第6話 憂鬱①[side ルーカス]
アリスティアが四大精霊王の愛し子だと判明した時の驚愕は、恐らくルーカスの人生の中で第一位の位置を動かないだろう。火の精霊王サラマンダーは、四大精霊王の愛し子は数千年ぶりに現れたと、しかもサラマンダーの愛し子も千年ぶりに現れたと言っていたのだ。
どれだけアリスティアは、周囲を驚かせれば気が済むのかと溜息をつきたくなる。
しかも、なぜか自己評価が低くて、自分の価値に気がついていない。それどころか、自分の事を平凡だとすら言う。
エルナードとクリストファーが、「平凡って何⁉」と悲鳴じみた疑問を呈していたが、ルーカスにもそれは同意だった。
精霊の愛し子は、高位貴族の中にはポロポロといるが、精霊王が執着する精霊王の愛し子は短くて百年、長いと千年以上現れないと伝えられている。
精霊王の愛を一身に受ける精霊王の愛し子は、国に絶大な恩恵を
愛し子を大事にする事により、土の精霊王は大地の恵みを増やし、風の精霊王は情報を何処よりも早く齎し、水の精霊王は洪水や干ばつを防ぎ、火の精霊王は火山を管理して噴火を止める。更には、もし他国が攻めて来たら、土の精霊王は足止めをし、風の精霊王は幻で惑わせ、水の精霊王は敵を干上がらせ、火の精霊王は容赦なく攻撃するそうだ。
一番
要するに、精霊王の愛し子がいれば国は豊かになるか、周辺国に攻め込まれても相手が勝手に自滅する様に見えるらしい。
らしい、というのはここ百年は精霊王の愛し子が現れたという話を聞かなかったから真意不明だからだ。
けれども風の精霊王エアリエルの愛し子が確かに凡そ百年前にいたという記録はあるし、その時愛し子がいた国は風の恩恵を受けていた様で、愛し子が死ぬまでその国は大きな嵐に見舞われる事はなく、作物も実り豊かになったと記録されていた。
あと、四大精霊以外にも精霊王はいて、今回来なかったのが、光の精霊王と闇の精霊王なのだが、光はともかく、闇の精霊王の性質は、アリスティアの性質と相容れない気がする。
それでも精霊や精霊王は、愛し子の魂に惹かれどうしようもなく愛するのだという。精霊の愛し子は多いからわかるが、精霊王の愛し子は人間の寿命を超えて現れるため、伝説的な事しか伝わっていなかった。
それが、アリスティアの存在に惹かれた四大精霊王により、割と詳しく知れた事実なのだが、魂というものがどういうものなのか、ルーカスには理解出来なかった。
今日、割と長い時間、抱きしめていたアリスティアは、途中から半眼になって理解を放棄していたように思える。
僅か五歳なのだから、理解出来ないのは仕方ないのだが。
そこまで考えて、ふと水の精霊王の言葉が蘇る。
──いくら前が平凡だったからと言って、今もまた平凡だとは言えないわ。
──貴女の魂は、こちらに生まれてからは、とても私達を惹き付ける存在なのだから。
前、とは何だろうか?
こちらに生まれてから、とは何だろうか?
ルーカスはアリスティアの事を随分とわかっているつもりでいたのだが、実は全くわかっていなかった事に今更気がついた。
(まあ、まだアリスティアは五歳だからな。これからおいおい知っていけば問題ないだろう)
そう考えつつ、まずは、父皇王と宰相に話をしなければならない。
アリスティアの価値が国宝級を超える事になった以上、宰相は選択の余地もなくルーカスの
更にはルーカスもエルナードもクリストファーも精霊の愛し子で、アリスティアを護る為に精霊と守護契約を結んだとなれば、否応もなく彼女は自分達の周囲に置かれる事になる。火の精霊の愛し子が居ない事が気にかかるが、戦でもない限り火の精霊の守護は必要はないのかもしれない。
とりあえずは
エルナードに、陛下と宰相に連絡して人払いをお願いするように言付け、まずは政務を終わらせなければ、と仕事を始めた。
昼食後、皇王から第四応接室に来るように連絡があった。
第四応接室は機密情報を話し合う為に作られた、極めて高度な遮音結界が張れる応接室だ。エルナードがしっかりと伝えてくれたらしい。有能な部下にルーカスは満足感を覚えた。
エルナード達二人を従えて、ルーカスは第四応接室に向かった。時々すれ違うのは官僚で、ルーカスの姿を見ると廊下の端に寄って頭を下げて通り過ぎるのを待つ。それを目の端に捉えつつも無言で目的地に向かった。
第四応接室の扉前には、近衛騎士が立っていた。連絡を受けた旨を伝えると、中に皇太子が到着した旨を伝え、入室許可の声を受けて扉を開けてくれる。
中には既に、皇王と宰相が待っていた。皇王はソファに座り、宰相はその傍らに立っている。遅れた詫びを言う前に、座るように父皇王から言われる。
ソファーに座り、エルナードとクリストファーにも横に座るように促すと、二人はそれを固辞してルーカスの後ろに二人並んで立った。
ルーカスが口を開く。
「陛下、お時間を頂き、ありがとうございます。早速ですが、今日の主題に入らせて頂きます。バークランド公爵令嬢アリスティアの件です」
「殿下、アリスティアに関する事と言うと、先日のピクニックで何かがあったのでしょうか?」
「バークランド宰相はエルナード達からは何も報告を受けていないのか? ならばここで聞くと驚くかもしれないが心して聞いてくれ」
ルーカスがそう言うと、宰相は険しい表情で鋭い視線をルーカスの上へ向けた。後ろの双子を睨んでいるのだろう。
「先日の水の女神の日、アルバ湖に私とエルナードとクリストファーとアリスティア嬢とでピクニックに出かけました。もちろん、侍女たちと護衛たちも一緒でしたが、彼らには箝口令を敷きました」
「箝口令だと? 随分と物々しいな、ルーカス」
「はい、陛下。端的に申します。アリスティア嬢は、四大精霊王の愛し子でした」
ルーカスが伝えた途端、皇王と宰相が息を呑み目を見開いた。
「更には、私は水の精霊の愛し子で、水の精霊王ウンディーネ様の愛し子アリスティアを護るように精霊たちに言われ、守護契約を結びました。エルナードは風の精霊の愛し子で、やはり守護契約を結びました。クリストファーは土の精霊の愛し子で、同じく守護契約を結びました。
全員、アリスティア嬢を護る事が条件でした。更に」
「まだあるのか!」
皇王の悲鳴じみた言葉を受けつつ、ルーカスはこれ以上はないほどの爆弾を投下する。
「アリスティアは、四大精霊王の加護を受けました」
沈黙が場を支配する。
皇王と宰相の目はこれでもかと限界まで見開かれ、驚愕を表している。
「陛下、発言をお許しください」
エルナードが口を開く。
「許す。何かまだあるのか」
「はい。アリスティアは、自分の価値に気がついておりません。自己評価が極めて低いのです。あれだけ聡明なのに。水の精霊王が説得するように教えていたにも関わらず、未だに自分の持つ価値を理解しようとしません。今の状態は、非常に危険です」
エルナードが淡々と話す。
「陛下、私にも発言をお許しください」
今度はクリストファーが口を開いた。
「……良かろう」
「ありがとうございます。アリスティアの危険性はエルナードが言った通りですが、今現在、守護契約を結んだ我らがアリスティアの側から毎日離れざるを得ない状況も、アリスティアの危機の原因かと思います。更に、攻撃に向いてる火の精霊の守護契約者がいないのも、不安の一因にも思います」
クリストファーも淡々と話す。二人がここで告げた内容はルーカスも交えて話し合ったものだった。
「クリストファーの言うとおり、我ら三人は、アリスティア嬢の守護を精霊たちと契約した身。皇太子としては些かおかしな事とは思いますが、四大精霊王の愛し子となれば、国宝級以上の価値がアリスティア嬢にはあります。皇太子よりも価値が高いとも言えます。アリスティア嬢を護る為にも、明日からでもアリスティア嬢の皇太子執務室への出仕を」
「待て、ルーカスよ。些か性急ではないのか? アリスティア嬢は今何歳になる?」
「陛下、我が娘は今年の年明けに五歳になりましてございます」
「五歳……ルーカスと十歳違いか」
「……御意」
「ルーカス、皇太子よ。お前が考えている事を話せ」
「御意。アリスティア嬢は、三歳で私の軽い威圧に耐えてしっかりした挨拶をしました。うっかり私が威圧を強めてしまった結果、恐慌状態になり、魔力暴走を起こしましたが、場には宰相とエルナード、クリストファーがいた為に、被害は軽微。私が魔力調整をして、暴走は収まりました」
威圧に関しては、本当はうっかり強めた訳ではないのだが、それを言うとややこしくなるだろう事がわかりきっている為敢えて〝うっかり〟だとした。
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