報告書.8

 6月20日

 ウェンズデーと定期交流会。

 と、言う名のウェンズデーの愚痴聞きの日だ。

 多分、報告書で彼女の事を語るとひたすら文句しか出てこなくなりそうなので出来るだけ良識と節度ある文章を心掛けたい。


 彼女の羽毛にまた色彩が増えていた、これ以上染めるといよいよ南国辺りに生息する鳥みたいだと正直に告げると、事もあろうにケツァールを例に出してきた。

 世界一美しい鳥と自分を並べるとは何たる不敬者、国鳥にしているグアテマラに対して謝って欲しい、国際問題になる前に。


 それから香水がまた変わっていた。

 前がどうだったかは覚えていないが少なくとも今回のような柑橘系では無かったはずだ。


 余計な物にばかり金を使われるとこっちにまで批判の声が飛んでくるから控えて欲しいが、精神への栄養補給で食事と一緒だと屁理屈を捏ねられた。

 怪獣になっちゃったんだから優しくして頂戴と弱々しく振る舞ってみせているが、お前の贅沢趣味は昔からじゃないのかと返すと、ケタケタと鳥のような笑いをあげて、当たり前でしょモテる女なんだからと言って、くちばしで支給品のメロンを潰して飲みこんだ。


 とはいえこんな軽口が叩き合えるのも、お互い元気な証拠だろう。

 彼女も最近はテンションの乱高下も少ないと聞く。

 が、私が予定を延期した事には少々、不満だったそうだ。

 怪獣案件二件に怪我まで負ったのだから、その辺は考慮して欲しい。


 ゴリタンとグニャーについて聞いてきたが私達のような会話能力はないと知るや、『あっそ』と一言だけ投げて、すぐさま興味を失った。

 こっちの苦労も知らないで呑気なものだ。

 基地から緊急出動命令は出なかったのかと問うと、場所が遠かった上にそもそも気分が乗らないときた。


 命がけで戦ってる身としては一言釘を刺したいところではあるが、彼女とは契約条件が違うので無理なことは言えない。

 浮かんだ不満を飲み込み彼女のタブレットでチェスを開始する。

 その間の会話は普段以上に実のないものだ。


 ウェンズデーが愚痴り、私が皮肉も込めてツッコミ、また彼女が吐き捨てるように不満を吐露する。

 殆ど同じ身長、同じ喋る怪獣というだけで彼女の相手を任される私の苦労を分かって欲しい。

 楽しくないわけではないが、別段得られるものも無い。

 たとえ不毛でももう少し示唆に富んだやり取りをしたいものだ。


 そんな事を遠慮無く言ってやると彼女は少しだけ考え、想定外の告白をしてきた。

 以下、覚えている限りの会話をそのまま書き出してみる。



「じゃあ面白いこと教えてあげる。私ね、前世は飼い鳥だったの」

「…はぁ?」

「怪獣になる前は私、インコだったの。飼い主はOLで、いつもお洒落に気を使っていたわ。だから私は鳥の怪獣になって、お洒落もしたくなったってわけ。刷り込み効果ってやつね。言葉が話せるのも毎日ご主人様の言葉を真似ていたからだと思うの」


「んなわけあるか、インコが?突発性怪獣症になって?言葉も覚えてお洒落に目覚めて、何じゃそりゃ」

「そういう反応も無理ないわ、トップシークレットなの。研究所の皆はね、珍しい私を死なせたくないの。だから出動を渋っても許されるってわけ」


「怪獣の生体が分かっていないからって出鱈目を言い過ぎだろ」

「へええ?分かってないくせに知った風なこと言うのね?そうじゃないって誰も証明できないじゃない。十数年前じゃ怪獣が出たって言ったら笑われた時代だってあったのよ?頭ごなしに否定するのは良くないわ」


「都合が良過ぎるって言いたいんだよ。それにインコは言葉を喋れても意味を理解しているわけじゃない。お前がどういう経緯で怪獣になったか知らないけど、もう少し現実的な話をして欲しいよ」

「今に分かるわよ、何が現実なのか。いいえ、そもそも現実なんて信じたところで碌な事は無いのよ。寝ても覚めてもずーっと同じ景色ばかりで―」



 ここからは彼女の愚痴に戻ったのでいつもの形式に戻す。

 書き出してみるとウェンズデーと話している時の私は少し口調が荒い。

 悪い影響を受けないようにしなければ。


 ウェンズデーの出自がどうなのかは正直どうでもよかったが、妙に本当っぽくて自分の中でも結論付けられないのが若干悔しい。

 ちなみにウェンズデーという名前は、彼女の主人が読んでいたファッション雑誌の名前から取ったそうだ。

 後で検索してみたが既に廃刊していたものの存在はしていた。


 話のついでに私の名前の由来も教えてみたが、思い切り笑われた上に憐みの目線を向けられた。

 やはりウェンズデーの話になんて真剣に乗るものではない。

 腹が立ったのでチェスは全勝してやった。

 博士に鍛えられた腕前を舐めないで欲しい。

 だが珍しくウェンズデーはムキにならなかった。

『言いたいことが言えてスッキリしたからよ』だそうだ。


 彼女と話すといつもの調子が狂う気がするが、恐らく人間らしいことをしているからだろう。

 同じ目線、同じ体格、同じ言語で会話をする。怪獣になって無意識に諦めていたことが出来ることに戸惑いと安心、後は甘えもあるのかもしれない。

 勿論お互いに。いや向こうの方が私よりも幾分か我が儘だろう。

 私の勝手な予想でしかないが。


 帰り際に『次は遅れずにね』と声を掛けられたので、『生きてりゃな』と返してやった。

 変な奴と常々思うが、余計な気を使う必要がない怪獣の話し相手がいるのは、彼女の言う精神への栄養補給に一役買っているのかもしれない。


 追記:

 ウェンズデーとの会話を文章化出来なかったのは地味に敗北感がある。



 コメンタリ:

 は「前回の藤戸さんと同じく、報告書の上では初の登場だね」


 コ「こいつ、本当にその場の思いつきであれこれ言うから真面目に答えるのアホらしくなってくるんですよねー...まあ、それが分かってからは気を使わないで喋れる仲になったんで、いい関係を築けたかな、と」


 は「面倒だって言ってる割に断ってないもんね。可能な限り顔出してきたっけ?」


 コ「うん、確か。これ言うと怒られるかもしれませんけど正直シンパシーを感じてるとこもありますからね。同情と取られそうですけど、そういうのじゃなくて、うーん、勝手に仲間意識持ってるのかも。やっぱり上手く言えないなぁ」


 は「まあ一言では表せない感情かもしれないね。そういうのは怪獣とか人間とか関係なく表現するのが難しいよ」

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