第八章 低血糖症
タロの血糖値測定は一週間に一度でしたが、数値は信じられないほどの乱高下を繰り返すのが、当たり前でした。
ご存じの通り、猫の平均的な血糖値は百~百五十です。
先週、二百五十くらいで喜んでいたら、今週は四百超えだったり、更に翌週は二百代だったり。
食事だけでなく、猫自身の運動量やストレスなどでも、血糖値は上下するのだと、先生は仰いました。
だから、糖尿病の治療は難しいのだと。
猫の糖尿病は、三割くらいが治る。というお話も聞いていたので、血糖値が下がると「もしかして治るかな」と期待をして、上がると「違ったか」などとガッカリしたり。
そんな乱高下が、当たり前になってました。
ある日の午後。
執筆の仕事に一段落ついた私は、リビングでコーヒーを飲んでおりました。
年を取ってからのタロのお気に入りは、キッチンに敷かれたカーペットの上でして、この頃はよくカーペットでゴロゴロしていて、台所仕事をする母の邪魔を満喫しておりました。
その日は、家にいるのは私だけで、タロはいつものようにカーペットで居眠り。
体の左側を下にして、丸まって寝ていたタロが、目を覚ましかけて、あおむけになって「う~ん」と体を伸ばした時です。
突然「ニャっ!」と小さな悲鳴みたいな鳴き声を出したと思ったら、反対向きに転がって、少し体を丸めて、動かなくなりました。
何だか普通じゃない様子なのは一目瞭然で、私は「タロ」と呼びながら覗き込みました。
見ると、体を軽く丸めたタロは、晴れた夏の午後なのに、瞳が夜のように丸く開いていて、震えているようにも見えました。
もう一度名前を呼んだら、小さな声で「ニャ」と鳴き返すだけで、身動きはしません。
先生に電話をしてタロの様子を伝えたら、すぐに連れてきて。と言われ、タロをいつもの猫バッグに入れて、自転車を飛ばして先生の元へ。
休診の時間なのに診てくださった先生が、採血して血糖値を測ったら、機械の画面には「0」と出て、つまり「表示不可」でした。
表示できない程、血糖値が下がっている。
つまり、低血糖の状態でした。
先生がブドウ糖を注射してくれて、少ししたら、タロが頭を持ち上げました。
ホっとしたのもつかの間、タロはいつものように、先生に対して「フー」と怒って威嚇。どうやら低血糖は脱した様子です。
元気になったとたん、命の恩人である先生に威嚇するタロ。
猫の恩知らずとはよく言ったものだと、ホっとしながら申し訳ない気持ちでした。
それが午後の四時半ごろの出来事で、念のために、午後七時くらいにもう一度診せに来てと言われ、今度は帰宅した母と一緒に病院へ。
血糖値は五百ほどに上昇していて、また上がったか。とガッカリすると同時に、まあタロが助かって良かった。と安堵しました。
低血糖になったのはその一度だけですが、あの時のタロの様子は、今でも頭から離れません。
それ以降、私はタロの血糖値が二百を下回ると「治るかも」という期待より低血糖が頭をよぎり「もう治らなくても、タロが元気でいられるなら一生付き合うから」みたいな、一種の覚悟を持ちました。
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