第2話 心配①[side エルナード]

 エルナード・フォルト・セル・バークランドは、フォルスター皇国の筆頭公爵家であるバークランド公爵家の次男で、双子の弟のクリストファー・ティノ・セル・バークランドとともに、十歳も歳の離れた可愛い妹のアリスティア・クラリス・セラ・バークランドを溺愛していた。

 アリスティアは生まれた時から可愛くて可愛くて、双子の弟共々、守るべき対象として目に入れても痛くないほど可愛がっている。

 しかし、筆頭公爵家の令息ともなると、毎日妹だけを可愛がる訳にもいかない。

 公爵家次男として兄に何かあった場合のスペアとしての勉強もあるし、十歳からは自国フォルスター皇国の皇太子の学友兼側近として皇城へ登城を行わなくてはならなかった。

 最初は皇太子の側近はエルナードだけだったが、ある時皇太子にエルナードが双子の片割れだとバレて、それからは弟のクリストファーも登城させるように言い付かった。弟は、可愛い妹を可愛がる時間を取られる事に難色を示したのだが、最終的に皇太子から命令として登城を促されると、渋々従わざるを得なかった。

 この皇太子は色々と規格外で、まず魔力量が歴代皇家の人間が保有していた量より多く、更には既に十歳で父親である皇王の執務を手伝える程優秀で。であれば、皇王には劣るものの既に皇太子としての威厳は持っており。更には顔の造作もどんな令嬢でもひと目見たらうっとりする程に整っていた。




 そんな皇太子は、午前中は帝王学を学び、午後からは執務を片付ける生活を続けていたのだが。

 ある時、エルナードがうっかり、うちの妹天使可愛い! と自慢してしまったが為にその可愛い妹に興味を持たれてしまい、翌日には午前中に帝王学の勉強と執務を全力で片付けたかと思うと、バークランド公爵家にお忍びで訪れるという暴挙を敢行した。午前中に勉強と執務を片付けられる能力を隠していたのかと思うと、エルナードには寒気が走った。今までは手抜きしていたのだと理解してしまったが為に。

 とりあえずバークランド公爵家には、皇太子がおとなうとの先触れは出せたので、混乱は最小限で済んだのだが。

 妹はわずか三歳で優秀さを発揮して見せた。しかも、皇太子はわざと威圧したのにだ。


「こうたいしでんかにおかれましては、このような場でのはいえつをたまわり、きょうえつしごくにぞんじます。また、このような場にごらいほういただきありがとうぞんじます。バークランドこうしゃくがちょうじょ、アリスティア・クラリス・セラ・バークランドでございます。おさなきみゆえ、ごぶれいがありましたらおゆるしくださいませ」


 魔力威圧に顔色を無くしつつ懸命に挨拶をする妹は、皇太子の興味を更に惹いてしまったようで、兄としては妹の優秀さをひどく自慢したい気分なのに、妹の先々を思うと心配になってしまった。

 しかし、妹が皇太子の魔力威圧にとうとう耐えかねて起こした魔力暴走が、その場を混乱に陥れた。


 場に居合わせた父親が急いで結界を張り、それを自分たち双子が補佐し。そこまでしてやっと、妹の魔力暴走を抑え込む事ができた。

 これは魔力量が膨大である事を示唆し、声を出せず動く事も出来ない妹は青褪めた顔で静かに涙を流していた。

 父も自分たちも、妹の魔力量に驚愕した。結界を維持しなければ、他への被害が及ぶ為に妹の魔力を調整する事も出来ない。妹が魔力枯渇で倒れる未来しか思い描けなかったし、そうなると魔力回路が大きく損傷し回復までに数年を要する、或いは下手をすると十数年も回復に掛かるのだ。可愛い妹の暗い未来を思うと、エルナードは胸が痛んだ。



 ところが、その未来は、皇太子が難なくくつがえした。

 荒れる魔力風の中、妹に近づき抱き上げ、頭を撫でながら繊細な魔力調整をやってのけた。十三歳の魔術師でもない少年なのに、だ。

 これには宰相である父親も仰天した。魔力調整など、宮廷魔術師か魔術の才能が高い者、しかも成人した者しか出来ない筈なのだから。なぜ成人した者なのかは、今までがそうだったから、としか言えないが。

 とにかく、魔力調整を受けた妹は、暴走の結果として意識を失い、発熱した。

 通常の魔力暴走に依る発熱は、三日経つと治る筈なのに、妹は治癒に一週間かかった。これも今までにない事で、魔力量が膨大だからではないのかと、皇太子より命令を受けて派遣されてきた宮廷医務官が言っていた。



 妹の発熱が落ち着いてきた四日目に、皇太子は宮廷魔術師を伴ってバークランド公爵家を訪れた。

 妹の魔力量を測るためだと言うが、発熱で消耗した妹に魔力量検査は酷に思えて、皇太子に反対の意を告げたのだが。

 皇太子は作り物めいた微笑みを浮かべながら妹の手を取り、魔力調整をしつつ、宮廷魔術師に魔力量検査をさせた。

 その結果告げられたのは、皇太子を凌ぐ魔力量。

 更には制御が出来れば、素晴らしい魔術師の才能があるとの事で。

 それは、妹が皇太子に本格的に目を付けられる事を意味していた。皇太子はまだ婚約者がいない。そして皇家は魔力保持量が伴侶の条件の一つだと父親に聞いていた。

 妹の確定的な将来に、兄として喜べばいいのか、嘆くべきか、大いに迷う結果になってしまった。それは宰相たる父も同じだったようで、顔色を悪くし、それでも確定的な事は娘が成人の儀を行うまではしないように要請するくらいしか出来なかったようである。


 皇太子は少しだけ逡巡を見せたあと、その要請をあっさりと受け入れた。

 その代わり、バークランド公爵家にいつでも来訪する権利をもぎ取っていたけれど。恐らく、幼馴染という座を自分のものにするためだろう。

 たったの三年間ではあるが一緒に過ごした時間の中で、皇太子の性格を充分に理解できていたエルナードは遠い目をして将来の妹に密かに詫びた。助けてあげられなくてごめん、と。



 その後の皇太子は、バークランド公爵家では自分の事をルークと呼ぶ様に言い(皇太子の名前がルーカスだから偽名としてルークにしたようである)、更には敬語も禁止すると言う。

 溜息を吐きつつそれを了承したところ、皇太子は喜々として三日毎にバークランド公爵家に通う様になった。幼女趣味にも程があるだろう、とエルナードが考えたところ、何故か皇太子にそれが筒抜けで、「私は幼女趣味ではなくティアだから興味を持ったんだ」と言われ、げんなりした覚えがある。

 どのみち、自分たちが皇太子の側近に選ばれた時点で、妹の運命は決まってたのかもしれない、とエルナードは諦めに似た気持ちで考えた。



 妹は、発熱から回復すると、幼さ故の体力低下と食欲低下を起こしており、料理長は毎日の食事の他に、食べやすい量の軽食を食事の合間に用意し、或いは甘くて柔らかくて食べやすい焼き菓子を出すようにして妹の回復を促した。

 そのお陰で妹は、一ヶ月後には今までの体力と食事量に戻ったのだけれど。


 妹が回復したと見るや、父が家庭教師として魔術師を妹に付け、魔力制御の方法を教え始めた。

 そして妹もその期待に応えるべく、三歳児とは思えない努力を見せた。

 なぜそんなに頑張るのか一度訊いたら、暴走して周りが傷つくのは怖いし嫌だから、と答え、ちょっとだけ暴走時の事を思い出したのか、目が潤んで泣きそうになっていた。いや、最終的には泣かなかったけれども。

 それを聞いたら、妹の努力をやり過ぎだといさめる事も出来ず、仕方なく妹を注意深く見守る事にしたのだが。

 妹はまたしても優秀さを発揮し、僅か三ヶ月で制御方法を会得えとくして見せた。

 魔力制御は通常なら会得に一年掛かるのに、その会得期間の短さに驚いてしまう。妹はただ只管ひたすらに努力しただけだと思っているようだが、実は才能がなければ会得期間を短縮出来ないものなのである。

 皇太子が執着するのもむべなるかな、といささか遠い目をして考えてしまう。


 そんな妹は、ルークが皇太子だという認識が外れたようで、「自分たち兄の友人のルーク」に、幼馴染の妹的立ち位置として接していた。

 その事に対して皇太子には憐れみを感じるが、そんな憐れみは皇太子にはどうでもいい事のようで、来る度に妹を甘やかし、兄的立ち位置を甘受し楽しんでいる様子を見せる。ただし、時折見せる皇太子の寒気のする笑顔は妹にも感じ取れるようで、その際の妹は若干怯えを見せていた。理由などはわかっていないようだけれど。

 エルナードは皇太子を諌めるべきか、それとも様子を見るべきかいつも迷い、結局は様子を見る事になる事に溜息を吐く現状に頭が痛くなる気がした。

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