報告書.21

 8月1日

 前回からの続きを報告する。


 敵からの思いもよらぬ反撃により後退を余儀なくされた我々は、湖から離れた位置にあるホテルの駐車場に集合し監視と対策会議に入った。

 本当はウツボ怪獣を直接視認できる位置に陣取る予定だったが、首の一つが恐ろしいことに自分達をじっと見据えたまま動かなかったので止むを得ず湖からは見えない位置に身を隠さざるを得なかった。

 一発でも撃たれたら致命傷になりかねない高温レーザーを敵が持っている以上、迂闊には手を出せず偵察も周辺の森に隠れながら行われた。


 私は対策会議の方に参加する事になり、現状判明している相手のスペックの把握から整理していくこととなった。

 湖に出ている首の長さは目算で私の身長の約1.5倍程で本数は5本。

 それが個々に湖の周辺を見ている為、恐らく360度どの位置から接近してもばれる可能性が高い。

 ちなみに空中からの接近について聞いてみると、調査用ドローンが湖上に入っても撃ち落されず、肉薄する距離に来ても、興味は示されたものの攻撃される事はなかったとのこと。


 確かに野鳥や水中の魚などを攻撃する様子は見受けられないので明確に人間の形をしたものが湖に近づいた時のみに攻撃行動をしてくるのだろう。

 だったら怪獣の私はどういう扱いなのかと思ったが、もう攻撃してしまったので形云々以前に明確に害を及ぼす敵として認識されてしまったに違いない。

 だが仮に敵扱いされなくても交渉の余地はまったくなかっただろう。


 そして何より重大な事が私の熱光線が効かないことだ。

 映像で確認すると明らかに命中しているのに光線が鱗に弾かれて粒子のように拡散しているのが分かった。

 ウツボ怪獣の鱗は反射板のような機能を持ち、無数のそれが熱光線を刻むように弾いて無効化しているのではないか、という仮説が立てられた。

 恐らく同じような系統の攻撃は軒並み防がれてしまうだろう。


 ウェンズデーの出動も検討されたが、上手く彼女を引っ張り出せたとしても毒の扱いを間違えれば湖の生体系に深刻なダメージを与える危険性がある。

 そもそも効果があるかどうかも分からないし、いたずらに被害を増やす危険性が増すだけだと私が提言し、この案は早々に却下となった。


 その後も様々な案が出されたが、安全面への配慮や確実性に欠けるとの理由で没。

 少しずつ重苦しい空気が漂い始めた頃、背後からややきつい口調で何かを制止する声が聞こえ始めたので顔を上げて振り返ってみる。

 どうやらバリケードを挟んで隊員とお婆さんが押し問答になっているようだった。

 山奥では珍しい立派な着物を召したお婆さんで、私の視線に気づくとにっこり笑って『おいでおいで』と手招きしてきたので訝しみながらも近づいてみた。


 隊員によると、このお婆さんはどうしても私に伝えたいことがあるそうで、代わりに聞くからと言っても頑なに拒み、私との直接の対話を望んでいるらしい。

 この忙しい時に何なのかと閉口したが、お婆さんは身なりもさることながら背筋もピンと伸びて表情も実に穏やかだ。


 上手く言語化出来なくて申し訳ないが、いわゆるミーハーな人達とは一線を画する雰囲気を纏っているように見えて、そんな方が私に一体何の用があるのだろうと不思議に思い話を聞く事にした。


 するとおばあさんはとんでもない事を口にし始めた。

 以下、覚えている限りのやり取りを書き出してみる。(この表現も久々使う)



「コゲラさん、あれね。目を回しちゃえばいいの」

「と言うと?」

「昔は皆で『そいやさ、そいやさ』ってねぇ…小さい人も大きい鬼も一緒になって湖をぐるっと囲んで踊り回ったものよ。そうすれば目で追えなくなっちゃって終いには主様は疲れて湖に沈んでいっちゃうの。後はぐぅぐぅ寝ちゃうから、次に目が覚めるまでほったらかしといて大丈夫よ」

「ええっと、どこからつっこめばいいんでしょうね、これは?」

「あら、つっこんじゃだめよ。主様はとてもとても強いから、鬼のあなたでも負けちゃうわ。必ず湖の外にいなさいね」

「いやあの、私、鬼じゃないです。というか主様とは?何かご存じなんですか?」

「そうねぇ、私くらいしかいなくなったのかしらね。けどあなたが来てくれて良かったわ。主様の目を一番惹き付けられるのはやっぱり鬼の踊りだものね。」

「いや、だから…何?」

「忘れないでね、湖の外側よ?皆さんにも手伝って貰ってちょうだい。では、ご機嫌よう」



 呆気にとられた我々を残し、お婆さんはくるりと踵を返すと、駐車場の外へ去っていった。

 余りに突然の出来事過ぎて後を追う事すらできなかった上に、話も一方通行過ぎて訳が分からなかった。

 まるで夢から覚めたような状態で対策会議に戻ると、私の表情を見て心配したのか薩摩さんが何があったのかと聞いてくれた。

 それでも、ありのまま起こった事を話すこと以外出来ず、私の話を聞いた面々も皆一様に『ご老人の戯言か』と苦笑いを浮かべるだけだった。


 ただ一人、腕を組んで考え込んだ薩摩さん以外は。


「待て。ひょっとしたら『有り』かもしれん」


 余りの膠着状態に遂に狂ったか現代の騎士、薩摩よ。

 しかしドン引きする我々とは逆に薩摩氏はとんでもない作戦を話し始めた。


 またしても長くなったので続きは次回に譲る。


 追記:

 そういえばタブレットを手に入れたから、私もドローンを動かせるのでは。

 今度、博士にねだってみよう。



コメンタリ:

コ「…我が事ながら何があったんだと言いたい」


は「でもさ、他の人も聞いてるし見てるんだよね、お婆さん」


コ「そうなんですが、そのはずなんですが…その、この後ですね…」


は「ねー…乞うご期待ってやつだね、くふふふふ」

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