報告書.19
7月26日
体調も回復し、休んだ分を取り戻す為のトレーニングを再開。
意外と鈍っていなかったが次の日に筋肉痛がくることを考慮して過剰な動きは控えておく。
トレーニング終了後に私宛に暑中見舞いが届いたと博士から聞かされる。
当然、中身は検閲済みで文字もコンピューターで打ち直されてタブレットに送られるが一応、実物も見せて貰った。
小さすぎて読めないがどれも写真や絵を使って工夫を凝らしてくれたようで送ってくれた方々の気遣いに感謝する。
タブレットで送り主と文章を確認したが、改めてこれまで様々な人々と関わってきたことを実感出来るものばかりだった。
他の基地からは勿論、一度出撃で訪れただけの村からも送られてきた。
あの時は任務が終わったのに近くにいたおじいちゃんの話が止まらなくて長々と居座る事になってしまい皆、気まずい想いをしたものだが今となっては良い想い出だ。
手紙によるとおじいちゃんは体調を崩して入院中とのことで医者の話によると残念ながらもう長くはもたないかもしれないそうだ。
知り合いや友達は多かったようだが奥さんに先立たれ、子供や孫とも疎遠になっているようでせめて、その時が来た時は家族に傍にいて欲しいと勝手ながら願う。
そう思うのも母からの手紙が来たからだろう。
何通か目を通した後に名前を見た時は正直ちょっとどきりとした。
とはいえ内容は至ってシンプルで元気にしているかとか今度海外旅行に行く予定だとか、誰彼が結婚したとか、そんな他愛もない事ばかりが長々と綴られていた。
正直、友人どころか親類とも長く顔を合わせていないので、どの話題もどこか他人事のように思えてしまう。
それでも自分が人間だった頃に送られたものより遥かに長文の手紙を眺めていると母にとっては、これが唯一私と繋がれる手段であり今でも私の事を気にかけてくれているのだろうと嬉しさと感謝と、少しの申し訳なさが込み上げてくる。
ふと、怪獣になってから初めて母と対面した日の事を思い出した。
様々な取り決めの都合上、面会が許されたのは私が怪獣化して半年も経ってからできっと母も様々な誓約書にサインをして苦労したことだろう。
母には事前に私の現状が知らされており写真や動画も確認してもらった上で、それでも会うことを諦めなかったらしい。
その時の私は、きっと母は気絶してしまうと落ち込んでいた。
巨大なトカゲになってしまった息子をどうやったら受け入れられると言うんだ、と半ば自暴自棄に近い気持ちで『来るなら勝手にすれば』との母への伝言を送り、面会当日も不貞寝していた。
だから監視室で何となく誰かが動く気配がしても、耳孔を手で塞ぎ、我関せずとそっぽを向いて寝たふりをし続けた。
博士が何回か私の名前を呼んでいたようだが(気を使ってその時は本名で呼んでくれたらしい)結局、何にも答えることなく一回目の面会は終わってしまった。
後でこっそり母の様子を教えて貰ったところ泣きながら笑っていたらしい。
『ああ、あの子だ。あの子は心底イヤな事があると、ああやって耳を塞いで閉じ篭るように寝てしまうの。大人になっても変わらないのね。でも、ちゃんと生きていた。本当に本当に良かった』
それを聞いて、気恥ずかしさと安心感がない交ぜになった何とも落しどころのない後悔にも似た感情を抱いたのをよく覚えている。
ヤケ気味だった自らの内面を見透かされたのと、案外大丈夫だったのなら面と向かって話してあげればよかったという気持ちで、その日はため息ばかりついていた。
間を置かずに私から手紙を送り(その時はタブレットが無かったので音声を録音して貰い文章に打ち直して貰った)、それから程なくして二回目の面会が実現した。
終始モゴモゴとしていた私に、母は前向きな言葉を沢山送ってくれたが、その目には常に涙が浮かんでいた。
それでもずっと私を本当の名前で呼んでくれたのは、当時の私にとって力強い心の支えになった。
もう少し生きる事を頑張ってみると告げると、母は何度も頷き『何があっても私はあなたのお母さんだからね』と言ってくれた。
今思い出しても泣きそうになる。
あれから暫く時間が経って私もすっかり今の生活に慣れてしまったが、やはり母や家族の事を思い出すと郷愁の念に駆られるものだ。
そしてその過去は怪獣となった今でも、私を私たらしめるもので、捨て去る必要も無理に戻ろうと願う必要もないのだろう。
過去は抱えられる分だけ抱えて、前向きな気持ちが続く限りは何とか生きていく、それが今の私が出せる答えだ。
取り敢えず今やるべきことは、折角タブレットを手に入れたので今年は自分で暑中見舞いのお返しを書いてみる、という事だろう。
皆に何から伝えようか、今から楽しみである。
追記:
そういえば夏らしいことをしていないので暑い内に泳ぎたい。
今度、申請しておこう。
コメンタリ:
コ「おー、ちょっとしんみりしちゃいましたねぇ」
は「何かねぇ。実は時々だけど君の事を気軽にコゲラの名で呼んでいいのかなって悩むことがあるんだよね。やっぱり、お母さんの様子見てるとさ」
コ「いやいやいや!それはそれ、これはこれってやつですから。コゲラって名前も私達二人で考えて、押し通して勝ち取った名前ですから。私、割とこの名前にも誇り持ってますからね?だから博士も堂々と呼び掛けて下さいよ。博士が私といてくれるから『あー、ここにいられて良かったなー』って思えるんですよ」
は「…何だろうね~、君はもうホントにさぁ(泣」
コ「あはっはっはー!泣いてる!博士が泣いてる!わー、すごーい(笑!」
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