報告書.28

 8月25日

 ネットサーフィン中、ふと思い立って母校について調べてみる。

 同窓会などにも出席したことはないし、昔の同級生も卒業した後は一つも連絡を取らなかったので私にとっては特に思い入れは無いのだが、改めて画面に表示される学び舎を見ると感慨深いものを感じたのは確かだ。


 小学校、中学校、高校、大学。

 どの頃も将来の不安とは無縁の生活を送っていたように思う。

 まさか怪獣になって日本中を駆け巡る事になるとは露ほども思っていなかった。

 人生とは分からないものだ。

 そんなことを思いながらタブレットを閉じて日課のトレーニングに入る。


 これも昔では有り得なかったことだ。

 生来の出不精で強いヒーローに憧れつつも自分とは縁遠い存在だと最初から諦めていた私にとって自己鍛錬など思いつきもしなかった。


 私は怪獣になってからの方が以前よりアクティブになっていると思う。

 よく動くし、よく食べるし、きちんと喋るようにもなった。

 それはまあそういう状況に嫌でも立たされたからであり、望んでそうなったわけではないが結果的には良かったと思う。


 ではこのまま怪獣でい続けたいかと問われたら。

 もし、人間に戻る手段が見つかったら。

 私は思う、当時の私の不貞腐れっぷりを。

 母の泣き顔を、家族の戸惑った顔と諦めたような笑顔を。


 もし戻れるなら素直に人間に戻りたいと思う。

 でも果たしてそれは本当に『戻った』と言えるのだろうか?

 人間社会から長く離れた私が、今更人間として世の中に融け込んでいけるのか。

 熱光線を、爪を、牙を、背びれを失った時に、私はその事を懐かしむことは本当にないのだろうか


 それに人間に戻れたとしても、怪獣の発生が止まらなければ意味がない。

 ちっぽけな体で怪獣に相対した時、私は戦いを挑むことが出来るのか、傷つく人を助けることが出来るのか。


 きっと出来ないだろう。

 事実、私はコゲラとして、怪獣の力を持っているから、戦える。

 熱光線を撃てるから、恐れずに立ち向かっていける。

 怪獣でない私は、ただのうだつの上がらない一人の男だ。


 怪獣の力に胡坐をかいてヒーローになった気でいるだけで、中身はちっとも変わっていない。脆い心のままだ。


 次々と頭に浮かぶ悲観的な言葉に苛立ち、シャドーボクシングに熱が入る。

 タイムアウトを告げる音が鳴り響いてようやく、目覚めるように体の力を抜いた。

 いつの間にか管理室には博士がいて、どうかしたかと聞いてきた。


 相変わらず私の変化を感じ取るのが得意な人だ。

 表情も分からないだろうにどうやって見抜いているのだろう。

 私は器具を片付けながら思った事、感じた事を素直に話した。

 博士は何も言わず、ただ頷いて私の話を聞いてくれた。


 全て話し終わった後、博士は少しだけ考えてにっこりと笑うと、『君は本当に優しいヤツだな』と告げた。

 真意を測りかねている私に博士はさらに続けた。


 より大きな力が欲しいと願い、その力を失うことを恐れるのは誰でも考える事だ。

 私だって今、私が学んできたこと、作ってきたもの全てを失う事になったら大慌てするだろう。

 だから時に人はそれを失わないように誰かを陥れたり傷つけたりして力を持ち続けようと考えてしまう事がある。


 怪獣だって同じで世の中には人格を有しているが故に能力に溺れて、暴力を奮う快感に飲まれて、世の中を破壊しようと考える奴もいる。

 それは最早、人格があろうとも人間ではなく獣でもなく悪魔に等しい。


 けれど君は自身が力に依存していると自己嫌悪している。

 それは裏を返せば、決して驕ろうとしないというではないだろうか。

 ひたすら努力を繰り返し、誰かの為に戦って傷つき、その上でさらに悩む。

 誰かに優しくなれるヤツじゃなきゃ出来ない事だよ。


 だから私は断言する、君はヒーローだ。


 最近、涙脆くなってしまっていけない。

 博士の言葉で私は暗い考えを打ち消すことが出来た。

 やはりこの人は凄い。

 まったくもって本当におかしくて、常識外れで、頼りになる人だ。


 私は博士にありがとうと告げて、今日の報告書を楽しみにしていてくれとだけ言って、シャワー室に入った。

 博士は相変わらず管理室でのんびりしている。

 きっとここから出てたら数多くの無理難題が山のように待ち構えているんだろう。

 だったらせめて此処に居る間は、ゆっくりとしていて欲しいと思う。

 他ならぬ恩人のあなただから


 追記:

 少し手紙のような書き方になったが、思えば博士に余り感謝を伝えていなかったのでこの場をお借りして言いたいと思う。

 博士いつも私の事を気にかけてくれてありがとう。

 体を大事に。



 コメンタリ:

 は「ほほーん泣かせるじゃんこのぉー!」


 コ「ははは、改めて見返すと恥ずかしいですねぇこれ!でも偽りない気持ちですから、博士には本当に助けられていますので」


 は「んにゃんにゃ、気にしなくていいんだよ~、私もマイペースでゆったり生きてるだけだからね。君と話すのも楽しいし。ま、お互い無理せず生きていこうよ」


コ「あいー。ありがとうございます。これからもよろしくお願いします」

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