報告書.24

 ※注意:この報告書には怪獣個別のプライベートな部分が書かれています。

 関係者には掲載許可を頂いておりますが読者の皆様におかれましては、そういった事柄をご承知の上で、お読み下さい。


 8月10日

 深夜、緊急警報に跳び起きる。

 どうやらウェンズデーが癇癪を起こしたらしい。

 しかも暴れ方がこれまでの比では無いらしく緊急時に備えて基地周辺まで移動し、臨戦態勢での待機となった。

 必要と思われる機材類を特別に載せて貰い出動。


 真っ暗闇の荷台でうずくまっている間、気が気ではなかった。

 最近のウェンズデーは調子も良く、先月の戦闘後も問題なく会話できていたので完全に油断していた。

 何とか被害を出さずに治まってくれればいいが、最悪、もしウェンズデーを手にかけなければならなくなったら。

 そんな事態は絶対になってくれるなと強く願った。


 研究所に到着し、現地の担当者の案内でウェンズデーの住居である格納庫の前まで来たがシャッターの前で私は足を止めた。

 中からは悲鳴のような金切り声と、重たいものがぶつかって砕ける音が聞こえる。


 今、彼女の前に私が姿を現せば余計な刺激になりかねないと判断。

 その場での協議の結果、最終的に制止不可能と断定された時のみ動く事になり、それまで私は下ろされたシャッターの前で臨戦態勢のまま待機となった。

 他にもあらゆる事態を想定して怪獣用の治療キットなどが用意された。


 壁一枚隔てた向こうから、判別の付かない鳴き声と暴れる音、拡声器で必死に宥めようと優しく声をかける現地の研究員の声がする。

 前に彼女がこのような状態に陥ったのはいつだったか。

 あの時も確か同じようにシャッターの前で待機していたが、冬場な上に雪もちらついていたから凍えながら収まるのを待っていたのを覚えている。


 落ち着いた彼女が開いたシャッターから顔を出し、鼻水を垂らしていた私を見て、笑い転げていたが不思議と悪い気はしなかったし、大いに安心もした。

 その後、私は高熱にうなされたが。

 

 それでも今回も無事に済んで欲しいと祈った。

 東の空が白み始める頃、疲れたのか徐々にウェンズデーの金切り声が途切れ始め、『ひぐッ』というしゃっくりのような声を上げてから、完全に消えた。

 嵐の前の静けさのような緊張感が張り詰める中、倉庫から白衣を着た人が走ってきて、私に同行してきた隊長に向かって叫んだ。


『ウェンズデーが首を切った!』

『コゲラ、行け!』


 トラックに積まれていた怪獣用の止血綿を引っ掴み、シャッターの上昇を確認すると同時に倉庫に向かってスライディングするように滑り込んだ。

 豪奢な装飾が壊れて転がり、荒れ放題の部屋の真ん中で、極彩色のウェンズデーが真っ赤な血の海の上でもがいていた。


 すぐに駆け寄って私の爪で傷つけないように首を絞めている彼女の手をどかして、首の傷口を確認する。

 小さな傷が数か所、どくどくと勢いよく流れる血を止める為に止血綿をあてがうと白い綿がじわじわと侵食される様に赤に染まっていく。


 私と目が合ったウェンズデーは泣きながら、ぱくぱくと口を動かし声にならない声を出そうとしたが、『喋らなくていい、傷が』と絞り出すように伝えるのが、その時の私にできる精一杯だった。

 胸が締め付けられたように苦しくて言葉が出なかった。


 こんなに血が流れてはウェンズデーが死んでしまうと取り乱しそうになったが、周りの皆は冷静だった。

 私や彼女を励ましながら、前もって用意していた輸血用の血液や、治療器具を数十名がかりで用意していた。


 彼らの声のお蔭で私は混乱せずに済んだが、いつのまにか私は泣いていた。

 私の手に彼女の生温い血がべっとりと付いて、それが余計に彼女の命の危機を自覚させてくるので、止まってくれと念じながら止血綿を当て続けた。


 やがて手術の準備が整い私はウェンズデーから離れて、外に出された。

 再びシャッターが閉まると、今までの騒ぎが嘘のような静寂に包まれた。

 倉庫から響いてくる研究員達の声もどこか遠くのもののように思えて、呆然と突っ立っていた私は背後に温かいものを感じた。

 振り向くと丁度朝焼けが私や自衛隊員の皆を照らしており、眩しさに目を細めた。


 ふいに名前を呼ばれ目線を下げると、ジープに乗った隊長が『手を洗おう』と勧めてきた。

 私の手は真っ赤に染まって、酸化した血が固まり始めていた。

『ああ、うん』とだけ返して放水車で黙って血を洗い流した後は、シャッターの前で座り込んで黙って目の前を見つめていた。

 誰一人、帰ろうとは言わなかった。


 どれくらい時間が経ったか分からないが、日差しを強く感じ始めた頃、倉庫から再び白衣の研究員がやってきて隊長と言葉を交わした。

 今度は穏やかだった。

 ウェンズデーは、一命を取り留めたらしい。


 安堵と共に、どっと疲れと眠気と、スライディングした時の擦過傷の痛みが一気にやってきた。

 これからの予定をどうするかという相談があったが、くらくらする頭で暫くここで付き添いたいと申し出た。

 実際、彼女が意識を取り戻した時に、また暴れ出す可能性もあるので自衛隊員や私の研究所の研究員数名と共にこちらで待機する許可が下りた。


 簡単な清掃作業の後、臨時のベッドで眠る彼女の横にマットを敷き、その上に私は腹ばいになって考える間もなく眠りに落ちた。


 目が覚めた時はお昼過ぎだったが空調が効いていたので適度に涼しかった。

 顔を横に向けるとベッドの分、一段高くなった位置でウェンズデーが規則正しい呼吸をして眠っていた。

 クチバシに酸素マスクを付けて、首には包帯が巻かれている。


 ふと二か月ほど前に此処に来た時の事を思い出した。


「次は遅れずにね」

「生きてりゃな」


 確かそんなことを言って別れたはずだ。


 今日の私は遅れずに来れただろうか。

 君に一体何があったのか。

 聞きたい事は幾つもあるけれど、まず伝えるべきことは一つだけだ。

『生きてて良かった』

 これを書いている今も本当にそう思う。

 

 そして彼女が元気になったら、好きなだけ話をしよう。

 お洒落について教えて貰うのもいいかもしれない。


 ウェンズデー、私は、君と話したい事はまだまだ沢山あるんだよ。


 追記:

 緊急の出動案件が無い内は此処にいていいことになった。

 彼女の傍でゆっくりしようと思う。



 コメンタリ:

 ※著者の意向により、この報告書におけるコメンタリはありません。

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