報告書.20
8月1日
夏本番、真っただ中の出動要請。
見た目と違い私は完全には変温動物ではないが、それでもこの時期の昼に外に出るというのは割と自殺行為に等しい。
トレーラーに辿り着くまでに蒸し焼きになりそうだ。
実際、熱光線を放ってもいないのに背びれから湯気が立っていたらしい。
労働環境の改善を要求したい。
余談だが最近の研究では動物の体温制御は恒温動物や変温動物といった枠組みでは表現できない程、多種多様である為、これらの言葉は既に死後と化していることを報告書の作成時に知った、が知ったこっちゃない。
私は生物学者ではないし、分かりやすさを優先したいので敢えてこの表現を使わせていただく。
話を戻そう。
私が使うトレーラーは有難いことに空調完備しているので移動の際に熱中症や凍傷などの危機的な状況に陥ったことは無い。
しかしそれらの快適な環境を巡って酷暑や極寒の出動時に私の同伴を申し出る隊員がしばしば増加する傾向にある事は日々、鉄人のような生き方を貫く彼らもまた一人の人間であるという事を感じられて、些かほっこりするところである。
尚、トレーラー内は手狭な上に必ず同行しなければならない面子も決まっているので恩恵にあずかれた僅かな隊員達が喜びの声を上げるのを何度か聞いたことがある。
またしても脱線した。
今回の任務は湖畔に出現した怪獣の捕獲もしくは処分である。
特に移動する気配はないが湖の真ん中に陣取り、湖面に高温のレーザーを吐いて水蒸気爆発を連鎖的に起こしているとあり周囲のレジャー施設の方々も稼ぎ時を邪魔されてほとほと困っているとのことだ。
尚、この攻撃による死者は今のところいないとのこと。
聞けば避暑地として人気のあるスポットらしく現地では活動し易いだろうと胸を撫で下ろす。
数時間の移動の後、現着。時刻は昼を回っていたが、森林が多くかつ水辺の近くとあって、空気は涼しく快適そのもの。
が、怪獣が出現したというのに妙に車が多い。
まだ避難が完了していないのかと思いきや、何と怪獣が岸辺に対して攻撃を仕掛けてこないのをいいことに、怪獣を一目見ようと観光客や野次馬が押し寄せてしまい、あれよあれよと瞬間的な超人気スポットと化してしまっていたのだ。
SNS上では様々なアングルから撮られた、件の怪獣の写真が誰かも分からぬ自撮りと共に山のように投稿され、次々と嘲笑の的や炎上の火種となっていた。
これには阿呆と言わざるを得なかった。
近隣のレジャー施設の方々も売り上げが欲しいのは分かるが危機的状況というものを理解して宿泊客や観光客の避難を最優先するべきだろう。
と、思っていたら後から聞いたところ、施設の上役の方々は隊長からその場で滅茶苦茶怒られたいたらしい。
これを機にもう少し人命の大切さについて彼らが学んでくれることを願う。
たっぷりと時間をかけて人払いとバリケードの設営が終わり、ようやく湖への移動の許可が下りた。
尚、移動の際に草むらの陰に何人か一般人が隠れていたことは私でも容易に気が付けたので、気付いた分は逐次報告し丁重にお帰り頂いた。
湖は割と大きめで私の目線ですら対岸までの距離に相当な長さを感じる程だ。
そしてそのド真ん中に銀色の蔦のようなものが何本か生えて、ワカメのようにゆらゆらと揺れていた。
遠目からでは判別できず、私専用の双眼鏡で覗いてみて、思わず「うげっ」という声が漏れた。
蔦のように見えたのは銀色の鱗でおおわれた長いウツボのような物体だった。
焦点の合わない目と鋭い牙の生えた口を開きっぱなしにして、風に揺られるように5匹のウツボが密集していた。
ここで私の怪獣映画好きとしての知識が嫌な予感をもたらす。
やや冗談めかして隊長に聞いてみたところ、見事に予想が当たってしまった。
ウツボは個別の怪獣ではなく水中で全て繋がっている。
そう、五つ首の怪獣だった。
我が青春時代を彩った某宇宙からの侵略者の如き、多頭の怪獣をよもや現実に目の当たりにすることになるとは思いもよらなかった。(一応世界レベルで探せば発見例はあるのだが非常に稀だ)
それにしても遠くから見ても薄気味悪いことこの上ない見た目だ。
加えて報告を聞く限り相互理解は不可能に近い。
言葉が通じないどころか近づいたら攻撃されるわけだから、学術上の希少性は理解しつつも処分以外に選択はあり得なかった。
いつまでも居座られても埒が明かないので、てっとり早く岸辺からの熱光線照射でダメージを与えることになった。
普段は戦車に乗車しているらしい薩摩さんの誘導指導の下、角度を調整。
カウントダウンの後、発射。
湖面に水蒸気の軌跡を残しながら熱光線が敵の首根っこと思わしき部分に命中。
巨大な水飛沫の爆発が起き、湖が激しく波立つ。
規定時間たっぷりまで続けて、停止。
辺り一面が霧に包まれたようになり目視が困難になった。
致命傷を与えられたかも分からず、ひょっとするとこちらに向かってくるかもしれない事を考えて一応身構えていると、白い靄の向こうで、ちかっちかっとカメラのフラッシュのような瞬きが見えた。
何、と考える間もなく岸辺近くの湖面が爆発。
凄まじい風圧に隊員達はおろか私まで吹っ飛ばされた。
慌てて起き上がった私は信じられないものを目にした。
霧の晴れた湖の真ん中には、ウツボの首が無傷で揺れていたのだ。
遠目からでも五つ首の視線が我々に注がれていることが理解出来て背筋が凍った。
熱光線は致命傷どころか何一つ効果を発揮していなかった。
岸辺近くの湖面がぶくぶくと泡立っており、恐らく報告にあった高温のレーザーを撃たれたと予想したが、やろうと思えば我々を一瞬で蒸発させる事も出来ただろう。
頑なに陸地に対して攻撃を仕掛けてこない、敵の謎のポリシーによって救われた。
私は作戦においては出来る限り全力で真摯に取り組むように努めているが、正直に言って今回はいつも通り倒せるものとばかり油断していた。
状況は一転してしまい、慌てて一時退却する事を余儀なくされた。
本作戦は状況の変化が目まぐるしく、多数の報告事項がある為、続きは次回に譲るものとする。
追記:
前半の個人的論評を削れば一枚で済んだかもしれない。
しかしどこかで話しておきたいことでもあるので残すことにする。
コメンタリ:
は「出たよ、トンデモ怪獣が」
コ「これは本当にびっくりしたし怖かった…死んだかと思いましたもん」
は「街中に出られたらと思うとぞっとするよねぇ、確実に都市機能麻痺させられるくらいの力は持ってるから」
コ「私もそこそこ経験とかもある方だと自負してるんですけど、これは鍛錬とかそういうものでは、どうやっても覆せませんからね」
は「もうお手上げだよねぇ…前半との文字通りの温度差よ(笑」
コ「何を考えてこんなこと書いてるんだ、私はぁー。頭、混乱してたんじゃないんですかね(笑」
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