9話 もう一周しよう

「なんで?」

「どうして?」

「マジで?」

「弱体化したの?」

「振り出しに戻っただけじゃん」

 口々に不満と心配の声が上がった。その中で道原だけがあっけらかんとしている。

 図鑑チュートリアルを呼び出すと競走馬とは違ったがっちりとした体格のウマだった。人間が家畜化する前の野生のウマらしい。

「いいじゃん、べつに。ノウマだってりっぱな動物じゃんか。肉食動物好きなんて子供だよー草食動物にも敬意を表するようでなきゃ、人間としてなにか肝心なところが足りないわ」

 そういうことで、ホッキョクグマとゴリラの組み合わせで、なぜかウマになった一行だった。野菜を食べたい衝動に駆られた。なんならベジタリアンになってもいいくらいだ。そして、風を切って大地を走りたい。

「もしかして、一度最強になったら、今度は狩られる側である草食動物になるっていうシステムなんじゃないですか?」小飼である。

 そういう核心部分に関する図鑑チュートリアルはなかった。

「いや、違います。ぼくがエスケープした人から聞いたのは、そんな単純なことじゃなかったです。いくつかある組み合わせの中からそれを選択すると、まったく新しい展開へと進むみたいなんだ」

「新しい展開って?」大西。

「うん。そのためにはまずこの中からひとりいったん分離して、ホラアナライオンになってもらう必要があります」

「そんなことできんのか?」

「分離は、この集団からひとりだけゲームオーバーでエスケープして、あらためて違う動物で途中参加することですよ」

「なるほどね。それなら私が一抜けしてホラアナライオンをやるわ。じゃあ私はホラアナくんになってノウマであるあなたを襲えばいいのね?」

「さすが道原さんですね。ぼくが説明する前からすでに…。まさにその通りです」

 それからすぐに道原は音声ガイダンスに従って、いったんゲームオーバー扱いになった。ほどなくたてがみのないライオンとして現れた。初めに道原が選んだライオンよりもやや体格が大きい。肉への衝動がすごかった。今夜は、佑二と焼肉へ行こう。

「では、ぼくたちを襲って下さい!」

 ホラアナライオンが喉元に食らいついた。

「…リアルじゃないってわかってるんだけど、あまり気持ちの良いものではないな、これ」

 若澤の感想にみんな一様にうなずいた。




「ウソでしょ?」

「マジで? 怪獣?」

「こんなのアリかい?」

「すげぇ飛躍してんじゃん」

 あちこちで飛び交う驚きの声。音声マイクが渋滞していた。

 それもそのはず。

 ホラアナライオンが数々の組み合わせを経て生まれたノウマを食らったあと、サバンナに現れたのは、恐竜。

 それも地上最強の肉食動物と言われるティラノサウルス=レックスだった。

「これがレアな組み合わせなんだな! めっちゃカッコイイ!」若澤は飛び上がらんばかりの喜びようだった。「道原さん道原さん、応答願う」

「応答願わんでもちゃんときこえているわよ。それにしてもTレックスとはね。バカみたいと言えばバカみたいだけど、捕食者としてのホッキョクグマのポテンシャルを上回る地上の肉食動物と言えば、たしかにTレックスくらいしか思い浮かばないわね。これでもうゲームはこれで終わりじゃない? 最強になったら、もうゲームを続けるモチベーションなくなるっしょ」

「フッフッフ、それが終わりじゃないんですよ」長田がもったいつけるように言う。

「フッフッフ、じゃねぇよ。早く言えよ」

「ひとまずまた何人かゲームオーバーになってこのTレックスから離脱しないといけません」

「ん? っていうことは、誰かがこのバカデカい動物の犠牲になるってことかね?」江部がたずねると、

「いえ、次はまた違います。今度はとりあえず小飼さんと大西さんには一度ゲームをリセットしてチンパンジーとしてふたたび参加してもらいます。若澤さんにも同じことを。若澤さんはノウマでお願いします」

「ノウマ? ところで、不思議に思ったんだがどうしてウマがいるんだ? このアトラクションって絶滅動物たちが中心のものだろ? ウマってどこにでもいるじゃん。競走馬だってそうだし、乗馬の馬だっているし」

「それは私が説明しましょう」道原は図鑑チュートリアルを開いた。「い〜い? 今いる馬っていうのは、すべて野生の馬をいくつも掛け合わせて生まれたみたい。昔から馬は人間の戦争とか移動に使われていたからね。だから純粋な意味での野生の馬は、もうかなり昔に絶滅していたってワケ」

「そうなのか」

「さぁ若澤さん! 小飼さん! 大西さん! そろそろやっちゃって下さい!」

 名指しされた三名は言われたとおりにした。

 サバンナにチンパンジーと野生のウマが同時に出現した。競走馬と違うからか、だいぶ不恰好というか鈍重そうである。これが本来の自然のすがたなのだろうけど。

 Tレックスが両者を見下ろすカタチになる。文字通り、ひとひねり、できる状況である。が、Tレックス長田道原江部は、まったく動かない。襲うことが目的ではない、と言っていたからだろう。長田の声でチンパンジーに指令が発せられた。

「小飼さん、大西さん。ウマを襲って下さい!」

「え? マジで?」と若澤。

「わかったわ」

 チンパンジーは二匹がかりでウマに襲いかかった。反射的にウマ若澤はきびすを返して逃げた。

「若澤さん逃げないで下さい!」

「いやこれ、逃げるだろフツー」

「チンパンジーにはウマを殺せるだけの能力はありませんよ! 現時点ではね!」

 長田は例の、フッフッフという笑い方をした。

「小飼さん! 大西さん! そこに転がっているおっきな石を拾って、ウマの脳天に一発ガツンッ! とやっちゃって下さい!」

「了解!」と二人は声をそろえる。

 若澤ウマは身をひるがえしたが、その先にほかのプレイヤーかデフォルトだろう、ライオンが潜んでいるのを感じた。ライオンにやられたらもっとまずいだろうと踏みとどまり、棹立ちになった。

 元の姿勢に戻った瞬間、すきを見逃さず小飼大西チンパンジーが手にした大きい石にガツンとやられる。若澤はその場に崩れ落ちる。その次のときだった。

 チンパンジーのすがたが、変わった。

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