正義の執行

 教官の厚意でギルドの屋上から狙撃させてもらえることになった。

 ターゲットは五キロメートルほど離れたビルの最上階。スコープを覗くと、ガラス越しにターゲットの後頭部がはっきりと見える。


「あの男でいいんだよな」


「ええ、間違いないわ」


 双眼鏡を覗きながら答えるチェリーコード。

 魔眼で照準を定める。トリガーに人差し指を添える。


「なあ、チェリーコード。俺は今から人間を殺すんだよな」


「そう、ね。でも、ただの人間じゃないわ。犯罪者よ。あいつのせいできっと何人も死んでいるわ。それでもやっぱり気が引ける?」


「まあ、そうだな。人間を殺すだなんて考えたこともなかった」


 そう、正直俺はビビッていた。

 身体がすることは簡単だ。照準は定めた。あとはトリガーを引くだけ。たったそれだけだ。

 だが、心が簡単にはそうさせない。

 俺には小さいながらも正義感がある。二つの正義感――断罪と不殺生が。

 一人間が人間を裁くなんて、それこそ罪深いことだ。もしそれが蔓延れば世界は混沌としてしまう。


 ――トリガーを引けば、俺はタブーを犯してしまうかもしれない。


「自信はある。一発あれば仕留められる。でもさ、人間の命がそんなに軽くていいのか」


「バース……」


「わからなくなってきた。俺がこれからやろうとしていることはまるで――」


 その先は細い指先が塞いだ。


「何が正しいのかなんて私にはわからないわ。多分、きっと誰にもわからない」


「…………」


「バースは背負いすぎよ。正義なんて背負わなくていいわ。私たちには私たちの目的があって、目的を果たすためには邪魔者を殺さなきゃいけない時もある。それでいいんじゃない?」


 確かに、俺は考えすぎていた。正義を重んじすぎて偽善じみたことを考えていた。

 俺はあくまで一人の人間。短い人生、成し遂げられることは少ない。目的のために手段を選ぶのは余裕がある人間だけだ。俺はバーサーカー、俺に手段を選んでいる余裕はない。

 トリガーの人差し指にぐっと力をかける。


「チェリーコード、君との約束は果たす」


「約束?」


 答えは銃に任せた。


「任務完了だ」

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