362.温泉採掘(後編)
源泉が近い証拠だろうか? もう少し掘り進めれば、目視でわかる程度に水が湧き出るかもしれない。
すっかり息を吹き返したオレは、張り切って採掘作業を再開した。そして五分も経たないうちに、泥水状のそれを掘り当てたのである。
地下水と明確に異なるのは、熱を含んでいたということだ。手で触れた瞬間、ぬるく感じるそれは、井戸を掘り当てた時とまったく違う――間違いない! 温泉だ!
会心の笑みをたたえながら、やったぞと喜びの声を上げる。すると、声が地上にまで響いたのだろうか、地下から見える空を覆うようにしてベルとエリーゼが顔を覗かせた。
「た、タスクさ~ん! 大丈夫ですか~!」
「タックーン! 温泉見つかったあ!?」
「お~! 掘り当てたぞぉ! ペーター老師と確認したいから、一度引き上げてくれぃ!」
そうして引き上げるサインを送ったオレは、コップを取り出すと、なるだけ泥が混じらないように水を汲み取ってから、地上へ戻るのだった。ぬか喜びで終わらないためにも、専門家の見解を聞かなければならない。
地上ではオレが掘り進めた
クンクンと鼻を近づけ、水に指をつけて舐め取ったペーターは、じぃっと目をこらしてコップの中を見やった。見るだけで温泉かどうかがわかるのだろうかと思っていると、ペーターは再び匂いを嗅ぎ取ってから、水を舐め取ってウンウンと頷いてみせる。
ああ、やっぱり匂いと味が大事なんだな。そんな風に考え直していた矢先、ペーターはくるりと振り返り、オレを真っ直ぐに見やって呟いた。
「間違いなく温泉です。いやはや、見事に掘り当てられましたな」
「老師が的確に場所を指示してくれたおかげですよ。オレは掘り進めただけに過ぎません」
そう応じたものの、心の中でオレはガッツボーズをするのだった。よし、よしっ! これで夢の温泉ライフに一歩近づいたぞ! あとは分解して運び込んだ汲み上げポンプを組み立てて、掘り進めた穴に差し込めばいい。
汲み上げポンプは翼人族の手によって作られたもので、クラーラが指導した水道技術を応用している。
本来は農作業用の地下水の汲み上げに使うのだが、以前に試作品として使用していたものを融通してもらったのだ。木管とはいえ耐久性もお墨付きで、翼人族は「あと数十年は問題なく使用できますよ」と胸を張っていたのだが、温泉は様々な成分が含まれているから油断できない。
メンテナンス込みで、こまめにチェックする必要があるだろう。とにかく取り扱いは慎重にしなければ、と、そんなことを考えていると、突如として野太い声が響き渡った。
「我が
声のするほうに視線を送ると、『黒い三連星』であるガイア・オルテガ・マッシュが、長々と伸びたパイプを肩に担いでいるのが見える。さながらドムがジャイアントバズーカを抱えるようにも見えるなとか、そんなことを思いつつも、汲み上げポンプを抱えているワーウルフたちにオレは声をかけた。
「それ、汲み上げポンプだよな? いつの間に組み立ててたんだ?」
「なぁに、我が主が地下を掘り進めている間、作業をしていただけのことですぞ」
なるほど、準備は万全ってことか。それはいいとして、三人ともそんなに長いパイプを抱えてどうしようっていうんだ?
「決まっているではありませんか!」
「左様、組み立てたからには設置しなければ!」
「しからば、その役目、我ら『黒い三連星』にお任せいただきたく!」
言うやいなや、オレが掘り進めた穴に向かって走り出すワーウルフたち。いやいやいやいやいや! ちょっと待て! その穴むちゃくちゃ深いぞ!?
止める間もなく、高々と飛び上がった三人は、おそらく考えていたのであろう必殺技のようなかけ声とともに穴へと飛び込んだ。
「「「「ジェットストリームアタ~~~~~~ック!!」」」
……いや、オレが教えるわけないじゃない。だって死亡フラグだもん。教えるなら「お、おれを踏み台にしただとぉ!?」までセットにして教えるわ……じゃなくって!!
ええ!? 飛び込んだ!? マジで!? 正気の沙汰じゃないと穴のすぐ近くまで駆け込もうとしたのもつかの間、地下から真っ直ぐに伸びたパイプが地上に突き出たのと同時に、ワーウルフの声が届くのだった。
「無事に到着しましたぞ~!」
「設置を終えたので、これより地上へ戻りもうす!」
「ロープなどは不要ですぞ! よじ登って帰る故!」
で、のっしのっしと穴をよじ登って帰ってきた『黒い三連星』には、かすり傷ひとつも見当たらないわけだ。う~ん……、改めて思うけど、どうかしてるわ、この人たち。
アレだもん、パイプのほうを心配するレベルだもん。飛び込んだ衝撃で、どこかひび割れたんじゃないかと不安になったが、どうやらこちらも大丈夫らしい。くれぐれも無茶はしないでもらいたいなあ。
なにはともあれ、だ。
これで温泉を引く準備は整った。あとは源泉をためる場所と、浴槽となる露天風呂を
更衣室や休憩所も、さほど時間をかけずに構築できるだろうし、これは久しぶりに腕がなるぞぉと張り切っていると、グレイスとソフィアが口を開いた。
「いえ、タスク様。それは叶いません」
「タイムアップってやつだよぉ、たぁくん」
……は? タイムアップってなにが?
「タスク様が作業に臨まれるにあたり猶予期間をもうけておりましたが、いましがた終了を迎えました」
「到着がぁ、あと一日ばかり早かったらぁ、温泉に入れてたかもしれなかったけどねぇ」
ツインテールの魔道士は、無念とか悔しさとかそういった要素を微塵も感じない口ぶりで「残念残念☆」と付け加えてから、見た目にそぐわない怪力でオレの肩をガッシリとつかんだ。
「それじゃあ、領地に帰ろうかぁ?」
「嘘だろ?」
「大マジだしぃ。クラウスさんからもぉ、ちゃんと連れて帰るよう言われてるんだからねえ」
あんの野郎……。珍しく口を挟まないと思ったら、裏でアルフレッドと口を合わせてたのか……!?
「嫌だ! オレは絶対に温泉に浸かってから帰ると心に決めて……!」
「浴場をこしらえたとしても、湯が貯まるまでに三日はかかりますぞ?」
無慈悲なペーターの一言が、魔道士を含めた同行者たちの結論を一致させた。
「ふ、三日もかかると、た、戴冠式の準備に間に合いませんよ」
「アハッ☆ それじゃあ、帰るしか選択肢はないね、タックン♪」
「国王となられた暁に、また来られるのが最善でしょうな!」
「施設を作っておくよう、我々も指示を出しておきますから」
限りなく拘束に近い様相で、オレを取り囲んだワーウルフたちは、そのまま帰路につくのだった。おいおいおい、シャレになってない! これシャレになってないって!
「お~ん~せ~ん~~~~!!!!!!!」
……そんな叫びもただ虚しく、こうして温泉採掘を終えたオレたちは、満足のうちに帰還したのだった。ただ一名が抱える不満を除いて……。
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