報告書.13

 7月10日

 朝から通学路に怪獣が出現したとの報告を受けて現場に急行。

 時間帯的に子供達に被害が及んでいないか心配だったが幸いにして怪我人の報告は出ていなかった。


 現場では道路上に既にバリケードが敷かれていたがいつもに比べて範囲が狭い。

 それでも通行止めになっている為、運転手の方が憮然とした顔で自衛隊の方たちに何かを訴えて、さらに地域住民の方々が集まってきていた。


 取り敢えずトレーラーの中で待機となって、その間に中継映像を繋いで貰う。

 思った通り今回の怪獣はそこまで大きくはなく、せいぜい成人男性よりちょっと小さい程度だった。

 ただ今までに見たことが無いタイプのもので少々困惑した。


 形だけなら小さい頃に図鑑で見たウニ、それもガンガゼに似ていた。

 ただ全体の体色は白く、所々が紫色で毒々しいが綺麗と言えば綺麗かもしれない。

 暫く見つめていたがまったく動く気配がなく、眠っているのか、身を守っている状態なのか、そもそも怪獣の正確な形状が分からない。


 類似の事例で防御と攻撃を兼ねた針を備えている怪獣を資料で見たことはあったが、全員きちんと二足ないし四足で歩行していた。

 これだけ周りに人がいて動かないとなるとそういった器官が無いのかもしれない。

 ただそれよりも恐ろしいのが『針の射出能力』の有無だ。


 怪獣によっては自衛の為に針が抜けやすくなっている構造の者がいるが中には筋肉の収縮で針を飛ばしてくる危険な奴もいる。

 もし何かの拍子でそうなった場合、周囲に多大な被害が及ぶ。

 その辺りのことは自衛隊の皆さんも当然熟知している。

 緊急用の組み立て式シェルターで怪獣を囲み中にカメラだけ残して暫くモニタリングすることになった。


 当然、道路の封鎖は続くのでさらに文句が重なる上に、野次馬もどんどん増え続けている。

 中には君達、学校はどうしたと言いたくなる子達も混じっているが大方『怪獣に道を塞がれて来れませんでした』とでも言い訳する気だろう。

 呑気なものだ、と呆れていたら何やらトレーラーの外が騒がしくなった。


 どうやら私が入っている事を悟られたらしく近所の子供が騒ぎ始めたのだ。

 いつも使っているトレーラーだし最近は動画も出回っているので特定されるのは予想の範疇だがまとわりつかれると出動に支障をきたす可能性がある。

『コゲラ―!コゲラいるんだろー!出て来いよー』と叫んでいる。

 せめてもうちょい可愛げのある呼び方をしなさいな、と苦笑していると画面に変化が現れた。


 白いガンガゼがごとごとと揺れ動き始め、ひびが入ったのだ。

 中からは透明で粘液性のありそうな液体が噴き出している。

 すぐさま民間人に退避を呼び掛け、トレーラー近くにいた子供さんにも強制的に離れて貰う。

 全装備を解除し、トレーラーから出動、おおと周りから歓声が上がる。

 日光に目を細めつつ、人払いの済んだシェルターの前に立った。


 中の状況は分からないが最悪、シェルターを破って飛び出してくることも考えなければならない。

 鋭い針を相手に無傷では済まない上に、毒を持っていればダメージはさらに増す。

 一撃で仕留める覚悟を決めて私は待った。


 待った、本当に待った。

 実際は1分くらいだったらしいが体感的には5分くらい待った。

 だが何も起きない。

 シェルターの中からは何の音も聞こえず、流石におかしいと首を傾げた時、トレーラーから慌てて同行の研究員の方が飛び出し戻って映像を見てくれと促された。


 状況を把握できないままトレーラーに戻って中継映像を見ると、どろどろに溶けて一本の針も無くなった殻の中央で、大型犬くらいの毛の生えていない兎のような怪獣が静かに喘いでいた。


 状況は終了し、怪獣も『卵の残骸』も回収され、撤収した。

 産まれたばかりの怪獣は丁寧に保護され現在、私と同じ研究所にいる。

 卵の獰猛さに比べて攻撃器官がまったく見られないそうだが、それらは今後の成長と調査で、より詳しく分かることだろう。


 それにしても謎の残る出来事だった。

 何故あんな道路の真ん中に卵が出現したのか。

 産み落とされたのだとしたら母親がいるはずだが、周辺の聞き込み調査では他の怪獣の目撃証言は得られなかったそうだ。

 第一あれほどの針を有している卵を、もし産むとしたら一体どんなプロセスで?

 それともまさか、突発性怪獣症で卵に変わるということも有り得るのか。


 生物学に疎い私も俄然興味が湧いてくる。

 博士が戻ってきたら、ぜひ意見交換をしたい。

 暫くは私達の話題の中心になりそうだ。


 追記:

 片付けをしている時に、トレーラーに叫んでいたであろう子供が母親に凄い剣幕で怒られているのを見た。

 ちょっと可哀想だったので一緒に写真を撮った。



 コメンタリ:

 コ「母親がいなくても傷つけられないように、あの形ってことなんでしょうけど、でもあれだけ針あったらそもそも誰も卵を守れないし、じゃあ卵だけで何とかしなさいってのが前提なの?っていまいち納得がいかないんですよね」


 は「針が溶けたのは卵の内部の液体と反応したからで、生まれてくる子が傷つかないようにってことだと思う。で、生命のシステムとして凄く良く出来てるなー、とは思うんだけど今度はじゃあ生まれた直後は危ないじゃんって話にもなるよね」


 コ「そこですよね。だからどういう意図であの形なのかなって。うーん、やっぱり本当に既存の生命の誕生の在り方で考えない方がいいのかもしれないですよ。報告書内でも書いてますけど産み落とされたんじゃなくて突発性怪獣症で卵になっちゃった説が、意外と当たってるんじゃないかなって気はするんですよ」


 は「んー、私達も一応、現段階ではそういう結論を出す予定なのね。ただ、まあ、これもあの子が成長して新たな発見があったら、全部一気に覆る可能性あるからね」


 コ「いやー、これは思い出す度に、ちょっとゾクゾクする出来事ですよねぇ」

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