358.オペラ座完成

「『みこし』ねえ? 妖精たちを集めてなにをやっているかと思えば、お前さんはおもしれえもんを考えるなあ」


 領主邸を訪れたクラウスは、完成したばかりの神輿に眼差しを向けると、好奇心と興味をない交ぜた口調で呟いた。


祝祭しゅくさいにこいつを使うんだろ? どんなことが起きるんだ?」

「どんなことって?」

「ここまでごついもんを仕上げたんだ。爆発のひとつやふたつあったっていいだろうが」


 ……神輿になにを求めているんだ? 特撮モノのテレビ番組じゃあるまいし、爆発どころか変形や合体もしないっての。


 というか、ココたちが一生懸命に祝福の魔法をかけてくれている代物をだ、そう簡単に爆発させていいもんじゃないだろう?


 神輿の周囲を舞うようにして飛び交う妖精たちと、祝福の魔法によってもたらされる幻影的な光を見やりつつ、オレは補足した。神輿は神霊が移動する乗り物みたいなもので、人々は威勢のよいかけ声を上げながら、これを担いで町中を歩き回るのだ、と。


「ただ歩き回るだけじゃないんだろ? 他にもいろいろ仕掛けがあるんじゃないのか」

「ないよ。担いで歩くだけ」

「……それのどこがおもしろいんだ?」


 そう尋ねられても、古来より神輿はそういうものだったしなあ。まあ、地域によっては豊作や大漁祈願を祈る意味合いもあったみたいだし、ここはひとつ、フライハイトの繁栄を祈るっていう意味を込めて、みんなで神輿を担げばいいんじゃないか?


「祈る、ねえ? お前さん、不信心者じゃなかったのか?」

「神霊に対する礼節ぐらいはわきまえているつもりさ」

「なるほど。礼節があると、精霊神の住まいもごつくなるんだな」


 日本式の神社をモチーフにした神輿を眺めてクラウスは感想を漏らした。単なる設計ミスなんだけど、とりあえずは同意しておく。


「ともあれ、政治的にはベストな配慮だ、兄弟きょうだい。為政者としての器量も備わってきたみたいで、兄としては嬉しいぜ」

「誰が兄だ、誰が」

「まあ、冗談はさておきだ、いまのうちからそのぐらいの判断ができるなら上等だ。王冠をかぶるっていうのは、同時に、人一倍面倒事と厄介ごとを背負い込むってことでもあるからな」


 整えるようにして、銀色の束ねた長髪に手を添えたクラウスは、かつてハイエルフの国を治めていた人物に相応しい表情を浮かべて、再び神輿へと視線をやった。


「傑物からのご指導ご鞭撻はありがたい限りだね。……で? 訪問の目的は神輿見学じゃないんだろう?」

「おう、そうそう。オペラ座も完成したし、近いうちに魔道国歌劇団が来るだろう? 警護任務の確認に来たんだよ」


 ああ、なるほど、その件か。そうだったそうだった、オペラ座がいつの間にか完成してたんだよなあ。作業員から「一応、できあがりました」って話を聞かなきゃ見逃しているところだったよ。


 もっとも、「一応、できがりました」ってなんだよと思わなくなかったんだけど、設計図通りに工事を終えても、責任者のファビアンの中では納得していなかったようで、


「なにを言っているんだね、タスク君! もっと美意識を持ってだね、細部にまでこだわった装飾を施さなければ!」


 なんて具合で、オペラ座の不完全さを熱弁される始末。設計図の意味がないな……。


 とりあえず、主張はわかった。で? お前の見立てだと進捗としてはどのぐらいなんだ? 率直な疑問を口にすると、龍人族のイケメンは白い歯を覗かせて、高らかに宣言したわけだ。


「せいぜい、五十パーセントぐらいだろうね!」

「……設計図通りに工事は終えたんだろう?」

「モチロンさ! 歌劇場としての機能は整えてあるよ」

「じゃあもう、完成でいいじゃん」

「設計図以外にやるべきことが残っているだろう!?」

「はあ?」

「相応しい飾り付けだよ、飾り付け! ボクのインスピレーションが沸き立つのさ! 設計図とは別に多彩な飾り付けを施さなければ、真のオペラ座とは言えないじゃないか!」


 うん、付き合ってられないので、国王(仮)権限で完成させた。時間がないんだよ! 工期を考えろ、工期を!


 そんなこんなで。


 魔道国に使者を送り、オペラ座完成の旨を伝えたわけだ。すぐに「公演の準備を進める」という返答がマルグレットとヘルマンニからもたらされ、受け入れの体勢を整える必要が生じたのである。


 当然、宿舎やオペラ座の警備も万全にしておかなければならない。軍務省と警察省、共同で任務にあたってもらうことも考えたのだが、異なる部署間で連携が図れるかという不安もあったので、軍務省に一任したのだ。


 滞在中の警護プランを固めたということで、詳しく話を聞くために執務室へ場所を移そうとしていると、領主邸からふくよかなハイエルフが姿を見せた。


「み、みなさ~ん、お疲れ様で~す。そろそろ一息つきませんかあ?」


 朗らかな笑顔を浮かべたエリーゼは、両手に抱えたトレイいっぱいに妖精用の小さなコップを乗せて現れると、果実水で満たされたそれを妖精たちへ差し出した。


「あら、気が利くじゃないエリーゼ。ちょうど喉が渇いていたのよ」


 そう言ってココが先陣を切り、他の妖精たちもエリーゼの周りに集まり出した。次々にコップへ手を伸ばし、あちらこちらで談笑の泡がはじけている。


「忙しいところ、悪いなエリーゼ」

「い、いえ、ワタシが好きでやっていることですからっ!」


 なにを隠そう、即位式に際する歓待用の料理はエリーゼがすべてを取り仕切っているのだ。晩餐会のメニュー、味付け、出す順番、二次会である立食パーティの献立の考案などなど……。さらに言えば、マンガの原稿作業もある。


 多忙につぐ多忙の身にもかかわらず、エリーゼは微笑みを絶やさない。苦労を微塵も感じさせないハイエルフの妻には、本当に感謝以外の言葉が見つからないのだが、エリーゼに言わせれば、全然たいしたことはしていないそうだ。


「いやいやいや、めちゃくちゃ大変じゃないか。少しは周りを頼ってもいいんだぞ?」

「い、いいんです。ワ、ワタシがみなさんをおもてなししたいなって!」

「そうはいってもなあ」

「だ、だって、タスクさんの晴れ舞台ですし! た、大切な旦那様をお手伝いできるなら、こ、このぐらいへっちゃらなんです!」


 えへへへと頬を赤らめるエリーゼ。抱きしめたい衝動に駆られていると、それに気付いたのか、軍服姿のハイエルフは咳払いしてから一言。


「先に執務室行ってるぞ?」


 思わず我に返ったオレは、エリーゼにまたあとでと言い残し、着々と近づいている戴冠式の日に想像を膨らませながら、慌ててクラウスのあとを追いかけるのだった。


 しかしまあ、なんというか、兎人族とじんぞくがやってきてから急に慌ただしくなってきたのを実感するな。個人的には戴冠式の時まで穏やかに過ごしたいんだけどなあ……。


 そんなささやかな望みは虚しく、ふたたび兎人族によって新たな騒ぎが巻き起こるわけなのだが。


 今度は混乱に満ちたものではなく、むしろ個人的には嬉しいイベントになったことを付け加えておこう。

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