報告書.26
8月16日
太平洋上に『バベル』出現の一報あり。
筋トレを中断し部屋のテレビに現地の生中継映像を回して貰う。
荒波の中、淡く虹色に光る輪郭のはっきりしない巨人が海を進んでいる。
バベルは相変わらず霧に包まれて全容がはっきりしないが、遠くから映しても画面に入りきらないようで、直接遭遇した事の無い私にもバベルが規格外の大きさであることを容易に想像させた。
バベル出現の原因はまだ分かっていないが姿が確認される前に大規模な放電現象が海洋上で確認されたらしく何らかの戦闘が行われたのではと予想された。
不用意に近づきさえしなければ、攻撃はしてこないというのが常識だが何せ相手はコミュニケーションなんて鼻で笑うレベルの超大型怪獣だ。
いつ気まぐれで被害にあうか分かったものではない。
以前、参考資料で見せて貰った映像にあった。
海上で他の怪獣と戦っていたバベルが突然光り出したかと思うと次の瞬間画面が真っ白になり、海が爆発した。風圧と水飛沫が遠くにいたはずのカメラマンのところにまで届き画面が激しく揺れる。
稲光がそこら中に走り、相手をしていたはずの怪獣が炭くずのようにボロボロと海に落ちて沈んでいった。
それはもう戦いなどではなくバベルにとっては寄ってきた虫を叩いて潰した、という程度でしかなかったようにも思う。
今回もそういった『虫が寄ってきた程度の』出来事が起きたのだろう。
私達にとっては生活を一変しかねない出来事でもバベルにとっては些事とも呼べぬ無意識の行動なのかもしれない。
現にバベルは人間側の緊張状態など、気にすることなくゆっくりと洋上を進みながらやがて掻き消えてしまった。
警戒態勢が解かれほっとするがテレビを消しても重い気持ちが晴れない。
一体、私とバベルの間にどれほどの差があるのか。
アレと私を同じ怪獣というカテゴリで括っていいものなのか疑問に思う。
一応怪獣は体のサイズで規格分けされてはいるが、バベルに関してはそういった区分け自体が無意味に思えてくる。
たった一つ、存在するだけで世界を脅かす。
怪獣信仰に否定的な私でももし神がいるとするなら、ああいうもののことを言うのだろうな素直に思う。
だからこそバベルを知らずにむやみやたらに何でも怪獣を神にしたがる考えには、否定的にならざるを得ないのだが。
着信が入ったので名前を確認してみると驚いたことにウェンズデーだった。
出てみると彼女もバベルの様子を見ていたらしい。
彼女がこういった話題に触れてくるのは珍しいので素直にそう伝えると、私もそこまで能天気じゃないわよと深刻そうな声で返されたので少し戸惑った。
それからは他愛もない会話を続け、また会う約束をしてから通話を切ったが、少しだけ心に余裕が出来た。
もしかすると彼女も何か言い知れぬ不安に駆られて、連絡を寄越してきたのかもしれない。
実際はどうなのか知る由も無いがつい、数日前にああいうことが起こったばかりなので彼女が電話が出来る程、回復できたことは素直に良かったと思った。
加えて私自身も少し元気を取り戻せた。
暫くして博士から続報を伝え聞いたが、バベルが出現した区域にほど近い洋上に黒焦げになった怪獣の一部と思わしきものが幾つか浮かんでいたらしい。
やはり今回も露払いだったようだ。
たまたま出くわしたのか、何か条件が重なって出会ってしまったのかは分からないがその怪獣にとってはこの上ない不幸だっただろう。
バベル。
言い得て妙な名前が付けられたものだ。
天に届く程の塔を作ろうとした人間達は神の怒りに触れて言葉をバラバラにされて仲たがいを起こし、遂に完成することはなかったという伝説の未完成建造物。
もしもバベルがこの世から消えたら、恐怖の対象が無くなった人間と怪獣達は争いあうことになるかもしれない。
バベルが出現する条件は未だはっきりと分かっておらず、それだけに何かの拍子に遭遇してしまった場合、確実に死を覚悟しなければならない。
あれが存在する事で人間も怪獣もどこか思い切った手段を避けている気がする。
怖がっておいて奇妙な話だが絶対的な存在があるからこそ世界は崩壊せずに済むのかもしれないという安心感を覚えているのも事実だ。
だがバベルは結局そんな私の考えなど意に介することなく、時が来たらあっさりと私も消し飛ばしてしまうかもしれない。
全てバベルの気分次第で世界がどうにでも変わるとしたらと考えると、生きる意味を見失いかけるが腐ってはいけない。
私には助けてくれる恩人も、友人も、家族もいる。
そんな人たちとの日常が続く限り、私は戦い続けることにしている。
いつか本当に世界が終わる日がくるとしても、それをもたらすのがなんであったとしても、後悔しない生き方をしたい。
追記:
出動命令が出た。
バベル出現に合わせて怪獣信仰団体が街中で無許可の集会を始めたらしい。
現実はいつだってこんな感じだ。
コメンタリ:
コ「バベルに関しては…ちょっと言えることが無いというのが正直なところです。文字通り雲の上の存在過ぎて理解が追い付かないというか」
は「分類的には実は君が会った竜神さまとか湖の主に近いかもしれないね。まあ、あそこまで刹那的な行動はしないし、何もかもが常識の範疇を超えているから滅多なことは言えないんだけどさ」
コ「つくづく自分ってちっぽけだなーって思いますよ。けど同時に怪獣になったからって調子に乗るんじゃないぞって言われてもいるようで…所詮、私も自然の一部に過ぎないって考えちゃいます」
は「私の場合バベルがいるおかげで益々、怪獣についての研究が混沌を究めちゃってるから、少し恨めしいねぇ。まあでも抑止力に一役買ってるっていう意見には大いに賛成だよ。まだないけど確実に一国を滅ぼせる力を持っているわけだからね。どこも迂闊に手を出すことが出来ない。実際バベル出現で紛争が止まったところもあるから、皮肉な話だよね」
コ「良くも悪くも地球のバランサーみたいに考えちゃうのはちょっと憧れが過ぎますかね?」
は「うーん、調査を進めないと何とも言えないけど、そういった側面があることは確かだからひょっとすると本当に地球規模の自浄作用の具現化ってセンは有力視されているよ。まあでも基本は『触らぬ神に祟りなし』いらんことして滅亡する何てことがないように気を付けないとね」
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