信仰

「4本の直線を組み合わせただけで、それは記号として成立するんだ。分かるかい?」

「はあ」

 よくわからないまま相づちを打つ。この人はいつだって、難しい話をしてくる。

「仮にこの線が一本欠けたとする。するとどうだ、これは境界ではなくなってしまうんだ。大変面白い仕組みだろう。更にこうして一本ずつ直線を減らしていくと…最後には非常に単純で応用が利くものになる。分かるか?」


 地面に描かれた図形。ぼくはその意味を理解するのに精一杯だ。


「これが私だ。こう在らねばならない私だ。この記号は、私にとってそれだけ重要なものなんだ」


 だから、と一呼吸おいて、この人はぼくに告げる。


「私をどうか忘れないでくれ。忘却されただけで揺らいでしまう。それだけ私は脆い存在なんだ」


 何故だか、ぼくはなにも言えなくなってしまった。


「返事はしなくていい。どう動くかはお前次第だ。いいんだ、ずっと私はそうしてきた」


 さあ、家に帰る時間だ、とあの人は言った。ぼくはただうなずくことしか出来なくて、言われるがままに境界を超える。


「ああそうだ、お前達が私を覚えている限り、いつだって私はここに在るからな。それも覚えておいてくれ」


 さいごの言葉は秋風にかき消されて。



 さよなら三角また来て四角。

 異界の扉は開けたまま。

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