7話 五人で回ろう

 サバンナをのっしのっし歩くホッキョクグマに挑みかかってくる者は誰ひとりいなかった。

 ひなたぼっこ中のライオンも木陰でちらりと見ただけですぐに目を逸らした。行く先々で見かけるシマウマやガゼルも蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

「気持ちいい」長田が言った。「まさに最強だ。サバンナにいるのは違和感あるけど、ライオンですら手が出せないこの巨体。百獣の王も子供に見えるね」

 ユキライオンっていう種はいなかったのかなぁと若澤が呟くと、

「それはいなかったわね」道原が残念そうに肩をすくめる。「でも大昔にはホラアナライオンっていう動物がユーラシア大陸にいたからね。ホラアナグマもいたし。ライオンとクマが出会うこともあったんじゃないかな」

 ホッキョクグマというからには暑さは根っから苦手なのだろう。サバンナの暑さにホッキョクグマはへたばっていた。アラームが鳴っている。放っておくとゲームオーバーになってしまうだろう。

 長田は川を見つけるとそこで水浴びをして体温を下げた。川辺にいたワニやヌーといった大型の動物たちでも逃げていった。ヌーを狙って茂みに潜んでいたライオンですらも。

 そろそろ空腹を感じていた。狩りをしようかと相談し合ったが、サバンナにおいてはお世辞にも上手なハンターとはいえなかった。そもそもカラダが大きく目立ちすぎてすべての動物に逃げられてしまった。

 道原の話ではホッキョクグマのおもな獲物はアザラシやシロイルカらしく、ここのサバンナにはアザラシはいなかった。

 シマウマの死骸があった。まだ肉が残っていた。ブチハイエナやハゲワシ、カラスや小型の鳥が群がっていた。少し離れたところではコウノトリもいる。

 ホッキョクグマは突撃した。鳥たちは驚いて逃げていった。むさぼるように食べた。残ったのは肋骨や骨盤だけだった。しかし空腹は満たされなかった。

「あそこ! あそこに見える山にゴリラがいそう!」道原が目的地を見つけた。





 高地をめざしてジャングルに入った。樹上でサルと鳥の鳴き声がまるで恐竜の世界のように響いていたが、恐竜の時代にはまだサルも鳥もいなかっただろう。

 厳密にいうと恐竜の一部が進化して鳥類になっているので鳥の原型になるような生き物はいただろうが、さすがにサルはまだいなかった。

 哺乳類が繁栄してくるのはまだだいぶ先である。恐竜の時代の森はむしろ昆虫の天下だったろう。

 なにせ森を賑やかにする鳥やキツネザルといった種がまだいなかったのだから。そのため、恐竜の時代において本当の主役は昆虫であり、夏であればセミとかキリギリスの仲間が鳴いていたら、賑やかだったろう。トンボの翅音だって聞こえていたかもしれない。どこかで水滴が落ちる音なども。

 長田理は足元に珍しいバッタを見つけて興奮する。

 長田の好きな昆虫はなんといってもこの地球の真の主役だった。昔に比べたら絶滅によって相当な数の種を減らしたというが、それでも哺乳類や鳥類、爬虫類などに比べるとまだまだ圧倒的に種や数は多い。さすがにもう新種は見当たらなくなったけど。どれもこれも人間のせいだ。

 ホッキョクグマでは、樹上にいる動物には手が出せなかった。キツネザルのような原始的な霊長目はたくさん見つけのだけど。

 やはりゴリラという動物を探さないといけない。ジャングルというだけあって足の踏み場もないほどブッシュでいっぱいだった。草には露がついている。ところどころぬかるみもあった。高地だけあって雨が多いのだろう。

 そう思うとグッと暑さが増した。まるで着ぐるみを着ているみたいだった。

「あ! あれはなんですか!」と大西。

 一同の視線がそちらへ向かう。

 サル、ではない。サルよりはずっとカラダが大きい。ナックルウォークをしている。こちらを見るとある種の威嚇のように胸をポコポコ叩いた。

「ゴリラね」道原が断言した。「間違いない。絶滅した霊長目の一種よ」

 さぁ少年、となにかのアナウンスをするような言い方をする。どちらか一方の口角を上げてどんな状況でも楽しむ心を忘れない好奇心旺盛な笑みが若澤の目に浮かぶようだ。

「ゴリラがめちゃくちゃすごい組み合わせになるって言ったわよね?」

「はい、言いました。このまま襲っちゃいますよ」

「任せたわ」

「どんな動物になるのか楽しみですね」と小飼。女子高生らしくなんの憚りもなくウキウキはしゃいでいる様子が伝わってくる。

「やっぱりホッキョクグマとゴリラの組み合わせだから、とんでもなくすごいヤツになるんじゃない?」今度は大西。

「なんだろう…」

 若澤は考えるもののとんでもないすごいヤツがなかなか出てこない。

 なんかいるか?

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