報告書.16

 7月20日

 出動待機していたところ正式に出動の命令が下される。

 大陸から逃亡中の飛行型怪獣が日本の領海内に侵入する可能性が濃厚となった為、予想ルート上へ移動となった。

 なお集団的自衛権に基づく国際間の協力により洋上には数か国の駆逐艦が待機しているので留意されたし、とのこと。


 映像で確認したところプテラノドンに似た飛行型怪獣には遠距離攻撃を使用できる器官は無さそうだが、如何せんスピードが速い。

 また低空飛行も可能なため発生するソニックブームだけでかなりの被害が街に出ているらしい。

 追い詰められているのを理解しているのか余り地上には近寄らなくなったようだが、いつ方針を変えて急降下してくるか分からない。

 その上、熱光線を外せば猛スピードで離脱されるだろう。

 文字通り一発勝負だ。


 対象のスタミナに関して聞いてみたが驚くべきことに最長で三日間は飛び続けたという記録が正式に残っているそうだ。

 ちなみに現在は飛翔を始めて1日目、まだまだ体力は有り余っている。


 私はスナイパーではないので正確に当てられる自信はない。

 ミサイルで迎撃出来ない(自動追尾の速度を振り切れる為、市街地に突入されると二次被害が発生する)程の相手に私が役に立つとは思えないが、それでもいないよりはマシだ。

 我が物顔で空を飛ばれて黙って指を咥えて見ているだけというのも癪に障るし、倒せるチャンスがあるなら、使える手段はフルに活用するという考えには、私も大いに同意するところだ。


 1時間ほどで現着。

 場所は視界いっぱいに海が広がる浜辺。

 既に人払いは済ませてあるが、夏真っ盛りのビーチに水着の人が一人もおらず陽気な音楽も流れていない光景は少し異様だ。

 あるのは無骨な装甲車と、硬い表情で海を監視する迷彩服の隊員達。

 そして遠くに浮かんでいる駆逐艦が幾つか。

 とはいえ私もそこまでアウトドア派では無かったので、夏の海に特別な思い入れがあるわけではない。


 寧ろこういった貴重な光景は普段見れないものだなので記録に残しておきたい、と思っていたら同行している藤戸さんがばっちり撮っていた。

 海外の駆逐艦を撮るのは許可がいるんじゃないのかと聞いてみたところ、そこはコネで何とかなる、らしい。

 相変わらずどういう生き方をしているのか分からない人だ。


 お昼時ともあって日差しは強く、テントの下で時おり水分を補給して貰いながら連絡を待つ。

 今回の作戦は広範囲に及んでいるらしく私以外にも怪獣が出撃しているそうで、何とあの出不精のウェンズデーまで引っ張り出されているらしい。

 炎天下での待機なんて一番嫌いそうなものだが、どうやって説得したのだろう。


 数分後、洋上より入電。

 報告をもとに地図で確認すると飛行型怪獣は方向を変えることなく日本方面を目指して飛び続けているが、飛行ルートが若干湾曲している為、最終予測では私のいる場所からかなりずれた位置を通過するとの結果が導き出された。


 移動を提案してみたが、万が一という事も有り得るので現状での待機となった。

 仕方がない、急に方向転換されて対応出来なければそれこそ私の来た意味が無い。

 通信に全神経を集中し敵対怪獣の動向を探る時間が続く。


 さらに数分後、怪獣接近の報告を受けてテントより這い出て浜辺に立つ。

 遠くの方で黒い点のようなものが猛スピードで青空を通過しているのを目視。

 熱光線を当てられないものか、と歯噛みしていると突如地上から極彩色の物体が飛び出し、驚く間もなく黒い点と接触。

 二つはきりもみ回転しながら地上へと落下していった。


 ウェンズデー!と私が直感的に叫ぶと同時に援護の緊急命令が下される。

 すぐさまトレーラーに飛び乗り、現場へ突っ走って貰う。

 距離は2キロ程先、私のトレーラーは最優先通行の為すぐに到着した。


 転がるように外へ出ると、飛行型怪獣とウェンズデーが砂埃と羽毛の舞う中で取っ組み合いの真っ最中だった。

 自衛隊員の方々がすぐさま道を空けてくれた為、そのまま突っ込む。

 敵の方がウェンズデーに馬乗りになっていた為、勢いに任せて通り過ぎ様に背中に爪を叩き込む。

 体内に貫通した爪と掴む力で、ウェンズデーから敵対怪獣を引っぺがし、もう片方の手で頭を掴むと背負い投げに似た形で相手を地面に叩き付けた。

 ちなみに敵が軽かったので、脱臼せずに済んだ。


 砂の上なので大してダメージはいかないかと身構えたが、運良く奇襲が効いたのか敵は何が起こったのか分からず、砂に足を取られてよろめいた。

 この機を逃すまいと、相手の腹に熱光線を放つ。

 翼に当てても良かったが皮膜の薄い部分を万が一熱光線が貫通してしまっては二次被害になる為、基本的にはどの怪獣でも腹を狙うようにしている。


 熱光線を喰らった部分が一瞬で炭化し、腹が抉れる。

 飛行型怪獣は悲鳴を上げてのた打ち回ったが、その声が妙に人間染みていてぎょっとなった。

 さらに私を睨むと『何するの!』と女性的な声色で短く罵倒してきた。

 敵は人格を有していた、即ち彼女(便宜上こう呼ぶ)は自覚がありながら被害を出し続けてきた可能性がある。


 再び飛び立とうとしたので、慌てて彼女の両足にしがみ付くと私はずるずると砂の上を引っ張り回された。

 軽いとはいえ10トン近い私を引っ張り回せる飛翔能力は驚異的だ。

 そこへウェンズデーが敵の上に飛び乗り、再び彼女らは地面に落ちた。


 ぎゃあぎゃあと暴れ回り罵倒し続ける敵を二人がかりで抑え込むが、一向に終わりが見えない。

 しびれを切らしたウェンズデーが敵の肩口に自らの嘴を突っ込むと、液体が噴射される音が聞こえた。


 飛行型怪獣はさらにもがこうとしたものの、次第に体を痙攣させながら停止した。

 ウェンズデーの毒液を直接体内に流し込まれれば、相当なダメージだろう。

 内臓や脳にダメージがいかないか心配したが、私の表情からそれを察したのか、

『薄めだから少し麻痺するくらいよ、こいつがひ弱じゃ無けりゃね』

 とウェンズデーは苛立つように言い放ち、怪獣から離れて自分のトレーラーに向かってふらふらしながら戻っていった。


 ウェンズデーの全身の羽毛が幾つか抜け落ちて血が滲んでいるのが心配になったが、飛行型怪獣を抑え込んでいなければならない為、追い掛けるのは断念した。

 

 それから隊員の方々が応援にきて敵をワイヤーで拘束し、収容船まで運ぶといった手続きを、またしても私一人で行い、各国の駆逐艦の皆さんにもお礼を言って、ようやく浜辺に戻ってきた頃には日が暮れかけていた。

 グニャーの時と同じく事後のやり取りが一番疲れる。


 もうとっくにウェンズデーも帰っているだろうと思っていたら、何とまだいた。

 トレーラーにもたれ掛かって、ひらひらと翼を掲げて『おつかれー』と呑気に声をかけてきた。 

 余り表情は読めないが多分ウェンズデーは私を見てニヤついていたと思う。


 ややムッとなったので『少しは手伝え』と文句を言うと

『海水が染みるからヤダ』『戦闘じゃアンタより活躍したから、おあいこ』

 等々、いつもの口調で返された。

 呆れた態度だが、事実そうではあるし、そんなことが言えるくらい元気なら大丈夫かとホッとした部分もあった。


 何故まだいるのかと問うと、『アンタを待ってたらすっかり遅くなっちゃった』とため息交じりに告げられた。

 住んでいる基地も違うし怪我してるんだから早く帰っていたとしても別に文句は無いのだが、と首を傾げていると、ウェンズデーがさらに深いため息をついて

『いいからちょっと付き合いなさい』

 と隣に座るよう、ぽんぽんと地面を叩いた。


 両方の隊員達には既に話は通っており、片付けなどが終わるまでは話していて構わない、とウェンズデーから告げられた。

 疲れているのに、またこいつの愚痴に付き合わされなければならないのかと、げんなりしたが、もうやる事もないし、今月は定期交流会も行っていなかったので、観念して彼女の隣に座った。


 そこで交わされた会話の内容は気が向けば報告する事にする。


 追記:

 やっぱり肩を少し痛めたかもしれない。

 ストレッチと引っ張る力の強化を重点的にやらねば。



 コメンタリ:

 は「怪獣との戦いはいっつも大変だね」


 コ「まあ、この時は緊急の呼び出しじゃないですし、ウェンズデーもいたんで割と万全に構えられた方ではあるんですけどね」


 は「そうだねぇ。でもこうして見るとウェンズデーも凄い気を使ってるんだよね。毒液を撒き散らす訳にはいかないから近距離で、しかもギリギリになるまで使わないようにしてる」


 コ「おお、さすが良く分かってる(笑。ウェンズデーって荒っぽい印象を持たれがちなんですけれど、守るべきルールみたいなものを自分で作って、それをちゃんと守って戦ってるんですよ。意外とそういうところはしっかりしてます」


 は「お、やけに今回は持ち上げるね?」


 コ「ま、色々この時、話しましたからね。それについてはまた今度」

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