363.夕食会

 領主邸に戻るなり執務室でぼけっと過ごしていると、戦闘メイドから来客が告げられた。軍務省のトップを務めるクラウスである。


 艶のない銀色の長髪を後ろで束ねた軍服姿のハイエルフは、未練たらたらというオレの顔を見るなり同情の眼差しを向けた。


「話は嫁さんソフィアから聞いたぜ? 散々だったみたいだな」

「よく言うよ、お前もアルフレッドとグルだったんだろ?」


 一分の隙もない、緻密かつ過酷なスケジュールがそもそもの原因だったのだ。ソフィアたちがかかわっている以上、採掘計画にクラウスも一枚かんでいるに違いない。


 ……と、あまりの恨みがましさから、ぼやきが止まらないわけなのだが。クラウスはクラウスで異論があるようで、ソファへもたれかかると同時に肩をすくめてみせた。


「ご指摘はもっともだが、今回についてはお前さんも悪いんだぜ?」

「なんでだよ」

「俺ぁてっきり、嫁さんソフィアを含めて魔道士の連中を集めたからにゃ、空路で移動するもんだと思ってたわけよ」


 エリーゼだって浮遊魔法が使えるだろう? そう付け加えたハイエルフは、残酷なまでに想像していた仮ルートについて説明してくれた。


「空を飛んで移動するなら、目的地まで半日。採掘工事の日数を加えたとしても、十分に温泉を堪能できたはずだろうが」

「…………」

「陸路で移動するって聞かされた時は、こっちもビックリしたんだぜ? 俺はてっきり、旅路を楽しむのに日数をかけるのがお前さんのポリシーとばかりに思っていたんだがな」

「ないないない。そんなわけないだろう? 空を飛んでいくって発想がすっぽり抜け落ちていただけだって」


 いやあ、そうかあ……。空路かあ……。全っ然、まったく、これっぽっちも思いつかなかったなあ……。


 しかし言われてみればその通りだわ。魔道士たちが同人誌即売会へ行く手段は、浮遊魔法を使っての空中移動だもんな。忘れてたオレにも責任の一端はあるか……。


「まあ、そう落ち込むなって。戴冠式が終わってしばらくすりゃ、状況も落ち着くだろ。それまでに温泉施設を整えておけばいい」


 実際、兎人族が提案を持ちかけてきたそうで、温泉施設の建設と運営を任せてほしいとの申し出があったらしい。獣人族の国の中でも豊かな湯田地帯で生活を送っていた彼らは、農業と同じぐらい、温泉について専門的な知識を持っている。


「アルの奴なんか、乗り気だったぜ。これでますます国庫が潤うとか言ってけどな」

「半分はオレが焚きつけたからな。ま、進める方向で検討しておこう」


 ただし、一番風呂だけは絶対に譲らないという点だけは厳命しておこう、うん。


「わかったわかった。でだ、ここからが本題なんだが」


 よっこらせと立ち上がるクラウスを眺めながら、オレは呟いた。


「なんだ、慰めに来てくれたわけじゃないのか」

「気持ち悪いこと言うなよ。それに、お前さんはそんなタマじゃねえだろ」


 違いないと頷いて応じると、クラウスは今日の夜に来賓邸で夕食会があることを告げて、それまでに身支度を整えておくよう続けるのだった。


「は? 夕食会? 聞いてないけど」

「おう、いま言ったからな」

「いや、そう言う話じゃなくて。誰が参加するんだ?」

「魔道国歌劇団がきたんだよ、二日前に。で、お前さんが戻り次第、歓待の催しを開こうって流れになったってわけだ」


 あちらからはマルグレットやヘルマンニといった魔道国の権力者兼歌劇団の重鎮が、こちらはオレと奥さん五人、それにアルフレッドやクラウスといった要職についている面々が参加することが決まっている。カオルとニーナは留守番だ。


 ちなみにソフィアやグレイスは参加を見合わせるそうで、


「お姉様にぃ会いたくな~い」

「ソフィア様が参加されないのに、私が参加するというのはいかがなものかと……」


 とのことだ。……姉妹仲は割と良好なんだよな?


「おう、それは問題ない。とりあえず嫁さんも疲れてるっぽいんで、カンベンしてやってくれ。原稿の締め切りもヤバイみたいだし」

「それならしょうがないな」


 マネージャーから泣きつかれるハメになっても困るだけだしな。ともあれ、夜までまだ時間がある。身支度を整える前に、カオルの顔でも見てこようかと席を立った瞬間、オレはふと、とあることに思い至った。


「夕食会に歌劇団全員が参加するわけじゃないんだよな?」

「おう、来賓邸に入りきらないしな」

「不参加の団員がいるんだったら、料理なり酒なり振る舞ってやってくれないか? お偉方だけ旨い食事にありつけるとなったら、不満も出るだろう」


 そう言うと、クラウスは軽い微笑をたたえてから応じてみせた。


「心配せずとも、お前さんならそうすると思って、とっくに手配済みだよ」

「そうか、それならよかった」

「もっとも、これはニーナの嬢ちゃんの入れ知恵でな」

「……?」

「『兄様ならそうなさるはずです』って力説されてよ。お前さん名義で頼んでおくよう念を押されたんだわ」


 そうか、ニーナが気遣ってくれたか。いやはや、あの年齢でそういった配慮までできるとは、天才少女恐るべしだな。


「俺としてはむしろ、お前さんの配慮と、それを理解していた嬢ちゃんの信頼関係に驚くわけだがな」

「そうかあ?」

「歓待に加わらない同行者の面倒なんざ、普通はしないもんだぞ」

「招待しているのはこっちだからな。お客さんには変わりないだろう?」


 だったら、皆同じようにもてなすべきだ。持論を展開した矢先、ハイエルフの軍人は何度か頷き、それから軽口を叩くのだった。


「なんだかんだ、王としての自覚が出てきたじゃねえか、タスク。配下もそれを理解しているみたいで、兄として嬉しい限りだぜ」


***


 夜になり、来賓邸の応接室を兼ねた食堂には、着飾った人々が次々にその姿をあらわした。


 夕食会はかなり格調じみたもので、開始に先立ってのスピーチもそれなりのことを話さなければいけない。他国の要人を迎えるとあって予想はしていたのだが、苦手というよりも面倒である。これが身内だけだったら、「楽しくやってくれ」の一言で済んだんだけどね。


 とにかく、歌劇団を歓迎する旨と、戴冠式に先立っての訪問を嬉しく思う……などなど、当たり障りのない内容を極力コンパクトにまとめることに。王になろうが、スピーチは短くありたいものだ。


 対する歌劇団からはマルグレットが代表して歓待に際して厚く礼を述べると、旋律を奏でるかのように流々とスピーチを始めるのだった。


 さすがは歌劇団の元トップスター。短すぎず、かといって長々としない名士っぷりは堂々としたもので、給仕に忙しい戦闘メイドもうっとりとした眼差しを送るほどである。


 やれやれ、いつかはオレもこんな感じに振る舞えるようになるのかね? ささやかな疑問を抱きつつ乾杯を済ませると、テーブルの上には次々と料理が運ばれるのだった。


「タスク様、いえ、陛下とお呼びすべきですね」


 凜とした表情に柔らかな笑みをたたえて、隣の席のマルグレットが口を開いた。


「いえ、戴冠式まではいままで通り。どうぞ気楽になさってください」

「そういうわけにはまいりません。これ以上ないほどに立派なオペラ座と滞在するための施設まで整えてくださった上、気楽にするなど罰があたります」

「そう仰らず。長い付き合いになるのですから、これからも仲良くやっていきましょう」

「お心遣い、痛み入ります。団員たちも、タスク様から差し入れを喜んでおりました。重ねて御礼申し上げます」


 お礼ばかり言われても心苦しいので、オレはワインを勧めるのと同時に、さりげなく話題を転じるのだった。


「二日前に到着されたとか。慣れない土地で不自由はありませんか?」

「ご心配には及びません。アイラ様をはじめ、奥方様にはよくしていただいておりますので」

「アイラが?」


 チラリと視線をずらした先では、ドレスアップにメイクを施したアイラがいて、静かに料理を楽しんでいる。着飾る機会が来るたびに、不平と不満を漏らしていた人物と同じには思えないな。


「奥方様の中でも、特にアイラ様にはよくしていただいております。不都合があれば申し出るようにとも仰ってくださって」


 はぁ、あのアイラがねえ? 本人の中で王妃の自覚が芽生えてるってことなんだろうなあ。なんだろう、その成長に大きな喜びと、ほんのわずかに寂しい気持ちを感じるけれども。これが大人になっていくってことなんだろうなあ。


 感心の眼差しを猫人族の妻に向けていると、アイラはほんのわずかに頭上の猫耳を動かし、それからこちらを見やってニヤリと不敵な笑みを浮かべるのだった。


 前言撤回。あれはあれで何か企んでいるのだろう、きっと。ちゃんとやったから、ご褒美におやつくれとか、そういうことを言い出すに違いない。


 表情を隠すように、ワイングラスを口元へ運ぶ。すると、マルグレットはナプキンで口を軽く拭いてから、改めるように呟いた。


「感謝の気持ちというわけではないのですが」

「……?」

「返礼として、歌劇団の公演をお披露目できればと存じます。いかがでしょう、タスク様。明日、オペラ座までお運び願えませんか」

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