報告書.5
6月6日
夜中に緊急出動要請が入る。
また怪獣出現案件だ。
眠い。それにゴリタンの件がまだ完了していないのにと嘆息する。
別に私が何か手続きをしている訳ではないが隊員達の苦労を思うと戦いとプロモーションしか出来ない自分が歯痒い。
だが事態は嘆いている暇などない程、急を要していた。
出動前から安全装具は全て解除され、ヘッドセットを装着。
移動のトレーラーは荷台の天面が無い吹きさらし。
つまり『いつでも飛び出せるようにしておけ』ということだ。
激しい戦闘を覚悟しておく。
走行中は荷台の壁に設けられた安全バーを(爪で傷つけないように)握りしめて、向かい風の轟音に負けじと声を張り上げる隊長からの伝達事項を頭に叩き込む。
怪獣が出現したのは住宅街。
人口密集地なことに加えて夜間ということもあり、情報の伝達や民間人の避難が遅れているらしい。
倒壊した家屋の廃材が引っ掛かって怪獣は身動きが取れない模様。
だが、いつ抜け出して移動を開始するか分からない。
さらに運の悪い事に麻酔弾の効果は無し。
(解毒持ちか…)と益々気が重くなる。
ともかく予断を許さない状況だ。
家屋から出現したということは、たぶん突発性怪獣症だろう。
誰が?同居人は?きっかけは?精神的ケアは?
様々な考えが浮かんだが、とにかくやるべきことは怪獣の鎮圧だ。
被害を最小限にとどめる為、事前に気になることは全て聞いておく。
30分ほど走行、運転手より対象を発見との連絡が入る。
隊長に許可を得て、直立して前方を確認。
見えた。
大きな川を挟んだ向こう岸の住宅街。
半壊した一戸建てから真っ赤な毛並の猫のような怪獣が顔を出しライトに照らされている。
正直、返り血を浴びたように見えて気持ちが悪かった。
目的地へは鉄橋を渡り、左折して直進するだけ。
だが向こう岸は住宅が密集しておりトレーラーの進入は困難であった。
渡りきった後は直接走っていくと伝達。
走行予定の道に人がいないかを現場隊員に厳重に確認して貰う。
トレーラー停止。
通行止めのバリケードを展開して貰い、降車。
自衛隊員の方々の誘導に従い、現場へは小走りで向かう。
屋内にいた方がいらっしゃったら、揺れを起こしてしまい申し訳ない。
家の前が川なのは幸運だった。
多少フェンスや石垣を傷つけるかもしれないが、いざとなれば家屋から怪獣を引っこ抜いて川に落とす。
幅も広いし、市街地で暴れられるよりは人的被害はぐっと少なくなるはず。
そんな予測を立てて怪猫(仮称)の前に立った時、見立てが甘かったことを悟った。
家屋にぎゅうぎゅうに詰め込まれたかのような猫は、太っていた。
縦幅は私より少し上くらい、横幅は私の倍以上はあったと思う。
私は割と細めだと自他共に認めているが、それと比べたってどうみてもおかしなくらい太い。巨大化の比率を間違えたのではないのだろうか。
引っこ抜く前に私の腰が折れかねない。
自衛隊員の方々が怪猫を照らし、拡声器で避難を呼びかけている。
現場に取り残されている民間人は確実にいると考える。
もし何かの拍子で倒れたら二次被害は甚大だ。
多少無理をして引き摺ってでも川に誘導しなくてはならない。
怪猫は明らかに興奮状態だった。
突然、目の前に現れた私に対して口を開けて威嚇を繰り返した。
ぐにゃあぐにゃあ、と変な鳴き声だ。
余り刺激したくはないが動きを止められるのが私しかいない以上、早めに行動に移る必要があった。
拘束用のワイヤーを受け取り、怪猫に近づく。
まずは噛みつかれるのを防ぐために顎から頭にかけて巻くのを狙った。
幸い相手の首の可動域は狭い上に瓦礫が邪魔して思うように動けていない。
第一段階は容易か、と思われた瞬間、
硝子を引っ掻くような不快な高音が私の鼓膜を揺さぶった。
頭が割れそうなほどの痛みと体が震える程の振動。
まったくの想定外。怪猫は超音波を持っていた。
自衛隊員も次々と倒れ、周りの家屋からガラスの破砕音が聞こえる。
早く止めなければと耳孔を押さえつつ必死に猫を視界にとらえた瞬間、私の倍以上の巨体が覆い被さろうとしてきていた。
超音波によって瓦礫が崩れ、自由に動けるようになったのだ。
まずい、と思うより先に私は怪猫に押し倒され、そのままの勢いでフェンスをなぎ倒し、石垣を転がり川に落ちた。
つくづく地形に助けられた、他の民家を倒壊させなくて本当に良かった。
だが全方向からあらゆる痛みを受けた為、立つのに時間がかかった。
怪猫は私から数メートル離れているが逃げる気配はない。
私を敵と認識して攻撃態勢に入っていた。
奴が他に意識を向けなかったことに感謝した。
だがワイヤーを落としてしまったのは痛かった。
もう一度超音波を使われることを警戒したが喉に何か詰まっているような咳をするばかりで、恐らく時間がかかる攻撃方法だと判断。
先手必勝、撃たれる前に鎮圧する。
放射器官を開き、熱光線を発射。狙いは的の大きい腹部。
命中。怪猫が悲鳴を上げ、血と脂の焦げる臭いが私にも届く。
5秒ほど照射して、停止。
一応これ以上撃てるのだが酸素をギリギリまで消耗するような撃ち方は自身の生存率を下げると指導され実戦での一発分はこの秒数に留めている。
闇の中でもはっきりと怪猫の腹が焼け爛れ煙を吹いているのが分かる。
続いて私から威嚇の為の咆哮。
大抵はこれで相手が戦意を喪失する。
が、怪猫は予想以上にガッツがあった。
何と私に対して特攻をかけてきたのだ。
二発目は間に合わない、咄嗟に避けて尻尾で足を引っかける。
怪猫は一瞬浮かび、派手な着水音と振動を立てて川底に倒れた。
訓練の賜物だ。
そのまま組み伏せる為に跳び付いたが、腹ばいに倒れた怪猫は必死にもがき私を引っ掻き、肩にも噛みついてきて、抵抗する。
色んな部位の鱗が剥がれて血が噴き出す。
私も負けじと相手の体に爪を立てたが予想以上に脂肪が分厚くて奥まで届かない。
明らかに体格で負けているので引っ繰り返されたら勝ち目がない。
噛みつかれたままの左肩がみしみしと軋み始めている、長期戦は危険だ。
最早、手段は選んでいられないと私は怪猫の顔に貫手を叩き込んだ。
柔らかな感触と喉を絞るかのような絶叫。目を抉ったのを確信した。
その瞬間、腹部に衝撃が走る。怪猫の蹴りだ。
私は空中に吹っ飛び数秒後、川に落っこちた。
衝撃で意識が飛びかけるが、根性で正気を維持。
無理やり呼吸し酸素を体内に取り込み、立ち眩みしながらも直立出来た。
怪猫は逃走を図ろうと石垣に手を伸ばしもがいている。
迷うことなく背中に熱光線を叩き込むが、怪猫はしぶとく、逃れようと手で石垣を削り続ける。
私は5秒を越えても尚、撃ち続けた。ここでは止めては逃げられる。
はたして10秒たったところで猫はずるずると川にずり落ちた。
私もいつ気絶してもおかしくなかったが、まだ仕事が残っている。
怪猫に近づき、その太い首に私の尻尾を巻きつけ、めいっぱい締め上げた。
最後の抵抗で尻尾の鱗も何枚か剥がされた上に途切れ途切れに高音が聞こえる。
もう一度、超音波を撃つつもりだろうが絶対に緩めるわけにはいかない。
次第に相手の力が弱まり、やがて完全に気を失った。
怪猫、沈黙。
川岸からは歓声が上がった。民間人達がスマートフォンを向けて喜んでいる。
いやそんな暇があれば逃げてくれ、頼む、本気で。
超音波の被害は大丈夫だったんだろうか、と色々気が回るようになってようやく全身の痛みがずきずきと顕在化し始めた。
戦闘中はアドレナリンが出ていたのだろう。
正直、ぶっ倒れたかったが仕事はまだまだ終わらない。
替えのワイヤーで今度こそ怪猫を完全に拘束。
石垣の上まで重すぎて運べないし、重量オーバーでトレーラーも無理。
結局、船と私で川の中を引っ張り、海の近くまで持っていった後、予め待機していた収容船に押し込んだ。
そこまでやってようやく終了。
船頭さん達に感謝を述べて別れた。本当に船の入れる川で良かった。
私一人なら本当に力尽きてたところだ。
実際、トレーラーに乗ったところで意識が途切れた。
気が付いた時は自室の格納庫で博士と助手の皆さんに治療されていた。
博士に挨拶し怪我の状況聞くと、中々手ひどいやられ方をしていたようだ。
特に左肩は骨が割れており、暫く療養に専念する羽目になった。
かなり硬い部分だというのに恐ろしい程の顎の力だ。
まあ私は再生能力が高いので、元に戻るまでそんなに時間はかからないだろう。
というわけで暇な身でだらだらとタブレットを叩き、この報告書を書いているわけだが、条例で決まっているからとはいえ基本生け捕りというのは本当に大変だ。
まあそうしないと一方的な怪獣駆除が横行する原因になるから仕方ないのだが。
法律設定の難しさが身に染みる、文字通り骨身に。
あの怪猫について色々言いたい事もあるが、取り敢えず今はもう休みたい。
どうせ時間はあるんだから私的な考察は明日以降の報告書に回そうと思う。
改めて、本当に疲れた。
追記:
怪猫はグニャーと名付けられたそうだ。
鳴き声で決めたな、いやまあいいんだけどさ。
コメンタリ:
コ「あああー、思い出しくないくらいキツかったやつだこれー。全然、任務が終わんないの(泣」
は「現場、相当事後処理かかってたらしいねぇ。もうねぇ、君がこっちに運ばれてきた時『うわっ』って言っちゃったもん。よく生きてたよホントに」
コ「まあ戦闘になると大体どっか怪我しますけどね。あ、そうだ怪我といえば二次被害についてですけれども、ガラス関連で被害に遭われたた方々。この場をお借りしてお詫びいたします。本当にすみません」
は「んー、これに関しては予想外だから何ともなぁ。怪獣って本当に外見からは想像もつかない能力を持っていますので、もし皆さん遭遇したら全力で逃げて下さい。よろしくお願いします」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます