5話 サバンナでデート

 道原は若澤のガイダンスに従ってサバンナを疾走していた。

「前方にアカシアの木がある。ウサギだからそこには登れない! 左にはヘビがいる! 右だ! 右に直角カーブだ!」

「直角カーブってどうやってやるのよ!」

「わからん! テキトーにやってみてくれ!」

 道原はタイリクオオカミに追われていた。

 サバンナになぜオオカミ? という問いかけはもはやナンセンスとさえ言える。ホッキョクグマさえ出現したのだから。

 とりあえずタイリクオオカミである。

 チュートリアルによると、イヌの先祖に当たるらしいが、イヌの先祖は、比較的ヒトに懐いた種と種を掛け合わせて人工的に繁殖させられたものからイヌに進化していったらしいが、気性の荒いタイリクオオカミはイヌにはならなかった。つまり、今やもう別種とさえ言えるらしい。

 やはり野生の力スゴイ。

 しつこく付け狙われて初めてわかる。一匹しかいないのにその底なしの持久力。しかも、デカい。イヌの比ではない。大物感がある。イヌにはない眼光の鋭さ、突き出した鼻、唸りを上げる牙、人間にへりくだることのない気高さもあった。

 なによりその執念と追われる者の感じる圧。群れで追われていたら、もっと状況は厳しかっただろう。

 どのくらい逃げただろうか。始めはスタートダッシュで俊足を飛ばして距離を広げたものの逃げ込める巣穴がいっこうに見つからなかった。今はもうバテて足が動かなくなってきている。

 ブッシュに隠れて身を潜めても嗅覚に優れ、賢いオオカミには通用しないだろう。後ろからは「ハッ、ハッ、ハッ」とオオカミの息継ぎの音がきこえてくる。

 なまじ耳がよくきこえるだけに戦慄が募るばかりだ。

 心拍数も上がってきている。

「東湖! 心拍数三百を超えた! 人間だったら異常な数値だ! なんかよくわからんが数値が見える! リストバンドと連動しているみたいだ! 少し休んで息を整えろ!」

「そんなわけできるわけないでしょ! 後ろからオオカミが来てるんだから!」

 言い合いをしているうちにオオカミの前足に引っかけられて転んだ。すぐに首根っこに牙を食い込まれる。

「ピーッ!」断末魔が上がった。

「あ、食われる」まるで緊張感のない若澤。

「ゲームオーバーになっちゃう!」




「次はなんだ?」と若澤。

「サル?」と知らない女性の声がした。若そうな声である。

「いえ。これはチンパンジーじゃないかしら」道原の声が応じる。

「チンパンジーってサルに似ているんですね」また知らない女性の声である。

「サルよりは賢い生き物だったらしいわ。私たちヒト属と非常に近い種だったの」

 道原の声が弾んでいる。絶滅種に出会えたからだろう。

「ところであなたたちはオオカミだった人たち?」

「そうです。オオカミです」最初の女性の声が返事をする。「どうして知らない人の声がきこえるの?」

「そういうシステムらしいのよ」道原は先輩風を吹かせるように得意げに答える。「捕食したものは、捕食された者と視覚や音声データを共有する。つまり私たちはあなたたちに取り込まれたってこと」

 そういうことでヨロシクと道原はとくに悔しそうでもなく気さくだった。

「私は道原東湖よ。H大の学生です」

「へぇ、H大なんですか。道原さん頭イイんですね。あたし、K高に通っている小飼一木こがいかずきって言います」

「わたしも同じくK高の大西里后おおにしりこです。よろしくお願いします」

「俺は道原と同じH大の若澤佑介です。ヨロシク二人とも」

「あーなんかイケメンっぽい声ですねー」小飼が友人の大西に話を振る。

「声を聞けば、たしかにそうだね。名前もイケメン風です」

「見てくれは別に大したことないよ」

 若澤は冷静というか淡々としていた。

「私はイケメンだと思ってるよん」

 恋人同士にしか通用しない傍目から見るとイタい道原の甘え声だった。高校生のバカップルじゃあるまいし。こういう配慮に欠ける発言を公の場でされると困る。

 案の定「えー!」と二人の女子高生のそろった声。

「お二人って付き合ってるんですか!」小飼の甲高い声。

「そうとは知らず、サバンナデートを楽しんでいたところを襲って食べてしまいすみません」大西である。

 まったくもってふざけている。今度はこの若い子たちと一緒にプレイしなければいけないのか。若澤は内心で悪態をついたが、ゲームとしてはなかなか面白くなってきたと感じていた。

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