357.神輿製作
思い立ったが吉日とばかり、アルフレッドとニーナに“アレ”についての説明をしたオレは、そのまま資材を集めに樹海へ向かった。ひとりではなく、もちろん警護付きである。
アイラが先行し、ワーウルフのガイアをはじめとする警官隊が周りを固める。仰々しいと思わなくもないけど、魔獣の住処となっている場所なのだ。用心にこしたことはない。
「木材ならいつものように、適当に見繕えば良いではないか。そのための
つまらなそうに呟くアイラ。なだめるようにオレは応じた。
「オレもそう思ったんだけどな。ほら、祭事に使う
「ほほう、『
納得したようにガイアが頷くと、アイラが「面倒じゃのう」と本音を漏らす。お前、オレの奥さんだろう? 多少の気遣いがあってもいいんじゃないのか?
……まあいいや。とにかく、警護についてはクラウスが名乗り出てくれたのだが、今回だけは遠慮してもらったのだ。黒の樹海の土地勘については、アイラとワーウルフたちに一日の長がある。オレとしてもさっさと資材集めを終わらせて、次の作業に取りかかりたい。
いくら
と、脳内で設計図を描きつつ、歩き続けること四十分弱。全身にのしかかる疲労感から、さすがに考え事をしている余裕はなくなってくる。銀葉樹はまだ見つからないのだろうか? 尋ねようとした矢先、アイラが口を開いた。
「あったぞ。あれじゃ」
指し示した先には、ひときわ存在感を放つ巨大な樹木が見える。周囲の樹木とは明らかに異なり、ただそこにあるだけで圧倒されるというか、威圧感さえ覚えるほどだ。
直径約二メートル、高さは十メートル以上。いったい、どのぐらいの年月をこの樹海で過ごしてきたのだろうか。ご神木といっても差し支えのない樹木を前に、オレは思わず両手をあわせて拝んでしまった。
「……なにをしとるんじゃ、おぬしは?」
「ありがたく使わせてもらうからな。木材にする前に敬意を払っておこうと思ってさ」
異邦人というのはおかしなものじゃのう。そんなアイラの言葉を耳にしながら、オレは両手を銀葉樹に添えて囁いた。
「
***
領主邸の庭先には、長さも太さも異なる、大小様々な木材が積み上げられている。
再構築された銀葉樹は、うっすらと銀色のヴェールがかかっているように見えて、積み上がっている様を眺めているだけでも神秘的だ。
これらの木材を組み合わせて、いまから作ろうとしているものが『
日本ではお祭りの際に神霊が移動するために使われる代物なのだが、ここは異世界。多少、用途が異なっていても問題ないだろう。「セイヤッ! セイヤッ!」というかけ声とともに、神輿を担いで回る光景は祭事にうってつけだと考えたのだ。
フライハイトで祝い事があった際には、神輿を担ぐというのを伝統行事にしてしまえばいい。そうすれば、「我らが種族の伝統に基づいて、お祝いさせていただきたい!」みたいな要望もなくなるはずだ。これからは、この方法が黒の樹海での祝祭のやり方になる。
そんなわけで記憶の断片をたどりながら、木材を
ここ最近、細かい作業をやっていたおかげもあって、輿の部分は二時間ほどで完成した。そう、完成したまではよかったんだけど……。
ぶっちゃけると、日常生活で神輿を作る機会は皆無なわけだよ。見覚えのある代物だとしても、実際に作ってみたらサイズ感がおかしくなってしまってもおかしくないっていうか。
結論から言ってしまうと、むちゃくちゃでかい代物ができあがってしまったのである。輿の部分だけで縦横四メートルずつ、高さはおよそ五メートル。
これに担ぐための棒を取り付けるわけだけど、正直、持ち上がるか不安でしょうがない。漢字の「井」の形に棒を取り付けて、少しでも担ぎ手を増やすことで、なんとか担げるようにしておきたいところなんだけど。
いやー、それにしたってこのサイズは厳しいかなあ? いっそのこと作り直そうかと悩んでいると、警護についていたワーウルフのガイアが心配そうにオレの顔を覗き込んだ。
「我が主、いかがされましたかな?」
「ああ、いや。これをみんなで担いで領内を練り歩いてもらおうかなって考えていたんだけど、大きすぎるだろう? 重くて持ち上がらないんじゃないかって思ってさ」
「なるほど。では、確かめてみますかな」
は? なにを? と、尋ねるより先に、ガイア・オルテガ・マッシュ、いわゆる『黒い三連星』の三人は、輿の部分を取り囲むようにしゃがみ込んだ。
そして「せーの」というかけ声を上げたかと思いきや、輿の部分を高々と頭上へと掲げてみせる。担ぎ棒、まだ取り付けてないんだけど、持ちにくくないのかねえ? ……じゃなかった。うえぇぇぇぇ!? 持ち上がるの、それ!?
「ふむ、マッチョ道を追求する者としては、もう少し筋肉に負荷がかかるとありがたいですな」
ああ、うん。そうだった。ここの住民、揃ってみんな規格外だったな。余計な心配だったかと、ガイアたちが輿の部分を持ちあがているうちに担ぎ棒を取り付ける。
これでようやく神輿は完成……と、言いたいところなんだけど。忘れちゃいけない儀式がもうひとつ残っているのである。
オレはガイアたちに神輿の見張りを任せると、妖精たちの住まいまで足を運ぶのだった。
***
「これに祝福の魔法をかけるの?」
オレの右肩に腰掛けた妖精のココは、完成したばかりの神輿を前に訝しげな眼差しを向けている。
「そうそう、祝祭に使うためのものだからさ。そのための仕上げをココたちにお願いしたいなって」
「それはかまわないけれど、祝祭のたびに祝福の魔法をかけないといけないのかしら?」
「フライハイトの伝統として残すつもりだからな」
「少しばかり面倒ね」
ふうとため息を漏らしたココは、物憂げな口調で続けた。
「
「えっ、なんだよ、ココ。引っ越すのか?」
「違うわよっ。貴方がいる間は残っているつもりだけれど、いつまでも暮らしやすい環境が整っている保証はないでしょう?」
要は国家が樹立してからのことを言いたいらしい。オレの後を継ぐであろう、カオルやそれ以降の国王が妖精たちを守るかどうか、ココは不安に思っているそうだ。まあ、言わんとしていることはわからんでもないが、そこは安心してほしい。
「大丈夫だよ、ココ。フライハイトの国是は共存共栄だからね、オレがいなくなっても安心して暮らせる環境を整えておくようにって、初代国王としての厳命を残しておくからさ」
「本当かしら?」
「信じろって。目の前にいるのは、名のある
きっぱりと言い切ると、一拍の後、ココはふわふわと空中を漂いながら、オレの前で愉快そうにクスクスと笑い出した。
「そうね、貴方は淑女たる私が認めた紳士だもの。約束は守ってくれて当然よね」
「その通り。ま、どーんと任せておけよ」
「その言葉、信じるわ」
そう言ってココは元いた住居へと飛んでいく。いやいや、祝福の魔法がまだだけどと声をかけると、舞うように身を翻した妖精は「みんなを呼んでくるわ」と告げるのだった。
「大勢いた方が祝福の効果が強まるもの。せっかくなら、みんなを集めてやりましょうよ」
ウインクを残して去って行く後ろ姿を見やりながら、オレはやれやれと髪の毛をかき回した。宣言したからには、やるべきことはやらないとな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます