報告書.9

 6月25日

 出動要請。

 今回は緊急ではなく現場での十分な話し合いの末、一応来て欲しいとのこと。

 左程、困難な事にはならないだろうとトレーラーで現場へ移動。

 だが移動中も心なしか同行の自衛隊員の方々が渋い顔をしている。

 もしや面倒事ではと急に嫌な予感がよぎる。

 面倒ではない出動など、これまで一つも無かったが。


 到着。今時珍しいくらい昭和の香りの残る漁師町。

 人間時代から魚が好物の私としては郷愁の念を駆られるところ。

 天気は生憎の曇りだが後に晴れとの予報。風は殆ど無し。

 活動するには悪くないコンディションである。


 民家の二階から小学生と思しき子供達が興奮気味に私の名前を呼んでくるので、手を振って応える。

 彼らのテンションはさらに上がり、ジャンプした拍子に体のどこかをぶつけたのか『ぎゃあ』と悲鳴を上げて部屋の中へ転がっていた。

 愛おしい馬鹿さである、捻くれずにまっすぐ育って欲しいものだ。


 自衛隊員の方々の案内で現場へ向おうとするが思わぬ足止めを食らう。

 というよりいつもと比べて、何故かやたら民間人が近い。

 話を聞くと、元々道が狭いのでバリケードを立てると町の動き全体が滞ってしまうのでどうしようか話し合っていたらしい。

 ところがそんなことをしている内に物珍しさから表に出てきた見物人達で揉みくちゃになってしまい制御がきかなくなってしまったらしい。


 そんなところへ私が来てしまったものだから、もう止める術はない。

 逆だ、皆が止まったままだった。

 スマートフォンやらデジカメを持ち出し撮るわ撮るわの大混雑。

 この町のどこにこんなに人がいるのかと首を傾げる程のお祭り騒ぎである。 

 嫌な予感が的中し、マスクの中で10回以上はため息を吐いた。


 主婦の方が笑顔で赤ちゃんに私を見せようとしていたが、当の本人はこの世の終わりかと言わんばかりの大号泣。

 一生のトラウマになる前に家屋へ戻った方が良かったのではないだろうか。

 さらにはおばちゃん達から何故か『ちゃん』付けで呼ばれ、特大の桶に緑茶を並々注がれて持ってこられたがマスクを外せないので丁重にお断りさせていただいた。

 尚、自衛隊員の方々曰く、提供されたお茶はとても苦かったそうだ。

 国防とは我慢の仕事である。


 予想以上の時間をかけてようやく現場へ到着。

 一目見て状況が把握、できなかった。

 港の入り口に大きく浮かんだ黒い物体。

 例えるならば半球状のコーヒーゼリーと言おうか。


 さらに船が多数並ぶ港では何やら言い合いが勃発していた。

 自衛隊員との衝突かと思いきや、企業の人と地域住民との小競り合い。

 詳しいことは割愛するが、よく聞く開発事業と、これまたよく聞く反対運動が盛り上がる最中、突如海上に出現した未確認コーヒー物体(以下、UCOと表記)がさらに事態の混乱を招き、やれ早期の駆除を、やれ竜神さまのお怒りと、ヒートアップ。

 自衛隊員の方々と私は唯々『待機』の命令を遵守する他、無かった。


 体育座りでぼんやりUCOを眺めるだけなのも暇なので、近くにいたお爺ちゃんに竜神さまとは何ですかと尋ねてみる。

 曰く、江戸の頃この町は大雨に悩まされていたが黒い一匹の竜が天に向かって昇って行ったところ雲間が切れ暖かな天の光が差し込み、町は平和になった、らしい。


 以来この町では晴天の神として竜神さまを祀っているそうだが、私の知識が間違っていなければ大抵の竜神は水を司る神ではなかっただろうか。

 とはいえ何でもローカライズしてしまう日本なのだから、そんな話が一つくらいあってもいいかと実際には疑問を口に出さず、『へえ、そうですか』と当たり障りのない返事で話題を締めた。

 それにしても現代の竜神さまは、えらくミルクシロップが似合う形である。


 ただ海に浮かんでいるだけで実害があるのかも不明だが、それよりも終わりの見えない言い争いのせいで我々はあらゆる対応が禁じられ、帰る事さえ許されない。

 何でもいいから動いてくれ、と願ったその時。


 雲間から一筋の光が差し込みUCOに直撃。

 太陽の輝きを受けたそれは何と黒い煙を吐き出した。

 言い争いは止まり、自衛隊員は警戒態勢、私は慌てて戦闘準備。

 緊張が高まる中、UCOは煙を吐き出し続け、やがて融けて、無くなった。


 黒煙の塊は空中に暫く漂っていたものの、急に弾かれたようにひとすじの線となって、雲の切れ間から覗く青空に吸い込まれるように消えていった。

 その様が竜に見えた、かもしれない。


 私を含め、全員が無言で、ぽかんとなる中、任務は終了。

 帰りのトレーラー内では自衛隊員の方々が出発時以上の渋い顔になっていた。

 私にとっても今回の事態は非常に説明のし辛い稀有な出来事であった。

 いっそ夢であればまだ納得も出来たが現実であるので困惑しつつも、真摯に起こった事を受け止めなければならない。

 正にトカゲが狐につままれた、いや竜神さまにつままれたと言ったところか。

 まったく上手いことが言えなくて申し訳ない。


 怪獣が社会に浸透しようがまだまだ世の中には神秘が残っているものだ。

 取り敢えずそんなお茶を濁すような結論で今回の報告書を終えたい。


 追記:

 博士が見れなかったことをすごく悔しがっている。

 質問されても答えようがないので、どうしたらいいのだろうか。



 コメンタリ:

 は「いいなー!いいなー、これー!見たかったなぁー!なーんで映像回してないかなー!あれから類似の現象まったく起こってないんだよー」


 コ「私は振り回されるだけ振り回されて勝手に終わらされたんで、未だに訳が分かりません。別の意味で疲れる想い出ですよ、これ」


 は「でも文章のノリいいじゃん。ちょっとした朗読台本みたいだよ。書いてて楽しかったんじゃないの?」


 コ「こうでも書かないと気持ちを整理できなかったんです!いっそ5、6行で終わらせたかったくらいですよ…もうー」


 は「それでもここまでしっかり書く辺り、やっぱ律義だよね君(笑」


 コ「あーもー…頼むから『納得』を下さい、竜神さまー」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る