第19話 私を助けて
それはその日、羽鳥先輩の家から帰って来てから起こった。
何時もの様に菜美にモデルにさせられたり問い詰められている時。
インターフォンが鳴ったのだ。
裕子さんが表に出ると.....何故か羽鳥先輩が着の身着のままで居て。
俺達に少しだけ控えめに笑みを浮かべていた。
「.....ごめん、今晩だけ泊めてくれると助かる。良いかな」
ゼエゼエ言いながら必死に絞り出した様な.....その言葉に俺は.....察した。
何を察したかと言えば.....多分。
無我夢中で家を飛び出したんだろうな、と思って。
そして緊急性が有るな、と思った。
裕子さんが唖然としながらもハッとして俺に指示を出す。
「.....えっと.....和彦くん!.....お風呂に案内してあげて!この子、泥だらけだし.....足も服も全身も.....!」
「.....はい!」
そして先輩を案内する。
確かに足が裸足だ。
赤土が付いている感じ。
つまり.....靴も履かずに逃げて来たという事か?
ちょっと待て、一体どういう状況になっているんだ.....?!
「.....お兄ちゃん......」
「お前は取り敢えず救急箱が必要だから出してくれ。怪我してる」
「.....分かった!」
菜美は直ぐに救急箱を持って来る。
此処まで深刻な状況になるとは一体......何が起こっているのか。
後で聞いてみようと思いながら。
先輩を風呂まで誘導した。
☆
「.....いやー.....唐突にごめんね。本当に」
「.....はい」
「.....」
先輩は風呂から直ぐに上がって。
申し訳無さそうな感じで俺達を見ていた。
裕子さんは羽鳥先輩の服を洗濯しているので.....俺の服を着ている。
その様子を見ながら.....俺は先輩に改めて聞いた。
「.....何が起こっているんです?」
「.....簡単に言うとね。私の兄貴が里帰りで帰って来た。それで.....ちょっといざこざになってね。チヤホヤされている兄貴なんだけどね。嫌気が差して飛び出たんだ」
「.....」
羽鳥先輩は.....苦笑する。
兄妹間の......争いか、思いながら.....俺は眉を顰めた。
というかそれは違うか。
兄妹間の.....差だな。
「.....兄貴と比較されるんだ。私ね。才能の良し悪しを。だからもう嫌になったから。本当に嫌になったから。心底うんざり」
「.....そうなんですね」
「.....うん。馬鹿親だよね。本当に。私は.....ただ.....」
と言いながら涙を浮かべて羽鳥先輩は涙を流した。
そしてその滴が床に落ちる。
ご、ごめんね、と言いながら、だ。
菜美が.....申し訳無さそうに聞く。
「.....何でそんなに?」
「.....それはつまり、私が何故、比較されているのか?という事かい?」
「.....はい」
「.....私の家は.....簡単に言えば社長業だね。頭が良い人じゃ無いとなれないそうだから。だから兄貴が優先されるんだ。あの人は.....ハーバード大学に行っているから」
それで.....私は.....まぁ落ちこぼれ。
そんな感じだね、と自虐気味に笑う、先輩。
俺は.....たったそれだけの事で先輩を切り捨てるなんてと思ってしまった。
なんでそんな非道な真似が出来るのだろう。
良し悪しなんて.....そんな非道な。
「.....まあうちはうちだからね。こんなもんでしょ。でも私は.....もう二度とあの家に戻るつもりはないね」
「.....そう.....なんですね」
「.....それも人生だと思うから。もう決意したよ。あの家から出る」
「.....」
でもちょっとだけ泊めてほしかったからね。
と笑みを浮かべる羽鳥先輩。
しかしこの先どうするつもりなのだろうか、この人は。
思いながら.....見つめる。
すると裕子さんが背後で聞いていて.....言った。
「.....でもそれも人生だね」
「.....裕子さん?」
「君、もし良かったら暫くうちに居る?あはは」
「.....ですが迷惑が掛かりますから」
羽鳥先輩は.....苦笑した。
じゃあ聞くけど、貴方は行く場所は有るのかな?
と裕子さんは顔を真顔にして真剣な眼差しで.....言う。
そして立ち上がって.....まさかだった、羽鳥先輩を抱き締めたのだ。
「.....え、ちょ」
「.....大丈夫。大人を頼りなさい。貴方は子供なんだから」
「.....」
裕子さんに縋る先輩。
そして.....涙を流して嗚咽を漏らした。
俺は.....その姿を見ながら菜美を見つめる。
菜美は頷いていた。
そして裕子さんは腰に手を当てる。
「よし、となると。先ずは.....取り敢えず嫌かもしれないけど羽鳥ちゃんの家に電話だ」
「.....あ、私が.....晴子さんに連絡します」
「ん?晴子さん?」
羽鳥先輩は携帯を取り出す。
その側で晴子さんっていうのは.....と俺は解説する。
裕子さんは見開いてすっごい!と言う。
マジにすっごい!、と、だ。
そして羽鳥先輩を見る。
「え、じゃあ本当にお金持ちなんだね」
「.....はい。一応はです」
「.....ふーん。でもまあ.....お金に目が眩んでそれで娘を放置する家は嫌いだけどね」
「.....裕子さん.....」
娘はどんなにお金が有ってもかけがえの無い存在なのにね、と言う。
それから.....羽鳥先輩の手を握った。
そして真っ直ぐに見据える。
「この家に暫く居なさい。ね?」
「.....はい.....」
涙を拭う、羽鳥先輩。
そして羽鳥先輩と同居生活が始まった。
俺は.....不思議な世界が回り出したな、と思いながら。
後で祭にも言っておこうと思った。
「後で和夫さんも帰って来るね。説明しないと」
「.....でも了承してくれるでしょうか?」
「.....大丈夫だと思うよ?あはは」
相変わらずの笑顔で裕子さんは話した。
それから.....うんうんと頷く。
全く.....この家は.....。
と思いながらも嬉しくて笑みが溢れた。
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