356.祝祭議論

「朝早くから失礼するぞ、タスク様。いてもたってもいられなくての」

「かまいませんよ、老師。なにか重要なことが起きたとお見受けしましたが」


 ゴードンにソファを勧めながら、対峙するように腰を下ろしたオレはそう切り出して、蒸気機関の研究について問題が起きたのか尋ねた。


「いやいや、そうではないのじゃ。ほれ、昨日話したじゃろう? 兎人族とじんぞくの友人のことじゃ」

「ええ、歴史学に通じてらっしゃるというお友だちですよね。それがなにか?」

「うむ、あれから無事に再会を果たしてな、その報告にきたという次第なのじゃ」

「それは良かった」


 ……もしかして、数年ぶりの再会を喜び合ったとか、それだけの話なのだろうか? だとしたら肩透かしを食らったようなもんなんだけどね。


 そんなこちらの様子をかまうことなく、ゴードン老師は続けた。


「それで、ここから本題なのじゃが」


 ですよね? ああ、良かった、あやうくこっちが「それで?」って尋ねるところだったよと思っていると、数分前の疑問を解消するかのように、老師はタイムリーな話題を口にするのだった。


「即位式と戴冠式があるじゃろう。そこで、祝祭しゅくさいの儀が執り行われるはずなのじゃが」

「ああ、それです、老師。恥ずかしながら、こちらの世界の儀式に疎く、祝祭の儀がなにかをわかってないのですよ」

「難しく考えなくともよい。その土地の住民たちが古来より伝わる方法で、新たな王の誕生を祝うという儀式じゃ」

「ああ、なるほど」

「そこでじゃ」


 ずいとテーブルに身を乗り出した熊猫族は、頭上の黒耳を動かして、とある提案を持ちかける。


「昨夜、兎人族の友人と話したのじゃがな。奴めは獣人族の祝祭について、古来からのしきたりに通じておる。であるからには、今回の祝祭の儀もそのやり方で執り行えないかと、タスク様にお願いに来たという次第なのじゃ」

「獣人族の祝祭ですか?」

「左様、友人は古来からの文化にも通じておるからな。しからば、伝統あるやり方で新国王の即位を祝えるに違いない。ふたりでそう話し合ってのう」

「ふむ……」

「どうじゃ? 祝祭の儀についてはこの爺たちに任せてはもらえんかの」


 まあ、お祝いして貰う立場側なので、やってもらえるのならありがたいけれど、こちらの世界の習わしを詳しく学んでいない身で判断するのはちょっと怖い。


 なにせ国家樹立の宣言までするのだ。なかなかに重々しいイベントになるに違いない。様々な人物からアドバイスを貰って決めるべきだろうなと考えたオレは、素直にその旨をゴードンへ伝えると、返事を保留したのだった。


「そうかそうか、いや、この爺も気が急いてしまった。かえって申し訳ないことをしてしまったの」

「いえ、おかげで祝祭の儀がどのようなものかわかりました。よくよく考えて結論を出したいと思います」

「うむ、それがよろしい。めでたい一日となるのじゃ、タスク様の思うようになされるがよろしいじゃろう」


 ほっほっほと上機嫌に笑った老師は席を立つと、そのまま執務室を後にした。今日は友人とは会わず、研究所へ直行するらしい。後ほど顔を出しますよと伝えたオレは、執務机に足を向けると、再び予定表へ視線を落とすのだった。


 国民による祝祭の儀、この項目がどうして空欄なのか? その疑問は、老師とのやりとりにより、まもなく判明することになる。


***


 アルフレッドとニーナがやってきたのはそれから三十分も経たないころで、ソファに腰を下ろした龍人族たちは、そういえばゴードン老師がやってきたんだよと事情を打ち明けると、身体を硬直させた。


「……まさか、祝祭の儀を任せるとお認めになったのですか?」

「いや? 国の重大な儀式だからな。周りと相談してから決めると答えておいた」

「それなら良かった……」


 全身から力が抜けていくかのように、アルフレッドはソファへもたれかかった。……おい、どうした。そんなに問題になるようなことでもないだろう?


「事と次第によっては大問題に発展してましたよ。ともかく、タスクさんのご判断が正しくて安心しました。さすがのご明察ですね」

「どういう意味だ?」

「私たちが祝祭の儀について空欄にしていたのは、まさにその一点が問題だったのですわ」


 補うようにニーナが言葉をついだ。つまりはこういうことだそうだ。


 国民による祝祭の儀というのは、その土地の伝統に則り執り行われなければならない。しかしながら、黒の樹海は開拓地であるゆえ、そういったたぐいのものがない。


 であれば、住民たちの意見を取り入れて行うべきであろう。……が、フライハイトは移住者で成立する国家である以上、多種族・他民族が暮らしているので、それらのすべてを取り入れて儀式を執り行うのは実質不可能である。


 かといって、どれかしらの種族のやり方で進めては、残された他の種族の面目も立たない。しかも国王の即位と国家樹立を祝うという重大な儀式。選ばれた種族の中には選民意識を抱く者も出てくる恐れもあり、逆に選ばれなかった種族の中には反感を抱く者が生じる可能性もある。


 事実、すでに有力者を通じて、自分たちのやり方で祝祭の儀を執り行わせてほしいという要望が来ている。ダークエルフの国からは長老会が、ハイエルフの国からは『美しいシェーネ・組織オルガニザツィオーン』がそれぞれ働きかけを行っていて、記念すべき一日の代表として自分たちが華を添えると譲らない。


「……といった次第でして、多方面に対し、政治的配慮が必要なのですわ」

「なるほどな。未定という注釈がついているのがよくわかった」


 応じながら、オレは内心で胸をなで下ろした。老師の提案に応じていたら、獣人族の顔を立てることになったのだ。本意ではないにせよ、他の種族から反発が起きかねないからな。


 とはいえ、そんなことにまで政治的配慮をしなければならないのかと思うと、虚しくなるのも事実なわけで。こんなことにまで気をつけなきゃいけないのはバカバカしいと思えてならないのだ。


「偉くなればなるほど、バカバカしいと思う場面は増えていきますよ。権力者とはそういうものです」

「嫌になるねえ。オレとしては、皆に幸せになってほしい一心で王の座に就くんだがなあ」

「お察ししますわ。ですが、兄様のご判断を仰がなければならない事案でもありますの」


 物憂げな眼差しで見つめるニーナに、ため息で応じる。やれやれ、どの顔を立ててもダメな事案を決めろってかい? 嫌になるじゃないか、まったく。


「どんな種族も文句の付けようがない方法があればベストなのですが……」

「ええ、せめて黒の樹海に伝承なりがあれば、土地伝来の祝いかたとして大々的に喧伝できるのですけれど」


 ふたりの声に耳を傾けながら、オレはとあることを思い立った。そもそも、各地に残る伝承なんて、誰かが作った代物に過ぎないのだ。つまり、伝承が無ければ、新しい伝承を作ってしまえばいい。


 単なる思いつきにすぎなかったのだが、ふたりにしてみたら目が覚める思いだったらしい。顔を見合わせると、興奮の面持ちでオレを見やった。


「名案です! それならば誰も文句のつけようがありません!」

「逆転の発想! さすがは兄様ですわ! 私、考えもしませんでした!」


 ……ちょっとしたひらめきをここまで褒められると、かえって恥ずかしくなるな。とはいえ、アルフレッドもニーナも、お互いに当然の考えを抱いたようで、次の瞬間には口を揃えて疑問を呈した。


「「それで? どのような祝祭の儀を執り行いますか?」」


 うん、聞かれると思ったよ。そこまでは考えてなかったんだけどなあ……。


 とはいえ、ノーアイデアというのは心苦しい。脳細胞をフル回転させて挙げ句、オレが思いついたのは、日本のお祭りではおなじみの“アレ”だった。

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