第九章 筋力が戻って
それからは、特に大きな心配事もなく、タロは毎朝のインスリン注射と、猫的にはあまり美味しくないらしい糖コンの食事と、ゴロゴロ寝ている日々が続きました。
筋力が戻ってくると、以前のような、泥棒猫も復活。
焼き魚などをテーブルに乗せたままにしてしまうと、いつの間にか荒らされていたり。
それでも、タロが弱っていた頃の事を考えると「まあ、出しっぱなしにしてるこっちが悪いよね」と、ようやく猫との付き合い方を学んだりもしました。
回復が一番よく解って嬉しかったのは、かつてタロ自身が諦めた、浴槽の淵に上ってお湯を飲む行為が、復活していた事でした。
その様子を見た母は「随分と回復できたのね」と、喜んでおりした。
三割は治ると言われている猫の糖尿病で、タロが治ってくれる事を願っていた私たちですが、とにかくタロ自身が不自由なく過ごせればそれでいいや。という気持ちにもなってました。
先生から注意されたのは、水を飲む量でした。
猫はもともと、砂漠の生き物でしたので、水はそれほど大量に必要ではないそうです。
生タイプの餌にも十分な水分は含まれてますし、お皿の飲み水も頻繁に飲む事はありません。
しかし糖尿病のタロは、よく水を飲みました。
朝起きては飲んで、注射の後にガブガブと飲んで、体を掃除しては飲んで、寝て起きては飲んで。
弟猫のコタローと比べても、完全に飲みすぎでした。
とはいえ、コタローもいるし、お皿を取り上げる事もできません。
更に、お皿の水に関係なく、シンクに残っている僅かな水や、お風呂場の桶に残っている僅かな水も、興味があるのかペロペロと舐めたりしてました。
飲み水に関して家族が出来る事といえば、とにかく飲む量を出来るだけ意識する。という事くらいでした。
ごはん関しても、タロは一度で全部を食べる。という事はしない猫でした。
ごはんを七割くらい食べると、お皿から離れて顔を洗って、また残ったごはんを半分くらい食べて、また離れて、また少しすると残りを食べて。
猫の食事は、一度お皿から離れたら片付けてしまうのが正しい与え方のようですが、私たち家族はそれができていなかったという点では、反省すべき部分でした。
この頃から、タロもコタローも、妙な撫で方を喜ぶようにもなりました。
手で撫でられたり、指先でモシャモシャされるのも、楽しそうだったのですが、意外にもスリッパの裏側がお気に入りの様子。
座って何かを望んでいるっぼいタロたちに、スリッパを履いたまま、裏側を頭に近づけます。
皮膚の表面に添えるような、力を全く加えない状態で、ゆっくりと前後に撫でてあげると、目を閉じて気持ちよさそうに、頭を押し付けてくるのです。
力加減は猫まかせで、こちらは同じ場所でスリッパの足を前後させるだけ。
それが猫たちには気持ち良いようで、二匹とも、頭のてっぺんや耳、頬などを強くこすりつけて、やがて寝転がって、まだ頭とかを押し付けてきてました。
こういった行為には、縄張りや所有権を示す「臭い付け」の意味もあると聞いていたので、スリッパの右足はタロ、左足はコタローと、使い分けもしておりました。
そんな、安穏とした日々の中で、タロの老衰現象が表れ始めました。
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