エピローグ

プロポーズと決別

 海辺の街――レアルタのレストラン。

 夕方と夜のグラデーションが落ち着き、夜の帳が下りていく。


「なんだか懐かしいわね。この街に来たのはパーティーを組んでまだ間もない頃かしら。クローディアとクロード、元気かな」


「せっかくだから後で会いに行こう。ちょっと用事もあるしな」


「用事って?」


「ん、招待しようと思ってさ」


「招待?」


 少し、緊張している。覚悟はしてきたはずなのに、何故だろう。

 俺は緊張を紛らわせるように席を立ち、チェリーコードの手を取った。

 レストランから少し歩くとビーチがある。

 靴の中に砂が入るのも気にせず、俺たちは波打ち際を目指した。


「君と出会ってからそんなに経ってないはずなのに、もう何年も何十年も一緒にいるような気がするよ」


「何よ、急に。でも、確かにそうかもね」


 夕日が線香花火の最後のように揺らめき、水平線の彼方に消えようとする。もう時間はない。

 俺は立ち止まり、チェリーコードと向き合った。


「俺たち、いいパーティーだったよな。バーサーカーとヒーラー。お互い支え合わなきゃここまで来られなかった」


「そうね。バースには感謝してるわ。あの時、声をかけてくれなかったら今頃――」


「それは俺も同じだよ。君がいなかったらきっと死んでいた」


 見つめ合う。


 ――初めて会った時と同じ瞳だ。


「うまく言えないけど……これからもずっと一緒にいてほしい」


 現実世界で俺の寿命が尽きる時まで、俺はこの世界で死ぬことはないだろう。真実が明らかとなった今、ヒーラーとしてのチェリーコードはもう必要ない。それでも――

 チェリーコードは吹き出した。


「それ、プロポーズのつもり? まあ、飾らないのがバースらしいけどね」


「茶化すなよ。これでも緊張してたんだぞ。それで……答えは?」


「答えならわかってるでしょ。私だって……ずっと待ってたんだから。断るわけないわ」


 平静を装っているが、チェリーコードの頬はうっすらと赤みがかっていた。

 夕日が落ちる。恥じらいの色が隠れ、波のさざめきだけが取り残される。

 確かに、チェリーコードが言った通り答えはわかっていた。この世界は俺の都合で動いている。思い通りにならないはずがない。それでも、チェリーコードの口から答えを聞けてよかった。


「そろそろ行こうか。これから忙しくなるぞ」


「そうね。まずはお母さんに挨拶?」


「い、いいよ、母さんは最後で。どうせ母さんにはわかってるよ」


「そう? じゃあ、私の両親には挨拶してよね。バースのこと、全然知らないから」


「うっ、すっかり忘れてた……娘はやらんとか言われたらどうしよ……」


「心配しないで。きっと許してくれるわ。私を幸せにするんでしょ?」


「……ああ。約束するよ」


 ――ここで俺の無双は終わり。


 ここは俺だけの世界だが、一人じゃない。この異世界は、単なる妄想じゃない。それがわかっただけでも、俺には存在する意味がある。


「さよなら」


 決別の言葉は薄暗い虚空へと消えていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る