報告書.4

 5月24日

 前日提出分に引き続き廃工場における作戦についての報告する。


 我々の前に姿を見せた怪獣を一言で言うと、

 巨大な猿だった。

 正確にはオラウータンに似ていた。

 コンクリートの床に引きずるほどの白い体毛はススで薄汚れており長時間なんら手入れされていないものと思われる

 顔は黒く、距離や光量の少なさもあって表情を伺うことは出来なかった。

 同行の両名に本隊への報告と臨戦態勢の維持をお願いし、私から怪猿(仮称)へコミュニケーションを取ることにした。


 まずは自分を指差し、ゆっくりと『コゲラ、コゲラ』と繰り返す。

 目立った反応は無し、言葉は通じないらしい。

 だが顔の向きから見て、私に注目しているようではあった。


 ならば、と接近を試みる。

 両手を顔の横に上げて、何も持っていないことを示すポーズを取りつつ、ゆっくりと怪猿に向けて足を進める。

 書いていて気付いたが怪獣の私がこのポーズを取っても特に意味はないし、相手だって訳が分からなかったのではないだろうか。

 人間らしさを失わぬよう日々努めてはいるが、だからと言って場に適した行動を取れないのは問題だ。

 怪獣に対する初期対応の再考と練習をする必要がある。


 話を戻す。

 怪猿との距離は20メートル程になったが、対象は動きを見せない。

 テリトリーに勝手に侵入したのだから、威嚇くらいはしてくるのではと覚悟していたが敵意や戦意も一向に感じられない。

 目を凝らし、細かな表情や体格を観察するにつれ、私は理解した。


 余りにも細過ぎるのだ。

 毛で覆われていて分かり辛いが全身の骨が浮き出て皮が垂れ下がっている。

 表情には脅えが見え、まるで全力疾走後のような荒く短い呼吸を繰り返している。

 著しく栄養が足りていない。


 怪猿には威嚇する気力も逃亡する体力も残っていなかったのだ。

 すぐさま本隊に連絡し余りのレーションと補給用の水を要請しようとしたところ、

 人間の子供の声が聞こえた。

 あり得ない、避難は完了したはずではという私の疑問は驚きに取って代わられた。


 なんと怪猿の背後から人間の子供が姿を現した。

 男児2名、女児2名、計4名。

 彼らは怪猿のすぐ目の前に並び立ち、私に言葉をかけてきた。


『お願いコゲラ!ゴリタンを助けて!』


 脳内で優先すべき事項を瞬時に切り替える

 中条さん緒方さんと共に、子供達に怪猿から離れるように指示を出したが、子供達は頑として動こう事はしなかった。

 怪猿(ゴリタン?)はそんな彼らをじっと見下ろしていた。

 心なしかこの時だけは息の荒さが収まったように見えた。


 とにかく状況の理解と整理が必要と感じた私は再度本隊に連絡。

 次に子供達に対し、ここで何が起こっているのかを問いかけた。

 どの媒体で私の名前を知ったのかは定かではないが救助を頼んできたということは、私の役割についても理解しているはずだ。


 はたして子供たちの中でリーダー格と思われる男児が、私達に知っていることを説明してくれた。

 以下、得られた情報を書き出してみる。


 ・怪猿の名前はゴリタン。彼らがつけた名前であり本名は不明。

 ・性格は大人しく、素早い動きは行わない。

 ・子供達に対しても危害は加えず、持ってきたお菓子などは何でも食べた。

 ・廃工場は元々秘密の遊び場だったが、数か月前(今までバレなかったとは!)にゴリタンが棲みついているのを発見。次第に交流する様になった。

 ・最近、体調が思わしくない。


 貴重な情報を得られたことに感謝を告げる。

 ここで本隊が到着。ゴリタン(もうそう呼ぶことにした)を刺激しないように、まずは食べ物を与えて彼と友好関係を築き、かつ子供達の安全を確保したいと提言。

 隊長から許可を得て、まずは子供達に私の目から見たゴリタンの状態を説明。


 レーションと水を与えたいのでゴリタンから離れて大人の近くにいてくれと子供達にお願いしてみる。

 何度かのやり取りを必要としたが、ゴリタンの生命がかかっていることを強調すると最後は折れてくれた。

 我ながら卑怯な言い回しだったと思う。


 中条さん達が子供達を保護したのを確認してゴリタンに接近する。

 意外なほどあっさりと彼の目の前まで来れてしまった。

 子供達との会話を見て、私が悪意を持った者ではないと判断したのだろう。 

 目の前に差し出されたレーションを始めは不思議そうに見つめていたが、私が一口齧ったことで、それが食べ物であることを理解したらしい。

 しわしわの両手で受け取るとゆっくりと食べ始めた。

 時おり水筒を目の前に出すと、中身を飲んでくれた。


 何とか命を繋げられたと思う、が問題はここからだ。

 ゴリタンを連れて行かなければならない。

 ヘッドセットで子供達への説得を任せて欲しいと申し出る。

 根拠は無かったが私がやらなきゃならない、そう思った。


 水筒とレーションをゴリタンに持たせて、子供達のところへ近づくと彼らの前で私は膝をついた。

 もちろん何かあった時にすぐさま動けるように爪先は立てておく。

 怖がらせないように身長差を縮めたつもりだったが、子供達の反応を見る限り焼け石に水の努力だったと言える。


 覚悟はしていたが説得は長引いた。

 詳細は省くが子供達の言葉には私が誇らしいと思ってしまう程の友情に溢れていたことをここに記しておく。

 だが彼らではゴリタンの命を維持出来ない。

 私自身も非情に思えたが、それが事実なのだと告げるしかなかった。


 最終的に子供達は泣きながらゴリタンの移送を了承した。

 それは半永久的な別離を意味していることは幼い彼らでも理解出来ていたはずだ。

 ゴリタンも言葉は分からないながらも状況を察してくれたようだ。

 非常に頭がいい、いずれもっと複雑なコミュニケーションも取れるかもしれない。


 栄養不足で上手く歩けないゴリタンの為に私は手袋を付け直し、補助としてトレーラーまでの移動を手伝った。

 子供達は自衛隊員の方々に守られながら後ろからついてきている。


 私とゴリタンを彼らはどんな目で見ていたのだろうか。

 結局最後まで、怖くて振り向けなった。

 外に出ると既に日が落ちかけていた。

 どうやら交渉に随分と時間をかけてしまったらしい。


 待機していた隊員達に混じって恐らく両親と思しき人々が見えた。

 涙を流して我が子の名前を叫んでいたが、子供達は誰一人として親の元へは駆けよらなかった。

 多分ゴリタンの姿を目に焼き付けていたのだと思う。


 彼らは本当によく頑張った。

 小さな体一つで、沢山の大人達に囲まれても、何倍も大きな私やゴリタンに真正面から向き合ったのだ。

 工場内にはお菓子の袋が沢山散乱していた。きっと安くは済まなかっただろう。

 間違いなく彼らは本気でゴリタンを救おうとしていた。


 そんな大切な友達を大人の力で奪い取る形になってしまうのは必要なこととはいえやるせない。

 だが怪獣は怪獣。どんなに安全に見えても危険性は常に付きまとう。

 その事は私が一番よく分かっている。


 私は彼らの中でゴリタンを連れて行った憎い怪獣になるのかもしれない。

 もしそうなら、それで構わない。

 ただこれだけは忘れて欲しくないとトレーラーに乗り込む前に、珍しく私は心のままの声を子供達にかけた。


『君たちはゴリタンの為に日が落ちるまで粘った。この時間は君達の誇りだ。誰から何と言われようと胸を張って友情の為に闘ったと言ってくれ!』


 自分でも何故そんなことを、と少し後悔している。

 子供達の両親の前で勝手なことを言って、また批判材料にされるかもしれない。

 それでも(最後まで振り向けなったが)子供達がこれから大人達から何と言われるだろうか、そしてどんな大人に育っていくのだろうか。

 それを思うと言わずにはいられなかった。


 トレーラーが閉められ発進した時、微かに子供達の声が聞こえた気がした。

 ゴリタンも少しだけ顔を上げ、低く泣くように呻いた。


 ゴリタンは現在、私と同じ基地で治療を受けている。

 十分に回復したら然るべき手続きの後、別の基地へ移動になるだろう。

 それまでにもう一回くらいは顔を合わせておきたいものだ。


 今どう呼ばれているのかは分からないが、せめてゴリタンが正式名称になってくれれば、まだ子供達の想いは報われるでは。

 そんな勝手な願いを抱いている。


追記:

さっき博士に聞いたら正式にゴリタンになったらしい。

良い名前だと思う。



 コメンタリ:

コ「後から見返すと何でこんなに熱くなっちゃんだろうなぁと。私見も多いしどこが報告書なのかと」


は「この時も言ったけど、あくまで体裁がそうであればいいだけで君が好きに書いてオッケーなんだよ。君が書きたくて書いてるわけだし」 


コ「ありがとうございます。本当に苦しかった。でも野放しは絶対駄目です。私だって10トンですからね。寝返り打った先に誰かいたらって考えたら。故意でなくても、そういうことが起こっちゃうんですよ怪獣って」


 は「ね。子供は特に危険性とか考えずに登っちゃったりするから」


 コ「仲良くすればいいってわけじゃない。けど彼らは間違ったことをしていたわけじゃないとも思うんですよ。本当に色んな意味で忘れ難い想い出です」

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