報告書.22

 8月1日

 前回からの続き。いよいよ大詰めである


「物理的攻撃が効かないのなら、お婆さんの言う通り感覚を狂わせてしまえばいい」


 薩摩さんのアイデアをまったく飲み込めない我々を尻目に、彼は地図の上に乗っていたものを全てどかすと赤いペンで湖を囲い始めた。


 彼曰く、線を引いたところは全て車両が通れるくらいの大きさの道路があり、かつ湖の様子も見渡せる、裏を返せばウツボからも見える位置にあるらしい。

 そこで全ての車両や隊員(勿論私も含む)を道路に配置して一斉に行軍してみてはどうか、とのことだった。


 幾ら敵が全方位を見渡せるとはいえ、首は五つに目は十個。

 全てを監視しようとすれば神経をする減らして疲労の末に昏倒するのではないかと熱弁する薩摩さんだが、私から見れば完全にヤケを起こしているようにしか見えなかった。


 そも、あのお婆ちゃんはまったく会話が噛み合わずトカゲの私を鬼と呼ぶ程だ。

 申し訳ないが正気から出た言葉とは思えない。

 それらを真に受けた作戦を我々が行うのはどうなのかと抗議したが、薩摩さんは譲らなかった。

 私の熱光線が効かない上にこのまま戦力を待機させておいても埒が明かない。

 黙って体力を消耗させていくだけなら、一回くらい馬鹿馬鹿しくても試してみてはどうかと説得し始めると何と他の隊員の方々も徐々に同意に傾いていった。


 皆どうかしてるぞ、昭和の特撮ドラマの作戦レベルじゃないかと告げると『だったらお前の好きそうな作戦じゃないのか、寧ろ?』と返されてしまった。

 こいつらに現実とフィクションの違いを叩き込んでやりたい。

 かくして私の反対も空しく『湖周回作戦』が実行される事になった。


 まずは可能な限り装備を取り外した隊員達で湖をぐるりと囲み、さらにその外側にもう一周今度は反対側に回るように残った隊員達を配置。

 最後に車両や私を、彼らを取り囲むように配置することで合計三つの輪っかが湖を囲むこととなった。


 さて聞くも見るも馬鹿馬鹿しい作戦だがウツボの様子を見て少し驚いた。

 敵は綺麗に五方向に首を向けていたが小刻みに左右にぶれて明らかに忙しない様子を見せている。

 これはひょっとしたひょっとするかもしれないと少し希望を持ったところで戦車に乗った薩摩さんからメガホンで準備完了を叫ばれた。

 ここまできたら腹をくくるしかないと踏ん張り、『作戦、開始ー!』の号令と共に行軍開始。


 屈強な隊員達が湖の周りを『ふぁいっ、おー、ふぁいっ、おー』と走り回る姿はどこからどう見ても合宿中の一コマにしか見えなかっただろうが、私としては、いや隊員の皆もきっと真剣そのものだったはずだ。


 涼しげな湖畔の近くとは言え直射日光を浴び続ければ流石に体力も消耗していく為、各自の判断で休憩や水分補給を行うことになっている。

 私はひとまずウツボ怪獣の事は気にせず、走る事と水を飲む事だけに集中して前方を行くジープを追いかけるように走った。


 体感で十分ほど走ったところでジープの後部座席に乗っていた隊員が身を乗り出してウツボ怪獣の方を指さしたので湖の真ん中を見てみると、何とウツボの首が今までにないくらいぐらぐらと曲がりくねっていた。


 それだけではなく、五本の内の二本が絡まって身動きが取れなくなっていたのだ。

 これには思わず『んな馬鹿な』と息も絶え絶えに呟いたが、このまま走り切れば上手くいく可能性が出てきたので、ここが勝負時と気を引き締めて手足を振り続ける。


 とはいえ流石に相手は怪獣、中々完全に昏倒してくれず遂に三十分も走り回る羽目になってしまった。

 徐々に隊員達の顔にも疲れが見え始めた頃、通信機に薩摩さんから連絡が入りさらに相手を混乱させるために踊りを付けろと注文が入った。

 私を殺す気か、そんなところまでお婆ちゃんの言う通りにしなくていいだろうと返したが、もうちょっと何だと懇願されては仕方がない。

 ランニングハイなのも手伝って、破れかぶれのテンションのまま記憶にある限りの盆踊りの動きを取り入れながらさらに走った。


 ふと、昭和中期の怪獣映画で、流行りのアニメネタを主役怪獣が披露するシュール極まりない迷シーンを思い出した。

 あの頃テレビ画面に向かって笑い転げていた私に伝えたい、いずれ他人事ではなくなるぞと。


 最早いつ倒れてもおかしくないくらいの眩暈を覚えながら踊りまくっていると、どぉんと何かが水面に落下した音が響き、思わず動きを止めて湖の方を見た。

 水飛沫が上がる中、銀色のウツボの頭、五つがぷかぷかと湖面に浮かんでいた。


 一瞬の静寂の後、絞り出すような無数の隊員達の安堵の声と共に全員が地面に崩れ落ちた。

 私もがっくりと膝をつき咳き込みつつ、沈んでゆくウツボを見ていたが、そこで限界がきて完全に気絶してしまった。


 次に目が覚めたのはトレーラーの中で、水を含んだタオルが何枚も全身に貼り付けられていた。

 近くにいた隊員に聞いたところ作戦は無事成功という形で終わったそうだが、何やら腑に落ちない顔をしていたので、何があったか聞いてみた。

 隊員は少しだけ逡巡しつつ『決して嘘ではないんです』と前置きして語りだした。


「怪獣が消えたんです」


 巨大ウツボは湖の底に沈んで姿を消し、水中探査機や船を出して捜索に当たったのだが、あるはずの巨体が影も形も消え去ったというのである。

 いくら湖が広めだとはいえ、あれだけの大物を、ましてや気絶した怪獣を見失う事なんてあるわけがない。

 しかし幾ら探しても怪獣の痕跡すら、まるで始めからいなかったように消えてしまったというのである。


 納得できない私の元に薩摩さんが帰ってきたが彼の表情もどこかおかしい。

 半ば強引に問いただしてみると、彼は怪獣を倒せた礼をしたいとお婆ちゃんの行方を捜していたらしい。

 地元の伝説らしきものに詳しかったことから、今や数少ない地域住民の民家を当たっていたところ、最終的にその土地の町長さんの家を紹介されたらしい。


 その家ではやはりお婆ちゃんが話したような内容のものが口伝として残っており、たまたま帰省していた小さい孫も知っているくらいだったらしい。

 そこでぜひお婆ちゃんに会いたいと告げたところ快く紹介されたのだが、あの時駐車場に来た人とは似ても似つかぬ弱弱しそうな老女であったという。


 首を傾げた薩摩さんは駐車場で見かけた着物の老婦人の特徴を告げると、目の前の老女が驚いて『あんれまあ、おっかさんにそっくりだね』と言い壁を指さした。

 そこには、立派な着物を着た老婦人が微笑んでいる写真が飾られていたという。

『盆前だってのに、私らが心配でもう帰ってきちゃったんだろうね。こりゃ急がなきゃ急がなきゃ』と言って老女は呆然とする薩摩さんに背を向けて奥へ引っ込んでしまったそうだ。


 私も、その場にいた隊員も、皆、言葉を無くしてしまった。

 確かに我々は怪獣の姿を見て、攻撃までされて、お婆ちゃんと会って、半信半疑で湖の周りを駆け回って怪獣を沈めたのだ。

 嘘ではない集団幻覚でもない。

 しかし撮っていた映像を確認したところ、何故か全てにノイズがかかったようになり再生不可能となっていた。

 SNSにも無数の画像や動画が掲載されていたが、いつのまにか怪獣の姿がぼやけたり光が入って見えなくなってしまっていた。

 

 まるで湖に融けて消えたかのように、怪獣は存在事消えてしまった。

 あの時の事を知っているのはその場にいた我々だけ、だがそれを証明する手段はもうどこにもない。

 あの、お婆ちゃんが何者だったのかも誰も分からない。


 いつかまた同じようなことが起きるのだろうか?

 出来ることなら、もう二度とこの件に関わらずに生きていたい。


 追記:

 ヤケになって盆踊りを踊る私の画像がコラージュ素材として流行っている。

 今のところ『ワールドカップで決勝ゴールを決めるコゲラ』がお気に入り。



 コメンタリ:

 は「…怖っ」


 コ「正直マジでトラウマなんで思い出したくない…」


 は「これ後から調べたら調べるほど謎が深まってねぇ、私も初めて匙を投げたよ。こりゃもう人知でどうにかできるレベルじゃないわぁ」


 コ「頼みますよぉ、博士に投げられたら、もう私達じゃどうにも出来ないじゃないですかぁ~!」


 は「取り敢えず観光業はこの一件でさらに盛り上がったらしいけど、さてさて湖の主様はこれをどう見るんだろうねぇ、くくく」


 コ「やめて、マジでやめて(泣」

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