報告書.29

 8月27日

 久しぶりにオレンジジャパンさんとの共同プロジェクトに参加する。

 今回はタブレットで操作出来るドローンのCMを撮るということで、広々とした高原を貸し切っての撮影となった。


 天気は快晴だが場所が高地とあって涼しく、過ごしやすい。

 思い切り背伸びをして新鮮な空気を取り入れると、それだけで日頃の疲れが取れるような気がした。

 実にいい場所だ。


 準備運動をしているとトレーラーがもう二台やってきて駐車場に止まった。

 見たことある服の職員さん達がテキパキと準備をしつつトレーラーの扉が開くと、一台目からはマメハチ、二台目からは気だるそうな顔のウェンズデーが顔を出した。


 手を振るとマメハチは遠くからでも分かるくらい嬉しそうな様子でこちらに駆け寄ってくる(割と全力疾走なのできちんと受け止めないと危ない)、ウェンズデーは片手だけ上げてマイペースにゆっくり歩いてくる。


 マメハチは私の周りをくるくると回って尻尾を振った。

 彼と会うのも久しぶりなので思いっきり、わしゃわしゃと撫でてあげると私が倒れるくらいの勢いで抱き着かれて顔を舐められた。

 相変わらず元気で何より。


 草原に寝そべる私をウェンズデーが呆れた顔で見下ろしてきた。

 まだ本調子ではないようだが元気を取り戻したように思える。

 今日の撮影が気分転換になれば幸いだ。


 企画で怪獣三匹が一堂に会するというのは滅多にあることではない。

 今日という日を無事に迎えられたことだけでもほっとしている。


 撮影といっても何か具体的な進行があるわけではなく自由にドローンを飛ばして、マメハチに追い掛けて貰い、たまに欲しい画があったらその都度応えるというような内容だった。

 ご丁寧にウェンズデーにはあまり動かなくていいように専用チェアまで用意されていた。

 ちなみに私は地面に直座り、この差はどういうことだ。


 ともあれ今回の撮影に使うドローンが登場。

 形状は発売予定の品とそう大して変わらないが、大きさはマメハチに合わせて数倍の大きさになっており素材も衝撃に耐えられるようなものに変えた特別仕様だ。

 そして最大の特徴はプロペラが存在しないところだ。

 具体的な技術に関しては社外秘だが空気圧を調整する事で、フリスビーのような形にすることが可能となったらしい。


 これにより犬と遊ぶことが出来るようになったので、その宣伝の為にマメハチが呼ばれたというわけだ。

 それにしても怪獣が三匹もCMに出てクレームとか来ないのかと心配したが、そこは流石外資系、そういったことは既に想定済みで対策もばっちりしてあるらしい。

 実に心強いバックアップ、安心して撮影集中できる。


 ドローンをタブレットとリンクしていよいよ操作開始。

 まずはドローン操作のプロの方に指導してもらい簡単な動作を行わせる。

 この時点でマメハチの目がキラキラし始めており、うずうずしていた。

 早く覚えないと我慢できずに跳び付いてしまうかもしれないと若干焦る。


 ウェンズデーに至ってはチェアから一歩も動かず『後で教えて』とだけ言って優雅に景色を眺めていた。

 じゃあ、お前は一体何しにきた。


 気を取り直し、大体の操作を理解出来たのでいよいよ本格的に動かしてみる。

 教わった通りにタブレットの画面上に表記された操作パネルをタッチするとヘリコプターのような音を出してドローンが高く舞った。

 マメハチがぴょんぴょん飛び跳ね、ウェンズデーもちょっと興味が出てきたのかこちらをチラ見している。


 余り高度を上げ過ぎると法に引っかかるので私の身長くらいの高さをキープ。

 いよいよマメハチ待望の追いかけっこの始まりだ。

『マメハチ、ゴー!』の掛け声とともに待ちきれなかったと言わんばかりの猛スピードで追いかけてくるので、慌ててドローンを加速させた。


 だだっぴろい一面緑色の大地を山岳をバックに駆け抜けるマメハチは実に画になる格好良さだった。

 途中で急ブレーキやカーブも入れてみたが流石はマメハチ驚異的な反射速度と身体能力で追いかけ続けた。


 ずっと走らせるのも可愛そうなので途中で速度を落とすとマメハチが軽やかにジャンプしてドローンを咥えた。

 オレンジジャパンさん(後、いつものようについてきた藤戸さん)もベストショットが取れたと満足げだ。


 マメハチがドローンを持って帰ってきたので受け取って、目いっぱい撫でまわす。

 柔らかい体毛が手に心地いい。

 自分が怪獣になって良かったと思える数少ない瞬間だ。


 マッメハチが二回目を早速せがんできたので、ドローンを飛ばそうとするとウェンズデーから声を掛けられた。

 わざわざチェアから降りてきて『ちょっと貸しなさい』ときた。

 見てると、やりたくなったのだろう。

 実に単純なやつである。


 タブレットを貸して教わった通りに操作を説明するが、ウェンズデーは分かったような分からないような顔をして、たどたどしく指を動かす。

 ドローンが上がったり下がったり転がったりと実に珍妙な動きを繰り返すのでマメハチが一層楽しそうに吠えた。

 私も低く笑っていたら肘鉄をわき腹に食らった、超痛い、理不尽なり。

 

 尚、その姿もバッチリ撮られていたらしく後で画像を見せて貰うと苦悶の表情を浮かべる私の姿が残されていた。

 後で訴える時の証拠にでもしようと思う。


 ウェンズデーが何とか操作方法を飲み込み、運転開始。

 ドローンが再び飛び上って加速しだすと彼女のテンションが一気に上がった。

『ほら見なさい!飛んだわよ!写真写真!』と子供のようにはしゃぐ彼女におかしさと安心感を覚える。


 彼女が心底楽しそうに笑っている顔を見るとこっちも楽しくなる。

 遠くでマメハチがドローンを追い、飛び跳ねて、取り損ねて、また追い掛ける。

 こうしてみると彼も本当に元気な飼い犬にしか見えない。

 

 少しだけ人間の頃に戻れたような気がした瞬間だった。

 まあ人間時代にこんな経験をしたことは一度も無いが。

 怪獣になってようやく人生の喜びを味わえるとは何とも皮肉なものだ。

 だが楽しいことにケチはつけなくていい。

 折角、揃ったのだから皆で思い切りはしゃぎ尽くすに限る。


 ドローンを加えて戻ってきたマメハチをウェンズデーが撫でまわす。

 そういえばこの二匹の絡みを見るのは初めてだ。

 交流はしているようだが私と違って格闘訓練などは行わず、ただ遊ぶだけ、しかもウェンズデーはじっとしてることが多いらしい。


 それでもマメハチはウェンズデーが大好きらしく、常に彼女の周りに寄り添ってはニコニコしており、ウェンズデーもそんなマメハチを撫でて可愛がっているそうだ。

 ここにも私には伺い知れない絆が存在するのだろう。

 このタイミングで揃えたことは本当に良かった。


 それから暫くマメハチと遊んだり、休憩したり、広報用の写真を撮ったりして、お開きとなった頃にはもう夕暮れだった。

 いつの間にか日が沈むのが早くなったように思う。


 職員の皆さんが片付け作業をしている間、以前の様に私とウェンズデーは隣り合って、ぼんやりしていた。

 ウェンズデーの逆隣りにはマメハチが寝息を立てて眠っている。

 驚くほど安らかな気分だった。


 基地に帰れば眠って、また明日の朝からはいつもの日常が続く。

 今日のような日はもしかすると二度と来ないのではないか、ふとそんな事を思ってしまい正直にウェンズデーに気持ちを吐露すると相変わらずケラケラと甲高い声で鳴き、私に言った。


「来るわよ。もし今日みたいな日が来ないなら、無理やりにでも私が来させる。あんたといると楽しいからね、あんただってそうでしょ?」


 そういって私にウインクした。

 それが妙におかしくて私が思わず吹き出すと、またしても肘鉄を入れられた。

 暴力的で危険で、頼もしい奴だ。


 改めて彼女に感謝を告げて、私たちは夕日に照らされる山々を眺め続けた。

 もうすぐ夏が終わる。


 追記:

 藤戸さんから写真が送られてきた。

 皆が綺麗に一枚に収まっている素敵な光景で、博士も気に入ってくれた。

 もしかしたらカレンダーになるかも、とのことだ。



 コメンタリ:

 は「久しぶりにリラックス出来てるね」


 コ「この頃は立て込んでましたからねー、いいリフレッシュでした」


 は「ウェンズデーも良かったなぁ…これ見ると本当に安心する」


 ウェ「色々迷惑かけちゃって申し訳ないわ」


 は「いいんだよ。君が健康で元気にいてくれるならそれだけで嬉しいよ」


 コ「同じく。それに遊び相手がいなくちゃ人生に張りが無いからな」


 ウェ「はっ、こっちこそ。弄れる奴がいた方がストレスの発散になるからね。せいぜい長生きしなさいよ」


 コ「へいへい、お前もな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る