第19話 私を助けて

それはその日、羽鳥先輩の家から帰って来てから起こった。

何時もの様に菜美にモデルにさせられたり問い詰められている時。

インターフォンが鳴ったのだ。

裕子さんが表に出ると.....何故か羽鳥先輩が着の身着のままで居て。

俺達に少しだけ控えめに笑みを浮かべていた。


「.....ごめん、今晩だけ泊めてくれると助かる。良いかな」


ゼエゼエ言いながら必死に絞り出した様な.....その言葉に俺は.....察した。

何を察したかと言えば.....多分。

無我夢中で家を飛び出したんだろうな、と思って。

そして緊急性が有るな、と思った。

裕子さんが唖然としながらもハッとして俺に指示を出す。


「.....えっと.....和彦くん!.....お風呂に案内してあげて!この子、泥だらけだし.....足も服も全身も.....!」


「.....はい!」


そして先輩を案内する。

確かに足が裸足だ。

赤土が付いている感じ。

つまり.....靴も履かずに逃げて来たという事か?

ちょっと待て、一体どういう状況になっているんだ.....?!


「.....お兄ちゃん......」


「お前は取り敢えず救急箱が必要だから出してくれ。怪我してる」


「.....分かった!」


菜美は直ぐに救急箱を持って来る。

此処まで深刻な状況になるとは一体......何が起こっているのか。

後で聞いてみようと思いながら。

先輩を風呂まで誘導した。



「.....いやー.....唐突にごめんね。本当に」


「.....はい」


「.....」


先輩は風呂から直ぐに上がって。

申し訳無さそうな感じで俺達を見ていた。

裕子さんは羽鳥先輩の服を洗濯しているので.....俺の服を着ている。

その様子を見ながら.....俺は先輩に改めて聞いた。


「.....何が起こっているんです?」


「.....簡単に言うとね。私の兄貴が里帰りで帰って来た。それで.....ちょっといざこざになってね。チヤホヤされている兄貴なんだけどね。嫌気が差して飛び出たんだ」


「.....」


羽鳥先輩は.....苦笑する。

兄妹間の......争いか、思いながら.....俺は眉を顰めた。

というかそれは違うか。

兄妹間の.....差だな。


「.....兄貴と比較されるんだ。私ね。才能の良し悪しを。だからもう嫌になったから。本当に嫌になったから。心底うんざり」


「.....そうなんですね」


「.....うん。馬鹿親だよね。本当に。私は.....ただ.....」


と言いながら涙を浮かべて羽鳥先輩は涙を流した。

そしてその滴が床に落ちる。

ご、ごめんね、と言いながら、だ。

菜美が.....申し訳無さそうに聞く。


「.....何でそんなに?」


「.....それはつまり、私が何故、比較されているのか?という事かい?」


「.....はい」


「.....私の家は.....簡単に言えば社長業だね。頭が良い人じゃ無いとなれないそうだから。だから兄貴が優先されるんだ。あの人は.....ハーバード大学に行っているから」


それで.....私は.....まぁ落ちこぼれ。

そんな感じだね、と自虐気味に笑う、先輩。

俺は.....たったそれだけの事で先輩を切り捨てるなんてと思ってしまった。

なんでそんな非道な真似が出来るのだろう。

良し悪しなんて.....そんな非道な。


「.....まあうちはうちだからね。こんなもんでしょ。でも私は.....もう二度とあの家に戻るつもりはないね」


「.....そう.....なんですね」


「.....それも人生だと思うから。もう決意したよ。あの家から出る」


「.....」


でもちょっとだけ泊めてほしかったからね。

と笑みを浮かべる羽鳥先輩。

しかしこの先どうするつもりなのだろうか、この人は。

思いながら.....見つめる。

すると裕子さんが背後で聞いていて.....言った。


「.....でもそれも人生だね」


「.....裕子さん?」


「君、もし良かったら暫くうちに居る?あはは」


「.....ですが迷惑が掛かりますから」


羽鳥先輩は.....苦笑した。

じゃあ聞くけど、貴方は行く場所は有るのかな?

と裕子さんは顔を真顔にして真剣な眼差しで.....言う。

そして立ち上がって.....まさかだった、羽鳥先輩を抱き締めたのだ。


「.....え、ちょ」


「.....大丈夫。大人を頼りなさい。貴方は子供なんだから」


「.....」


裕子さんに縋る先輩。

そして.....涙を流して嗚咽を漏らした。

俺は.....その姿を見ながら菜美を見つめる。

菜美は頷いていた。

そして裕子さんは腰に手を当てる。


「よし、となると。先ずは.....取り敢えず嫌かもしれないけど羽鳥ちゃんの家に電話だ」


「.....あ、私が.....晴子さんに連絡します」


「ん?晴子さん?」


羽鳥先輩は携帯を取り出す。

その側で晴子さんっていうのは.....と俺は解説する。

裕子さんは見開いてすっごい!と言う。

マジにすっごい!、と、だ。

そして羽鳥先輩を見る。


「え、じゃあ本当にお金持ちなんだね」


「.....はい。一応はです」


「.....ふーん。でもまあ.....お金に目が眩んでそれで娘を放置する家は嫌いだけどね」


「.....裕子さん.....」


娘はどんなにお金が有ってもかけがえの無い存在なのにね、と言う。

それから.....羽鳥先輩の手を握った。

そして真っ直ぐに見据える。


「この家に暫く居なさい。ね?」


「.....はい.....」


涙を拭う、羽鳥先輩。

そして羽鳥先輩と同居生活が始まった。

俺は.....不思議な世界が回り出したな、と思いながら。

後で祭にも言っておこうと思った。


「後で和夫さんも帰って来るね。説明しないと」


「.....でも了承してくれるでしょうか?」


「.....大丈夫だと思うよ?あはは」


相変わらずの笑顔で裕子さんは話した。

それから.....うんうんと頷く。

全く.....この家は.....。

と思いながらも嬉しくて笑みが溢れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る