその子供たちも魔力が高いわけで。
皇家は公爵家よりも魔力が高い一族であり、その中でも皇太子は飛び抜けて魔力が高いと聞く。
(ああそうか。貴族って、血を繋ぐ為に結婚するから、サラブレッドなのよね。
魔力が高い一族が集まってるなら、精霊の愛し子がここにポロポロいるのは当然なのね)
理由を理解して納得した時に、更に別の声が聞こえてきた。
『僕たち風の精霊も、精霊王エアリエル様の愛し子を守りたい』
『僕たちと守護契約を結ぼう、風の精霊の愛し子!』
『僕たちが力を貸すよ!』
『名前を教えて、風の精霊の愛し子!』
『風の精霊王の愛し子、アリスティアを護って!』
「アリスを護れるなら、喜んで名前を渡そう! 僕は、エルナード・フォルト・セル・バークランド!」
エルナードの傍に、緑色のマフラーを巻いた小さな少年たちが現れた。小さい少年たちの髪の毛はツンツンで、黄緑色と薄黄色のストライプの開襟シャツに黄緑色の半ズボンを身に着けている。
今までのパターンからすると、彼らが風の精霊なのだろう。
風の精霊たちは、エルナードを取り囲む様に位置取り、直ぐに周囲を回りだした。
『風の精霊の愛し子、エルナード。風の精霊王エアリエル様の愛し子アリスティアを護って欲しい!』
また理解し難い事を言ってる気がする、とアリスティアはその可愛い眉を顰めた。
『僕たちの力を貸そう、風の精霊の愛し子、エルナード!』
『僕たちの代わりに、風の精霊王の愛し子、アリスティアを護ってくれ!』
(えーと、私って数百年ぶりの水の精霊王の愛し子だよね? なぜ土の精霊王ノームの愛し子なの? なぜ風の精霊王エアリエルの愛し子なの? 確率的におかしくない? というか、ここに火の精霊王とか出てきたら──いや考えたら出てきそうだからやめておこう、怖すぎる)
そう考えてアリスティアが思考を放棄しようとした途端。
『呼んだかな、我が愛し子、アリスティアよ』
(ねえ、なぜ嬉々として出てくるのよ、火の精霊王? らしき精霊が)
見かけは容姿端麗な青年だが、蝙蝠のような羽が生えてる青年なんて人間にはいないだろう。
その青年は背中の半ばまである真っ赤な髪の毛にルビーのような瞳、褐色の肌を持ち、軽鎧を身に纏っていた。格好はかなり好戦的だが、アリスティアを見る目は喜びに溢れていた。
『私は、火の精霊王サラマンダー。我が愛し子、アリスティア。やっと会えた!』
(サラマンダーって、確か火竜じゃなかったっけ? そしてやっぱり火の精霊王の愛し子でもあるんだ、私は)
当然のような顔をして現れた火の精霊王を、アリスティアは半分諦めた様に受け入れた。
『火の精霊王サラマンダー、我が愛し子に近づくな』
『水の精霊王ウンディーネ。我が愛し子にお前こそ近づくな』
アリスティアの前で、いきなり水と火の両精霊王が言い合いを始め、アリスティアは驚いて二人を凝視した。
(あ。喧嘩しそう。喧嘩して欲しくないのにな)
心が疲れてきたアリスティアが、諦めにも似た気持ちになりながら弱々しく考えたところ。
『……サラマンダー。この場は引いておくわ。我が愛し子が争いを好まないから』
『……ウンディーネ。私もこの場は引いて置く。我が愛し子が喧嘩して欲しくないと思っているからな』
またも心を読んだらしい精霊王たちが、不満気ながらも喧嘩を取りやめた事に、アリスティアは少しばかり安心する。
(なぜ精霊王たちは心を読むのがデフォルトなの? 私、何も言ってないよね⁉)
ただし、考えたことを読まれるのはアリスティアにとっては辟易する事柄だった。
『私の眷属の愛し子がこの場に居ない。私は愛し子に力を貸そう』
『抜け駆けは許さなくてよ、サラマンダー! それなら私も貸すわよ!』
『お主ら、狡いではないか。それなら土の精霊王ノームも力を貸そうぞ』
『そう言うなら風の精霊王エアリエルも愛し子に力を貸すよ!』
『引きこもりの土の精霊王が出てくるなんて!』
『常にフラフラしてる風の精霊王が僅かとはいえこの場に留まるとはな』
(カオスすぎる! えーと、四大精霊王が大集合してる? そして、四大精霊王の愛し子が私?)
考え過ぎるとまた意識を失いそうで、頭痛がしそうだ。
(なぜこんな事に? 私、魔力が高いだけだよね? もう理解しなくてもいいかな)
つい遠い目をして中空に視線をやってしまった。
『我が愛し子アリスティアに、水の精霊王の加護を』
『我が愛し子アリスティアに、火の精霊王の加護を』
『我が愛し子アリスティアに、土の精霊王の加護を』
『我が愛し子アリスティアに、風の精霊王の加護を』
なんだか凄い事になってる気がするなぁ、とアリスティアはぼんやりと思う。
(あ。体がポカポカする。あったかい。なんだか力が漲ってる気がする。ん。兄様たちも殿下も驚いてるみたい?)
アリスティアを見る皇太子と双子の兄達の目が、限界まで見開かれていた。
「ウンディーネ様、サラマンダー様、ノーム様、エアリエル様、加護をありがとう存じます。なんだか体がポカポカします」
『そうでしょう? それは我が力が貴女に注がれているからよ』
『我ら四大精霊王全ての愛し子など、数千年ぶりだ。このサラマンダーの愛し子も、千年ぶりなのだからな』
『ノームの愛し子は二百年ぶりかのう』
『エアリエルの愛し子は百年ぶりだね』
「──ティア、人間をやめないでくれるか?」
皇太子が心配そうにアリスティアを覗き込んできた。
「皇太子殿下、私は人間をやめるつもりはございませんわ。私は兄様たちが大好きですもの」
アリスティアは、顔を顰めて答える。
その答えにルーカスは困った様に笑い、その様子を見ていたエルナードとクリストファーは、やっぱり諦めたような顔をして溜息を吐いた。
「僕たちの妹は、殿下以上に規格外過ぎるね、クリストファー」
「同感。でもアリスを護る力を精霊から貸して貰えたから、僕たちも一般的には規格外になったんだよ、エルナード」
「だろうね。前より魔力が増えた気がするし、物凄く安定してるのを感じる。クリストファー。僕は思ったんだけどね」
「何がだい、エルナード。なんとなく言いたい事は分かる気がするけど」
「流石双子の弟。アリスの事だけどね。父上と陛下には話した方がいいだろうけど、それ以外には黙っていた方がいいと思うんだ。だってバレたら狙われすぎるだろう? 四大精霊王の愛し子なんてさ」
「そうだね。精霊王の愛し子なんて、滅多に現れないしね。それが四大精霊王全ての愛し子なんてね」
「この目で実際見なければ、とても信じられないよね。うちの妹は神様に愛され過ぎだろう」
「殿下も僕たちも、これから大変だろうけど、陛下に話を通したら、殿下の計画に追い風になるだろうね」
「殿下、幼女趣味過ぎるけどね」
「聞こえているぞ、エルナード! 私は幼女趣味なんかでは無いと何度言ったらわかるんだ!」
(ちょっと、今聞き捨てならない事が聞こえたんだけど⁉ 幼女趣味とは一体なにごと⁉)
アリスティアがルーカスを見上げて身じろぎすると、ルーカスが慌てた様に咳をした。だが相変わらずアリスティアを抱きしめたままだ。
「あー、お前たちの言いたい事はわかる。ティアを護るならば、四大精霊王の愛し子などという情報は、秘匿すべきものだからな。知っている人間は少ないに越した事はない。だが、離れているとはいえ、ここに付いて来た使用人たちはどうなのだ? 見た事を口外しない様に箝口令を敷いてそれに従える者たちか?」
「皇太子殿下、我がバークランド公爵家は、使用人すらも徹底的に身元を洗い、身上調査をします。その上で、忠誠心が高く仕事ができる真摯な者はきちんと取り立て、重要な仕事を任せます」
「エルナードの言うとおりです、皇太子殿下。ここに居る者はみな、エルナードと僕クリストファー、アリスティアに忠誠を誓う者たちで固めてありますよ」
アリスティアの常識は、多分に前世のものが含まれているせいで貴族の常識にはまだ疎い。なにせアリスティアが生を受けてまだ五年であり、ものごころがついてまだ二年しか経っていないのだから。
だから、まさか忠誠心が高い者を侍女や侍従につけるとは思いもよらなかった。
(なんだろう、今日は情報量が多すぎて、理解不能だ。というか、理解しちゃダメなやつだ、きっと。理解したら最後、元に戻れない? ああ、穏やかに暮らしたいのに、なぜ問題が起こるの?)
アリスティアが内心で嘆いていたところ。
くううぅぅぅ。
ほんの少し涙目になってしまったアリスティアのお腹が可愛い音を立てたのだが、その事で彼女の顔は真っ赤に染まり、
だが、その音を拾った皇太子と兄達が即座に侍女に命じて昼食の支度をさせ、精霊や精霊王が見守る中でアリスティアはもぐもぐと口を動かし、その小動物的な可愛さに兄二人だけでなく侍女たちや護衛たちまで悶え、皇太子が絶対零度の視線を飛ばしまくっていたのをアリスティアは気が付かなかった。
食べながらも今日の出来事を考え、どうしても困惑してしまうアリスティアだった。
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