360.出発
ペーターの話によれば、泉源は地下に眠っている可能性が高いらしい。となれば、やることはただひとつ、掘って掘って掘りまくり、温泉を見つけるだけである。
採掘班はオレを中心に、ベルとエリーゼのふたりを呼び寄せる。数年前に井戸を掘ったときのように、ふたりに魔法をかけてもらい、オレ自身が
しかしながら、このプランは早くも修正を余儀なくされた。
「いくらなんでも国王となられるお人と、その奥方様おふたりでことを運ぶのはいかがなものでしょうか」
と、アルフレッドに猛反対を受けたのである。そりゃオレだって、お前が反対する気持ちもわかるよ? でもさ、温泉だぜ? 悪いけど、温泉につかるまでは戴冠式を催すつもりはないからな。
「子どもみたいなワガママ言わないでくださいよ」
困惑の表情を浮かべて、財務省のトップは呟く。いやいや、聞いておくれよアルフレッド君。むしろ、国王になる人物のワガママにしたら、ささやかなものだよ? 温泉にはいりたいって言っているだけなんだし。
「そこに至る過程が大変なんです。すでに招待状を送ってしまった手前、戴冠式の日程をずらすなどありえません」
「それなら答えはひとつだ。一刻も早く温泉を掘り当ててしまえばいい」
「どうしてそこまで温泉にこだわるのですか」
「そりゃお前、オレは異邦人っていうよりかは日本人だからな。温泉をこよなく愛する精神が受け継がれているのさ」
「アルフレッドさん、ここは兄様のご要望を聞いていただけませんこと?」
不毛な議論を打開すべく、傍らで耳を傾けていたニーナは口を挟んだ。
「考えてみれば、ここ最近、兄様は激務が続いておりました。心身を癒やすため、温泉につかりたいお気持ちもわかりますわ」
「ニーナさん。聡明なあなたらしからぬ見識ですね。いまは戴冠式を第一に考えて行動すべきでは?」
「ええ。兄様のお力を持ってすれば、温泉を掘ってからでも戴冠式には間に合うでしょう。逆に言ってしまえば、兄様以外、戴冠式に間に合わせられる工事担当者はいないということですわ」
「よく言ってくれたニーナ。オレだって、間に合うと思っているから言ってるんだぜ?」
数秒の沈黙のあと、深くため息を漏らしたアルフレッドは、力なくうなだれた拍子にずれたメガネを手で直した。
「……わかりました。ですが、護衛を兼ねて何名かを同行させます。道中の安全は確保されていますが、樹海は近いので」
そうして急遽集められたのは、ソフィアとグレイスを中心とする魔道士たちと、ガイアを筆頭とするワーウルフたち、それにベルとエリーゼというダークエルフとハイエルフの奥様コンビ、総勢二十名である。
魔道士の中にはゴーレムやスケルトンを呼び寄せられる召喚士がおり、工事と見張りに役立ってくれるだろう。ワーウルフはオレ専属の護衛に、ソフィアとグレイスはお目付役らしい。
もっとも、ソフィアなんかは、
「ラッキーぃ。原稿原稿でバテバテだったんだよねぇ。たぁくんってばぁ、ナイスタイミングでおでかけ誘ってくれるじゃ~ん」
と、空中にでっかいバッグを取り出すと、衣服やらメイク道具やらを詰め込んで、すっかり旅行気分である。……気分転換になるならなによりだ。
グレイスは出かける前までアルフレッドから心配されるような声をかけられていたけれど、最後のほうなんか、
「ハンカチは持ちましたか? ああそれと、ご飯をしっかり食べて睡眠をよく取って……」
みたいな感じで、ちょっとした母親状態になってしまい、クールビューティーで知られるグレイスも苦笑いを浮かべていたもんな。
賑やかな光景を、楽しげな眼差しで眺めていたのはエリーゼとベルである。
「な、懐かしいですねえ」
「アハッ☆ ホント、ホント♪ 前は三人で井戸掘りしたっけ★」
「ふたりとも忙しいのに、急に呼び出して悪いな?」
「ううん、ぜんぜん! タックンとお出かけとか超嬉しいし☆」
「わ、ワタシも、いい息抜きになりますし、お出かけするの嬉しいです!」
それならよかったと頷いて、オレは視線を横にずらした。兎人族が自作の地図を手に荷物を整理している。
「ペーター老師、こちらは準備できましたよ」
「こちらも問題ありませんぞ、タスク様。それでは出発するとしましょうか」
こうしてオレたちは留守を託されたアイラたちの見送りを受けて、樹海北部へ出立した。到着まで三日かかる予定になる……って、あれ?
もしかして、拠点からどこかに旅をするのって、こっちの世界にきてから初めてのことじゃないか……? うわー、マジか、異世界に来て数年目にして初めての旅が温泉掘りとか、想像もしてなかったな。
ともあれ、無事に温泉を掘り当てることができれば、その近くに宿泊施設を設けて、ちょっとした小旅行を楽しむことができるようになるわけで。
癒やしの空間を作り出すべく、オレは意気揚々と目的地へ急ぐのだった。
***
グレイスからとある疑問が投げかけられたのは、出発から二日目のことだった。
野営地での夕食を終え、エリーゼの淹れてくれた紅茶の香気を楽しんでいた最中、歓談の話題のひとつとして、「温泉を領主邸まで運び込むのはいかがですか?」と尋ねられたのだ。
「夫の言葉を借りるつもりはないのですが。それなりの地位にあるお人が、温泉目当てに数日かけて移動するのはそれ相応のリスクが伴うかと思うのです」
わざわざ出向かなくても、水路をつないでしまえばいい。水道工事のノウハウもあることだし、温泉を引き入れるぐらい造作もないだろう。
「もちろん、ある程度の日数と人員が必要になりますが……」
「うん、グレイスの意見はもっともだ。でもね、それはいただけないなあ」
「どうしてです?」
「風情がない」
温泉を掘り当てたら、日本式の露天風呂を作ってやろうと思っているのだ。雄大な自然を眺めながら温泉につかる。その非日常感こそがいいのであって、普通に入浴できてしまっては味気ないじゃないか。
「賛成賛成ぃ。家に閉じこもってばっかりだとぉ、息も詰まっちゃうも~ん。ちょっとしたお出かけは大切だよねぇ」
「珍しく話があうじゃないか、ソフィア。その通り、ガス抜きは大事だよな」
「とはいっても、樹海は樹海ですし。軍が巡回しているとはいえ、魔獣が出る可能性もゼロではありません。タスク様に危険があったら……」
「大丈夫よぉ、グレイス。そうならないように、アタシがついてきたのよぉ」
どういう意味だと聞き返すと、ツインテールの魔道士は胸を張って応じてみせた。
「温泉を掘り当てたらぁ、アタシの魔法でぇ、近くにいる魔獣とか野獣を退治しちゃおうってことぉ」
「ああ、なるほど。安全を確保するってことな」
それなら他の領民たちも安心して使えるようになるだろう。ひとつよろしく頼むよと頭を下げると、ソフィアは得意げな笑みを見せた。
「まーかせてぇ、たぁくん! アタシの超絶爆裂延焼魔法でぇ、辺り一帯吹き飛ばしてあげるぅ!」
「……大自然と景観だけは守ってくれ、マジで」
あっぶねえ、温泉の周囲が荒れ地になるところだった。マジでやりかねないからなあ、こいつは。
そんな物騒な話を挟みつつ、行程は過ぎていき……。
水晶鉱石の採掘場でもある洞窟を目にしたのは、三日目のお昼を過ぎたころだった。
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