361.温泉採掘(前編)

 ペーターによると、目的の場所は洞窟から東に二百メートル先で、眼前に広がる鬱蒼とした樹海を前にオレは軽くため息を漏らした。


 あるのは獣道がやっとといった感じで、人が通れるようなところはない。こんな状態の中、ペーターはどうやって泉源を見つけたのだろうか? ささやかな疑問を抱きながら並び立つ兎人族に目をやると、ペーターは両手に金属棒を握っているのだった。


「……ペーター老師、それはいったい?」

「温泉探しにはこの金属棒を使うのですよ。精霊神の導きにより、水脈があるところに反応して棒が動くのです」


 ダウジングじゃねえか。それで温泉探し当てちゃうの? ……マジで? 疑いの眼差しを投げかけるオレに、ペーターは胸を張って応じた。


「ご懸念はもっとも。しかしながら、私はこの方法で温泉を探し当ててきました。どうぞご心配なく」


 その的中率、驚異の九割超え。精霊神の導き半端ないっすね? まあ、温泉が見つかるんだったらそれでよしとしよう。


 ともあれ。


 問題はどうやって二百メートル先まで進むかということで、ここはやはり、エリーゼお得意の風の精霊魔法で樹海を切り開いてもらうしかないかなと考えていた矢先、ツインテールの魔道士が口を開いた。


「ここはやっぱりぃ、アタシの出番かなぁ」


 ……超絶爆炎延焼魔法なら丁重にお断りしたいのだが。そんな態度が顔に出ていたのか、そばかすの残る顔にいたずらっぽい笑みを浮かべて、ソフィアは応じる。


「ああん、たぁくんってばぁ、この前の話を真に受けてる感じぃ?」

「辺り一帯吹き飛ばすんだろ。冗談を言ってるようには思えなかったぞ」

「ウィットに富んだジョークじゃなぁい。実際にはそんなことしないわよぅ」


 いいからちょっと見ててぇと続けて、ソフィアはオレたちの前に進み出た。そして両手を真っ直ぐに伸ばし、ブツブツと呟き始める。


「眠りし風、大地の息吹。光と炎の精霊よ、裁け暴虐の大罪。戒律と秩序、反する混沌。紅と漆黒、閃光となりて……」


 聞き取れたのはそこまでで、そこから先はなにも聞こえなかった。いや、聞いていなかったというほうが正しいか。突如としてソフィアのまわりに光の柱が現れたので、そっちに集中してしまい、ソフィア自身がなにを言っているのかなんて気にする余裕などなかったのだ。


 やがて光の柱は収斂しゅうれんするように、ひとつの球体に形を変えて、ソフィアの両手に収まった。


 まるで、いまやおそしと発射の瞬間を待ち構えているようにも見える球体に目を奪われていると、大きく目を見開いたソフィアは、潜めるように声を発する。


「――放て」


 瞬間、数百の束となった光のビームが、扇状に放射されていく。瞬きする間もなく突き進む光のビームは、眼前の樹木を切り倒し、あるいはその幹を貫いて、樹海の奥へと進んでいく。


 メキメキメキィ、ドドドド……!!!


 木々がなぎ倒されていく轟音がとどろく中、おそらくは岩石だろう、ドゴォンと破壊されるような音が響くと、バタバタバタと忙しく羽を動かして上空へと逃げ場を求める鳥たちの姿を視界に捕らえた。


 それから数分後。


 オレたちが佇んでいた一帯は、倒木と砕けた岩で埋め尽くされた土地に変化したのだった。一キロ先ぐらいまでは同じ光景が続いているんじゃないだろうか? 視線を転じた先では、ソフィアがすっきりしたといわんばかりに晴れ晴れとした表情を見せている。


 ……やり過ぎじゃないか? いや、爆炎で燃やし尽くすよりマシだったと思いたいし、エリーゼに頼んだところで結果はあまり変わらなかっただろうから、いいっちゃいいんだけど。なんというか、こう、火力的な意味で、上手いこと調節ができなかったのか?


「仕方ないよねぇ、初めて使う魔法だったしぃ」


 てへっと舌を覗かせて、ツインテールの魔道士はおどけてみせる。初めて使うにしてはデンジャラスな魔法だったな、おい。


 同意を求めるように振り返った先ではグレイスが驚愕の面持ちで、つい先ほどまで樹海だった場所を見つめている。そりゃあ驚くでしょうとも。


「信じられません……。対となる三要素の……合体魔法……? ソフィア様、いったい、どんな秘術を使ったのですか!?」


 う~む、驚く視点が違ったか。っていうか、なにそれ、三要素の合体魔法って?


「つまりですね、どんなに熟練した魔道士でも、一度に使える魔法は多くて二種類が限度でして」


 しかも異なる属性の魔法を合体させると、それぞれの威力が弱まり、本来の効果が得られない。ところがソフィアがいま見せた魔法は、光・炎・風という相性の悪い魔法同士をくっつけて一度に放つ、とんでもない必殺技だったらしい。


 ソフィアに畏敬のまなざしを向けるグレイス。なるほど、革命的な魔法だということは十分によくわかった、うん、よし。


「それじゃあ倒木を片付けようぜ、日が暮れる前に整地もしたいし」

「ちょ、ちょ、ちょっと、たぁくん! アタシがこんなにすごい魔法使っていうのにぃ! お褒めの言葉のひとつもないわけぇ?」


 抗議の声とともに、ずいと身を乗り出すソフィア。ああ、そうだったな。


「悪い悪い、助かったよ。ありがとな」

「うっわぁ、超絶淡泊なんですけどぉ……。全っ然気持ちがこもってないしぃ」

「そうです! タスク様、この偉業をなんだと思われているのですか!」


 グレイスまで加わるとは……。とは言われても、魔法が普通に使えるだけで凄いと思ってるしなあ。とんでもない必殺技を見せつけられても、そっかあぐらいにしか感じないというか。それ以上に、さっさと温泉を見つけたいっていうのが本音というか。


「大魔導士であるソフィアの凄さを改めて実感したよ。旦那クラウスにもちゃんと伝えておくから」


 その場を乗り切るため、苦し紛れにそう応じ返したのだが、クラウスの一言がソフィアには響いたようで、


「オッケぇ、ちゃんと伝えてくれないとダメだかんねぇ?」


 そんな言葉を残し、足を弾ませて後ろに下がっていったのだった。「それでいいんですか!?」と慌てて後を追いかけるグレイスはおいておくとして。


 ま、なにはともあれ、作業を進めていきますか。


***


 ソフィアのど派手な魔法とは打って変わり、整地作業はこの上なく散文的なものとなった。


 樹木や岩石を取り除き、それらの一部を資材に再構築リビルドして保管しておく。温泉の傍らに休憩所を設けるつもりなので、建築用に使うのだ。


 目的の場所周辺だけを整えておけばいいとはいえ、その範囲は広く、一日では終わらないかもなという覚悟はしていたのだが、そこは召喚士によって生み出されたゴーレムたちが重労働を率先してやってくれたこともあり、夕方前に整地は完了した。


 対抗意識を燃やしたガイアたちが、肉体美を誇示しながら「フルパワーですぞぉ!」と倒木を取り除いてくれたことも大いに助かったのだが……。君たち、基本的な任務はオレの護衛だからね? それを忘れないようにな?


 更地になったら、今度はペーターの出番となる。さらに精密なダウジングにより、掘る場所をピンポイントで決めるらしい。これで本当に温泉が出るのだろうかという疑問はさておき、掘る場所が決まったら、ベルとエリーゼが作業に加わり、オレの採掘作業が始まるのだ。


 エリーゼの結界魔法は有害物質を防ぎ、ベルは照明魔法で周囲を照らしてくれる。この程度の魔法であれば魔導士たちにも造作はないけれど、なんというか、井戸掘りをやっていたころを思い出すというか、エモくていいじゃないかと思うのだ。


 とはいえ、ただ単に水脈を掘り当てた時とは異なり、危険度は比べものにならない。温泉特有の有毒ガスのほか、未知の物質がある可能性も捨てきれないのだ。


 安全には万全を期して、再構築をしながら地下を掘り進めることしばらく。ブロック状の土を上に運び出すのも飽きてきたなあと考えていた矢先、土壌にとある変化が起きた。


 粘土質に水気を含んだ土が見られるようになったのである。

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