第三章 初めての事ばかりで

 動物病院で診察を受けて、血糖値を測り、インスリンを注射。

 これを、一日に朝と夕方の二回、行いました。

 インスリンは、個体によって効きやすい子と効きにくい子がいるようで、獣医の先生も、何度か注射をしてどのくらい効くのかを、個体ごとに試さなければ分からないそうです。

 タロも、一回の注射の量が決まるまで、何度も量を変えて注射をしました。

 一週間ほどで、タロに丁度良い量が分かったと記憶しております。

 この頃の記憶として、インスリンの量よりも頭に残っている事が、別にありました。

 それは、タロの元気に関してです。

 目が見えるようになったころには我が家にいたタロですし、家出したといっても三日ほどで帰ってきたので、近場しか知らないでしょう。

 高度医療センターでの、八時間ほどかかった検査。

 タロからすれば、知らない人に囲まれて、ずっと検査されていたわけです。

 猫には検査など全く理解してないでしょうから、先生方の懸命な検査も、家族にっては頭が下がる思いでも、猫にとってはストレスでしかないのでしょう。

 検査を終えて帰宅してから、タロはストレスの為か食欲がなくなり、やせ細り、歩くことも出来ないほど筋肉が落ちたりしました。

 こんなに痩せたタロは初めて見ましたし、こんなに痩せた猫も初めて見ました。

 同時に、この時に初めて知った事もあります。

 一つは、猫が体を掃除する意味です。

 猫は綺麗好きと言いますが、体を舐めて綺麗にするのは、精神的に余裕があるという表れなのだそうです。

 知らない人々に囲まれる検査が、タロにとってはかなりのストレスだったのだろうと思いますが、この頃のタロは、それはそれは、汚くなってました。

 体を舐めないので、抜け毛が絡まってモシャモシャになるし、いわゆる垢が粉のようにまぶされていて、臭いもちょっと気になるレベル。

 とにかく、体を掃除できる環境にいる事は、猫の精神衛生上、とても大切な事のようです。

 もう一つは、猫の体の水分量についてです。

 病院で血糖値を測るためには、採血してもらう事になるのですが、採血は前脚の血管から行いました。

 猫は脚に触られる事を嫌がるのですが、前脚を触られても抵抗すらしません。

 とにかく食べないので、インスリンだけでなく、水分や栄養分も注射していただく事に。

 その際、背中の皮膚をつまんで引っ張るのですが、水分が足りていると皮膚が張って摘まめず、水分が足りないと引っ張って伸ばせたりします。

 この時のタロは、まるでタオルケットのように、背中の皮膚を引っ張れました。

 体を舐めないと汚くなる事と、背中の皮膚をつまめるのは水分不足。

 この二つは、タロの弱った姿として、今でも頭に残ってます。

 そんな感じで、二週間ほど何も食べなかったタロ。

 その間、体力も筋力も落ちて、トイレにも行けない状態に。しかし数日に一度くらいは、少量ですが排泄をします。

 なので、猫用の紙おむつを購入しました。

 先生からも、少しでもいいから食べさせてと言われ、猫の餌だけでなく、ツナ缶や鰹節やプリンなど、とにかく色々と与えてみましたが、ほとんど食べません。

 痩せて垢だらけのうえ、食べず、おむつまでしているタロ。平均六キロあった体重も、四キロ強くらいにまで減っていました。

 この頃は母も、このままタロが最期を迎える覚悟をしていたようです。

 そんな様子で二週間が過ぎたある夜、家族がいつものように猫用のおやつを与えてみたら、なんと食べ始めたではありませんか。

 食べた。

 それだけでも嬉しくて、とにかくその夜は、お腹いっぱいで食べなくなる程、ごはんをあげた記憶があります。

 翌日の血糖値検査の際に、先生にお伝えしたら、とにかく食べるものは何でもいいからたべさせて。と指示を受けました。

 生命の強さなのか、食べ始めたタロは、少しずつ這いずって、自ら家に中を動き始めました。

 四本の脚全体で体を引きずるように進んでいたタロが、踵をついて体を引きずり、踵で立てるようになり、フラフラしながらもつま先で歩くように回復。

 筋肉も付いてきて、背中の皮膚にも張りが出て引っ張りにくくなってきました。

 体を掃除する余裕も出てきたのか、脚や背中を舐めて綺麗にするようにもなってきました。

 筋肉が足りないからか、お腹やお尻の掃除までは出来なかった頃です。

 タロの筋力が回復してくると、体重も増えて、体つきもガッシリと戻ってきました。

 つま先歩きも出来るようになって、家の中を自由に歩ける程にまで回復。

 弟猫のコタローが近寄ってきても、怒って歩き去る、以前のタロに戻ってきました。

 そんな嬉しい回復と一緒に、ある意味当然のごとく、新たな問題が発生しました。

 それは、食べすぎによる、予想外の現象でした。

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