354.研究と移住
……で。
『工部省技術開発局第一研究部』――通称『
研究機関の長である
「そなたはそう言うが、このようなものに頼らずとも空を飛べばいいではないか」
「誰もが誰も、空を飛んで移動できるわけじゃないんですよ、お義父さん」
オレが知る限り、飛行能力を持っているのは龍人族と翼人族、それに魔法を扱える魔道士ぐらいのものだ。大陸に住むほとんどの人が徒歩移動だっていうことを忘れているんじゃないか?
しまいには「いまのうちに言っておくが、龍人族の国にはいらんぞ」とか言い出す始末。現場のモチベーションを下げるのだけはマジでカンベンしてください。慌ててお義父さんを連れ出して、「指導しましょう! 子どもたちに! 将棋の! ね!?」と将棋協会の施設まで案内することに。
適当に子どもたちを集めてから、施設にジークフリートを残したオレは、大急ぎで『工技一研』に戻ったのだった。
「老師、先ほどは申し訳ない。ウチの義父が失礼なことを」
「いやいや、タスク様。あのような発言は聞き慣れておる故、気にするでない。むしろ、予想どおりの反応じゃ」
なあ、みんなと声を上げる老師に、助手の間からどっと笑いが沸き起こる。
「むしろ、タスク様のようなお人のほうが珍しいというもの。常人であれば、奇妙な代物としか思えんじゃろうからの」
「……変人だと言われているようで嬉しくないなあ」
「ほっほっほ、この爺なりに褒めておるのじゃ」
後ろ手を組み、老師は愉快そうに研究中の蒸気機関を眺めやった。ボイラーの中では、魔道国から取り寄せた石炭が勢いよく燃え上がり、猛烈な熱風と煙が立ち上る。その光景に助手たちが額の汗を拭いながら、熱心にメモを取るのだった。
「これこの通り、資材さえ揃えば次の段階に進める状態でな。催促するようで心苦しいが、資材はいつ頃、届くのかな?」
「早急に取り寄せるよう、魔道国に使いを出しています。一週間以内には」
老師の話では、ボイラーの耐久試験をクリアしたのち、動力部分についての試験を実施するらしい。効率よく熱源を動力に変換する……すなわちエンジン部分は蒸気機関の肝でもある。
いずれは領地のはずれに仮設の線路を作り、そこで輸送の研究を進めたいそうだ。順調にことが運べば試運転にこぎつけたい、そう続けてから老師は肩をすくめた。
「本音を漏らせば戴冠式までにお披露目したいんじゃがのう。この分では到底、間に合わぬだろうなあ」
「お気持ちだけで十分ですよ。くれぐれも安全第一で頼みます」
言葉を交わしながら、オレは脳内で蒸気機関車が完成してからのことを考えていた。ジークフリートとの付き合いもあるし、最初はフライハイトと龍人族の国をつなぐ区間で線路を設けようと思っていたのだが、どうやら計画を変更したほうがよさそうだ。
となると、次案であるフライハイトとダークエルフの国をつなぐ区間を優先すべきだな。その次はハイエルフの国まで延伸させて、そこから先は人間族の国、つまりは東方まで線路網を広げたいと考えている。
中継交易国家を目指す以上、将来的には大陸中に線路を延ばしたいところなのだが……。はてさて、線路の敷設が終わるのはいつになることやら。オレが生きているうちに済ませたいけど、多分、無理だろうな。
いやね?
作業に参加したらしたで、周りがウルサイだろうしなあ。特にアルフレッド。わかってる、わかってるよ、一国の王としての分別はつけるって。
そんなこんなで。
国王たる者、無用な雑事にかかわらないことと念を押されている日々が続くと、どうしてもストレスがたまるわけだ。次から次へとやってくる来客には気を遣わなきゃいけないし、お義父さんの突飛な行動にはハラハラしないといけないし。これはよろしくない。
せっかくのチート級スキルも使わなければ勘が鈍るのでは? 最近はそんな考えが頭をよぎり、執務の合間に細々としたものを構築する日々である。
思い立って作ったのは、様々なギミックの上を球体が転がっていく模型玩具である。仕組みはこうだ。まずハンドルを回す。すると、連動して歯車が回転し、それにあわせて階段状の木材が上下に動き、球体を上まで運んでいくのだ。
階段の一番上には溝の入った木製のレーンが隣接されていて、そこを球体が転がっていく。途中にはらせん状や急カーブなど、工夫を凝らしたレーンを配置していて、球体は最終的に階段の一番下まで戻ってくる。
ハンドルを回し続ければ永久機関のように球体はレーン上を転がり続けていくようになっていて、見ているだけでも十分に楽しいものができあがったと、そこまではよかったのだ。
作り終えてから、オレははっとした。カオル用に作ったけれど、幼児のうちは球体を誤飲する可能性が大である。
絶対、口に入れてしまうであろう小さな球体をしげしげと眺めやりつつ、やれやれ、しばらくはお披露目できないなと執務室の傍らに置いておいたところ、今度はアイラやクラウスの暇つぶしに使われてしまったのだ。
「いやいや、ガキのおもちゃにしちゃ上出来すぎだろう。大人向けの暇つぶしだぞ、これは」
ニーナなんて「いつ商品として販売されるお考えですの?」って聞いてくるし。……ストレス解消がてら作っただけなんだけどなあ?
とはいえ、商品として売り出せるのであれば、オレとしても作りがいがある。構築と再構築のスキルも十分にその効力を発揮できるし、けっこうなことじゃないか。
「なにを言っているんですか、タスクさんが作るのはダメですよ」
アルフレッドはそう言って、深くため息を吐くのだった。ちょうど執務室に木材を運び込んでいるところを、報告書を持参した龍人族の商人に見つかってしまい、オレとしてはいたずらがバレた子どものような心境である。
一通り説明したのだが、財務省のトップはかたくななまでに首を縦に振ることなく、
「見本さえもらえれば、あとは職人に作らせますから」
この一点張りで、話に耳を傾けようともしない。いや、まだ諦めないぞと、オレは反論を試みる。
「職人に作らせるって、人手不足だろ? そんな余裕ないじゃないか」
「いえいえ、人員なら確保できる見込みが立ちましたので、ご安心を」
「人員? どこから?」
尋ねるオレに、アルフレッドはメガネを直しながら応じた。
「以前よりお話ししていたでしょう。
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