第3話 初邂逅③[side ルーカス]
「ええと、殿下。確認ですが。当時の殿下は十歳でしたよね?」
「そうだが?」
「側近候補として集められた三人は、殿下よりも三、四歳は年上でしたよね? 今の殿下と同じくらいの年齢だったはずですね?」
「よく覚えていないが、そうだった気がする」
「殿下は当時、まだそこまで多くの政務を担当してはいらっしゃいませんでしたよね?」
「案件にしておよそ百件前後だったと記憶している。簡単なものだったから『こんなもの、時間がかかっても午後の早い時間で終わるのに』と思ったのを覚えているからな」
ルーカスのその答えを聞いたバークランド公爵は、「確かに簡単ではありましたが」と口を開いた。
「それは陛下と宰相である私であれば、という注釈が付きます。当時十歳だった殿下が、担当していた政務の内容をそう考えておられたとは今の今まで知りませんでしたな」
そう言って大きな溜息をついた公爵を、ルーカスは無表情で首を傾げた。
「言う必要があったのか?」
「少なくともいきなり側近候補を変えると言って、それまでいたベナール侯爵家とキールストラ伯爵家、ランベール伯爵家の令息たちに出仕しなくていいと伝える前に言って欲しかったですな」
その三家にどれほど嫌味を言われたか、と公爵はぶつくさと続けた。
それでルーカスは腑に落ちた。
おそらく件の三家は自分たちの息子が皇太子の側近となると思っていたのに、不要だと、もう出仕しなくていいと言われた事で不満を燻らせていたところに、宰相の息子が二人も
「話がずれたな。要するに公は、娘を嫁がせる気はあるが皇族相手だと不満で、尚且つ婚約に対しても今は乗り気ではないと」
「アリスティアはまだ三歳ですからね。父親として、常識的な年齢になるまでは婚約させるつもりはないだけです」
今度はハッキリと婚約を否定する公爵に、無表情の顔の下でルーカスは溜息をつきたい思いだった。
アリスティアは皇太子の婚約者候補に対する条件は完璧に満たしている。婚約者とするには年齢が問題なだけで、それも候補とするならば問題とはならない。そして将来的に成人年齢に達したなら婚姻を結ぶとして、それまでの間に充分に皇妃教育を行える時間が取れる。
それだけではない。アリスティアは年齢に見合わぬ聡明さを垣間見せた。緊張はしても物怖じしていない視線。礼儀作法を理解して実行する能力。体力や筋力は流石に年齢に沿ったものだが、そこが可愛く見える。
あの娘は皇太子の妃に相応しい。むしろあの娘以外、皇太子の妃に据えられる娘はいないだろう。わずか三歳で暴走を起こすほどの魔力量も、それを如実に表していると言えよう。
「それで構わない。五歳になったら妃教育を始めてくれれば、婚約の時期について言及はしない」
「……さすがに殿下のお言葉だけでは承服いたしかねます」
「当然、
「…………御意」
諸々の感情を飲み込んだのか、嫌そうな顔をしながらも、公爵は受け入れた。
「あともう一つ」
「まだあるのですか、殿下?」
「アリスティア嬢に私という人間を慣れさせる必要があるから、私がいつでもバークランド邸に出入りしていいという許可を出してくれ」
公爵はぽかんと口を開けた。いや、公爵だけではなく双子もだ。相当に衝撃を受けたのだろう。
この二人は先程から何か言いたそうにしていたが、一応公爵家当主と話したいと言ったので口を出さずに控えていたのだろう。そういった点も評価できるのがこの双子だ。彼らが調子に乗りそうだからルーカスはそれを口には出さないつもりだ。
「……殿下、なぜ会う必要があるのです? 何故殿下に慣れさせる必要があるのです? 今までそんな事を仰られた事はございませんよね?」
衝撃から復活したらしいバークランド公爵が不可解とでも言いたそうな表情を顔に浮かべてルーカスに問いかける。
ルーカスこそ公爵の問いかけの意味がわからなかった。いや、最後の部分は理解したが。
「何故と言われても。婚約者……候補となるなら顔を合せても不思議はないだろう? 何も知らないよりは知っていた方が本人の心情的には良いかと思ったが。それにアリスティア嬢には緊張で強張った顔をさせたくないしな。だから長い時間をかけて顔を合わせていれば、アリスティア嬢が私という存在に慣れると思ったのだ。最後の問いの『今までそんな事を言ったことはないだろう』というのは、確かに言ったことはないな。私が意識を向けるに値する人間がいなかったからだ。誰も彼もが私の身分や顔にだけしか興味がないのが丸わかりだからな。そんな女性が、皇族の意義、皇妃の意義を理解できるとも思えない。皇族というのは権力の塊だが、それを恣意的に振るって良い事にはならないだろう?」
「仰りたい事は理解しました。ですが殿下。最後、貴方がそれを仰られますか。我が邸に来る際に、エルナードとクリストファー相手に皇族として命令されたと報告を受けておりますよ……」
バークランド公爵が眉間に皺を寄せて顔を片手で覆いながら、唸るように言う。
ルーカスはそれに対し、ヒョイと肩を竦めるに留めた。
「殿下、たった一度、拝謁を賜っただけでどうしてそこまでうちのアリスを気に入ったのですか?」
沈黙を貫く事に耐えられなくなったのだろうか、クリストファーが父親と同様に眉間に縦皺を乗せて聞いてきた。
クリストファーが口を開かなければエルナードが口を開こうとしていたのだろう、同じ顔に同じ表情で、睨むようにルーカスを見つめていた。
この二人も銀髪にアメジスト色の瞳を持つ。人形のようだと城の侍女や女官に人気があるが、キャイキャイ言われてもこの二人は歯牙にもかけない。その理由が
ふむ、と若干の間考えたあと、ルーカスは本音を開示する事にした。ここには公爵もいるからだ。
「先程言った通り、アリスティアは敏い。磨けば眩く光る宝玉の原石だ。それに、私の威圧にもある程度耐えた。あの年齢では驚異的だろう? その豪胆さも将来の皇太子妃、延いては皇妃に相応しいと思ったのが理由だ」
「うちの可愛いアリスに一目惚れした訳じゃないと?」
今度はエルナードが発言したのだが、それはルーカスには失礼に思えた。
「馬鹿なことを。こんな幼児になぜ一目惚れしたなどと言える? あくまで私の判断は将来性を買った政略的なもの。そこに私の好意は反映されていない。政略結婚に自身の感情を乗せてはいけない事など、貴族であれば当然言い聞かされているはずだろう?」
ルーカスの言葉を聞いても、三人とも納得していない顔をしていた。だが、ルーカスは皇太子として言を翻す気はなかった。
「……では殿下。仕方がないので、皇王陛下の許可が下りたならばアリスティアを殿下の婚約者候補とする事を了承致しましょう」
不承不承という事がわかり易すぎる表情とセリフで、バークランド公爵が溜息を吐きながらルーカスの提案を受け入れた。
但し、きちんと皇王の許可を取る事を条件に入れる事を忘れてはいなかった。
(
無表情の顔の裏側で、ルーカスは皇王が絶対に反対しない事を確信し、近い将来への展望を思い描く。彼はそれを必ず実現させようと考えていた。
✧ ✧ ✧ ✧ ✧
三日経ってもアリスティアの熱は下がらなかった。
心配になった皇太子は、アリスティアの元へ宮廷医務官を派遣し、診て貰った。
診断結果は、魔力調整は上手く行ってるものの恐らく魔力量が膨大で、その為に回復が遅れている可能性があるのだという。
発熱から四日目、皇太子は今度は宮廷魔術師を伴いバークランド公爵家を訪問した。もちろん、前日に非公式訪問をエルナードを通じて伝えてある。
だが、訪問の本来の目的は伝えておらず、皇太子がアリスティアの魔力量を検査すると言うと、エルナードはまだアリスティアが回復していないのに酷だと、反対した。
だが彼は黙ってアリスティアの小さな手を握り、魔力調整をしつつ宮廷魔術師に検査を命じた。
その検査結果は驚くべきものだった。
アリスティアの魔力量は皇太子を遥かに上回り、制御が上手くなれば天才的な魔術師になれる才能があるという。要するに歴代宮廷魔術師筆頭を上回る才能を秘めているらしい。
彼は別の意味で興奮した。
(何という偶然だ! 何という
国の為に得難い才能であり、血を取り入れれば次代に優秀な子が生まれる。
皇太子妃としての公務にも、皇妃としての公務にも魔術は必須であり、魔力量により民に授ける恩恵が桁違いになるのだから。
だが、不穏な気配を感じたのか、宰相からアリスティアが成人の儀を行うまでは確定的な事はしないで欲しいとの要請(という名の脅し)をルーカスは受けた。
彼は少し考えたが、婚約を先に延ばしてもやりようはあるな、とその要請を受け入れる事にした。
囲い込んでしまえばいいのだ。そしてルーカス以外と関わらせなければいいのだとひっそりと決意を固める。
それが執着によるものだとは、この時のルーカスは気づいてなかった。
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