報告書.27

 8月21日

 イベント出演の為、遠征。

 軍艦が港に泊まり、戦車や装甲車も展示され、食事コーナーも充実した自衛隊の一大イベントである。


 毎年この時期になると行われる恒例行事なので、私的にはこれを乗り切れば夏の終わりを感じる、と言った風物詩的なイメージがある。


 今年も晴天に恵まれた、いや寧ろ暑すぎる。

 参加者の体調が心配だが、私もそうも言ってられない。

 毎年の目玉(らしい)コゲラカレーの火入れ式の為に私は早くから待機しているのだが私を隠せるほどのスペースは確保できないので、ずっと腹ばいの体制のまま扇風機をガンガンに回し続けるテントの中で待機するのである。

 地獄である。


 汗だくになって団扇で私を仰ぎ続ける隊員達にも申し訳ない。

 取り敢えず時折、水を補給して貰いながら出番まで待つ。

 暫くしてスタンバイ要請が入ったので、マスクや手袋、靴などの装備品がしっかり付いているか再度確認し、司会のお姉さんの声に合わせて一気に外へ出る。


 外に出た瞬間の解放感と、観客からの歓声で朦朧としていた意識もはっきりと覚醒し元気が湧いてくる。

 応援してくれる人々からの歓声ほど嬉しいことは無い。

 老若男女、様々な人種の人々が私に向かって手を叩いて喜び、カメラを向けて写真を撮っている。


 一部では見せもの扱いだと批判されているらしいが私としては特に気にしていないし、ずっと同じところでぐだぐだやっているよりはどんな形だろうと人々の前に出て、それが隊員達や研究員達の助けになれるのであれば、ピエロ役だろうが喜んで受ける所存だ。


 尻尾を振ると、子供達がそれに合わせて大きく手を振り返してくれる。

 中には勢い余って転んでしまう子もいたりするので、母親は大変だなとぼんやり思ったりもする。


 ちなみにイベント出演の時に関しては、私は極力喋らずに身振り手振りで応えるようにしている。

 別に隠している訳ではないのだが、小さい子供達にとって私はまだ『大きな動物』のような認識であり怪獣が何なのかを細かく理解している訳ではない。


 流石に小学生くらいになれば話しても大丈夫なのだが、以前幼稚園児くらいの子が私が喋るのを見て戸惑った末に泣いてしまったので以来、こういった一般の方と距離が近く年少者が多数参加する催し物の時は喋らないように心がけている。

 もっともマスクを被っているので、元々そんなにはっきりと喋れるわけではないのだが。


 滞りなくイベントも進み、いよいよ火入れの時となった。

 と言っても既に煮詰まっている巨大なカレー鍋の火を一旦消して私が入れ直すというだけの、何とも台本染みた展開なのだが、こういうのはあくまでプロレスのようなものである。


 皆もそこら辺の事は分かっていて敢えて見て見ぬふりをしてくれているわけだ。

 大事なのは『コゲラの火吹きが見れる』ということなのだから。


 目の前にカレー鍋がセットされ、マスクを外し、ドラムロールがスピーカーから流れる。

 観客の皆さんの『ファイヤー!』の掛け声に合わせて気合い、をまったく入れずにごく小さくそれでも派手めに見える位の勢いをカレー鍋の底に照射する。

 五秒ほど照射して停止、固形燃料にしっかりと火が付きカレーが再び煮立ち出すと、わぁっと今日一番の歓声が上がった。


 司会のお姉さんの『コゲラカレーの完成でーす!』の声に合わせて私もポーズを取った。

 それにしても相変わらず詐欺感の拭えないネーミングである。


 さて、今回実はこれだけで終わりではない。

 サプライズとして巨大な鉄板が用意され、何と牛一頭丸ごと使ったあらゆる牛肉が大盤振る舞いされる事になったのだ。

 無論その鉄板に火を入れるのも私だが、今回は焼き立てのステーキを一番に食べられるという事でかなり期待してきたのだ。


 トラックに載せられたカレー鍋が捌けて、入れ替わりに鉄板の載ったトラックがやってくると観客からどよめきが起こった。

 サプライズの内容が説明されると再び拍手が湧き、私のテンションも嫌が応にも高まった。


 四名ほどのステーキ職人がスタンバイし、見るも鮮やかな牛ステーキが用意され、生唾を飲み込みつつ私は鉄板の温めに入った。

 先程と同じくらいの勢いで鉄板の下に火を入れる、火力は完璧、後はステーキが焼けるのを待つだけと思いきや、職人たちは微動だにせずステーキも焼こうとしない。


 首を傾げる私に職人の一人が一言、

『火力が足りん』

 と告げた。

 それを機に他の職人も次々ともう少し火を出してくれ、これでは最高のものが出来ないと言い始めた。


 笑いに包まれる会場とは正反対に私は戸惑った。

 まさかと思うがステーキが焼けるまで火を出し続けろと言うのか。

 職人達は最初の大きな一枚だけでいいからと懇願してくる、会場は大盛り上がり、私も腹を括るしかなかった。


 再び息を吸い込み、最大限に神経を使い調整した火を噴くとようやく職人たちが動き出し、鉄板に肉を放り投げた。

 じゅわっと肉汁が弾ける音と香ばしい匂いが私に届き、食欲を加速させる。

 その間も私は必死で途切れ途切れの熱光線を鉄板の下に吐き続けた。


 今や観客もどちらかと言えばステーキの方に目を奪われている。

 これはちょっとばかり私が可愛そうではないか!?そう思っていた時『ほい出来たよ!』と職人さんから声をかけられた。


 高いお屋敷に飾ってそうな巨大な皿に、もうもうと湯気を発するステーキ肉が載せられている。

 待った甲斐があった、大切にゆっくり食べようと思っていたら、職人さんが手早く切り分け、『はいよ!』と私の空いた口にステーキを放り込んだのだ。


 熱かった。

 滅茶苦茶熱かった。

 熱光線を出した時より口の中が熱かったが、これはどういう仕組みなのだ。


 余りの熱さに涙が出そうになるが、子供達の前で無様な姿は見せられないと必死の思いでかみ砕き、飲み込んだ。

 悔しいかなステーキは蕩けるような脂と、臭みの無い旨みが相まって極上の出来だったのだが口の中を火傷してしまった為、その後も食べさせてもらったが味がイマイチ分からなくなってしまった。


『さすがコゲラさんはよく食べるねぇ!』と笑う職人達だが私からしてみれば折角のステーキタイムが若干不発気味に終わったので恨み言の一つでもぶつけたかった。

 しかし彼らはこれから数時間、一般の皆さんの為に肉を焼き続けなければならない事を思うと忍びない気持ちになったので、ぐっと我慢した。


 出番が終わり、待機していたトレーラーに乗り込むと隊員が水を飲ませてくれた。

『あれ絶対熱かったでしょ?』という問いに素直に頷いて、彼の優しさに感謝しつつイベント会場を後にした。


 まだ少し舌がヒリヒリするが明日になれば治るだろう。

 色々あったが外に出て思い切り体を動かせるのは楽しい。

 来年のイベントにも出られることを楽しみにしつつ、今日は眠りにつきたい。


 追記:

 少し胃もたれしたかもしれない。

 歳か。



 コメンタリ:

 は「人気者は大変だねぇ!」


 コ「まったくもう酷い目に遭いましたよ!折角楽しみにしてたのに~!未だに忘れてないからなステーキ職人さん達~!」


 は「まあまあ、熱光線出すから大丈夫なイメージがあったんだろうね。実際私も君の口腔内の構造にはちょっと疑問が残っている部分もあるからさ。熱光線に肉薄する部分なのに、どうして熱い食べ物で火傷するんだろうね」


 コ「何ででしょうね。そこのところはもう少し都合の良い体の構造になりたかったですよ。でも肉は美味しかったです、多分、まあ良く分からなかったですけど」

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