報告書.23
8月7日
海外にて密輸組織の摘発の支援を行う。
本来は国際的なルール上、他国の事情には積極的に介入しない事が望ましいが、今回は怪獣絡みの事件かつ現地軍に怪獣及び怪獣の専門家がいなかったこともあって、特別支援枠として召集される事となった。
結果だけ言えば奇襲作戦が功を奏し、こちらの被害を最小限に食い止めた上で犯人グループの摘発に成功。
逃走したメンバーも既に足取りが掴めており確保は時間の問題とのことで、その辺りは土地勘のある現地の方々にお任せして、私と博士は組織が陣取っていた街の広域調査の方に回った。
表向きは少し寂れた工場中心の街といった趣だが、調べてみると倉庫や工房の地下など至る所に隠し部屋が設けられており、そこから大量の違法物品が押収されたことから、この件は組織のみならず街ぐるみで行われていた犯行だったようだ。
取り調べの為に多数の住民達が町の広場に集められたが、皆口々に私には分からない言語で叫んでいた。
通訳の方に聞いてみると『私は無実だ』とか『脅されていた』『金は受け取っていない』といった内容らしい。
実際どうだったのかは私には分りかねるし、そもそもそこを調査する権限も無いので事情聴取は現地の人に任せて検分を続行した。
相手は武装組織であったので武器の類が出てくることは珍しくないが、それらはあくまで自衛用のもので売り物ではなかった。
彼らが取引の品として扱っていたものは、怪獣の一部や卵だった。
木箱の一つを開けてみると綺麗に切り取られた象牙のような角や牙が敷き詰められており、別の場所では藁の中に多数の怪獣の卵とおぼしきものが並べられていた。
あちこちで私や博士のアドバイスが欲しいと呼ばれ、毒や攻撃の危険性がないことが分かり次第、それらが次々と表に出されていった。
怪獣である私としては大層不快感を伴う作業だったが、こういった話は珍しいものではない。
一部の地域では怪獣を神の化身あるいは神の使いだと称して、その肉を食べて体に取り込むことで神に近づけるという信仰が広まっており、違法な『怪獣狩り』が横行する原因になっている。
何とも都合のいい解釈だと辟易するが、信仰とは人間がスムーズに生きていく為の知恵袋みたいなものなので、どんなに訳が分からないものでも信じる者の中では理に適った考えなのだろう。
密輸組織にとって、そんな人々は格好の商売相手だったというわけだ。
輸送先のリストなども押収されたらしいので、いずれはバイヤーの方にも逮捕の手が回るだろう。
思ったより大規模な調査になるかもしれない。
余り考え込み過ぎてもストレスが溜まるだけなので淡々と作業をこなしていたところ、すぐに来てくれと連絡が入る。
指定された先は街の中でも一際大きな倉庫が幾つも並ぶ工場だった。
中を覗いてみると人間サイズの怪獣が何匹も牛の様に並べられ鎖で繋がれていた。
危険な部位である爪や角は予め切り取られており、それぞれの怪獣の囲いの前には情報の書かれたネームプレートが下げられていた。
一言で表すなら怪獣牧場といった具合だろう。
怒りとか悲しみとかよりも先に出てきたのは、よくもまあここまで大規模なことを今までバレずにやれてきたなぁ、という感心にも似た呆れだった。
博士がそわそわしていたので、私は気にしてないから一旦外に出て取り敢えず此処をどうするか決めようと提案した。
恐らくこの光景に一番動揺していたのは博士に違いない。
実際、現地の人に何で私(=コゲラ)を呼ぶ必要があったのかと厳しく問い詰めて、向こうの人を困惑させていた。
博士は私を含めて色んな人間や怪獣に気を使わなければいけないのだから、中々に損な立場だと思う。
憤慨する博士や戸惑う現地軍の人を外に出し、私は倉庫の中をぐるりと見渡した。(入り口が小さいので首までしか入れなかった)
中にいた怪獣達が私を見てキィキィと口を開けて威嚇していたが恐らく今まで自分達より大きな怪獣を見たことがなかったのだろう。
その光景をじっと見つめていると、果たして彼らがここで飼われていなかった場合、野放しの彼らを処理する為にこの国に呼ばれる事もあったのだろうか、と考えてしまった。
勿論ここまで増えたのは組織による人工繁殖なのだとは思うが、仮に組織がいなかったとしても怪獣は発生しただろうから、この国に人間側に付いている怪獣が存在しない以上、私にそういった任務が来る可能性もあっただろう。
だとすると、彼らはどっちが幸せだったのだろうか。
いや、どっちがまだ不幸じゃなかったのか、とも言えるかもしれない。
考えるだけ無駄なことかもしれない。
事実は目の前にしかないのだから、もしもを辿っても意味はないだろう。
『密輸組織が怪獣の違法売買を行い、怪獣が多数飼われていた』そしてそれを摘発して事件は解決に向かっている。
私が出来る事はそこまでだ、後は上の仕事だ。
たまに私は考えを投げる事があるが、今回は意図的にそうしている。
正直もう見たくないというのが本音だ。
別に同族意識があるわけではないが自分も『怪獣』と括られている以上、嫌悪感を覚えたのは事実だ。
こういうことを言うと『じゃあ家畜はセーフなのか』とどこかの誰かから批判がきそうなものだが別にそこをとやかく議論したいわけでもない。
そもそも怪獣というカテゴリが曖昧過ぎるのが良くないのかもしれない。
今回のようなまったく自我の無い動物のような者達もいれば、私みたいに報告書を書ける程度の知能を持った奴もいるのだから、いっしょくたにしてしまえば怪獣に対する考え方に齟齬が生まれるのも当然だろう。
もしかすると怪獣というまとめ方そのものを、見直さなければならない時代が来ているのかもしれない。
一介の怪獣である私が言及して良い事かどうかは分からないが。
これ以上は愚痴になりそうなので、この辺りで切り上げる事にする。
追記:
事情聴取の最中、現地の子供がボロ布を纏い、怪獣の角を持って走り回っていた。
暫くして現地軍の人に角を取り上げられて泣いていた。
何と言えば良かったのか分からない。
コメンタリ:
は「…うーん」
コ「ま、仕事してたらこんなこともありますからね。今でもモヤモヤするところではありますけれども、だからって人間全部を嫌いになることはないですから」
は「いやー、うーん。割と私が遭遇した中でも結構な規模のやつだったからねぇ、ちょっと自分の中でも整理がついてないというか、正直私も思い出したくないというか。本当は忘れたら駄目な事なんだけどさ」
コ「いやいや忘れていいと思いますよ。いっつもこんなこと考えてたら精神やられますって。取りあえず私は今ある環境に感謝しつつ時々思い出した時に、ちょっと考えて、また忘れるってスタンスです。薄情に聞こえるかも知れませんけれど一番大事なのは私達の日々の健康です、心身共にね。でないとそれこそ守れるものも守れなくなると思いますから」
は「ん、まあ君がそう言ってくれるなら、ちょっと元気出るよ。ありがとうね」
コ「なんのなんの。こちらこそいつもお世話になってますから。」
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