353.王笏と王冠と

 王笏おうしゃくと王冠は、鍛冶職人と細工職人の共同作業によって作られている。


 特に王笏については、祭事などで用いられる『銀葉樹ぎんようじゅ』という特別な樹木で杖をこしらえたあと、装飾品をつけていくとのことで、鍛冶職人のランベールいわく「樹齢五百年の銀葉樹の木材を用意した」そうだ。


 元いた世界なら、とてもじゃないけどお目にかかれない樹齢だけど、簡単に取り寄せていいものなのだろうか? すると、オレの訝しげな眼差しに気付いたのか、名工としても知られる鍛冶職人は軽く笑って心配ご無用と告げた。


「祭事で用いるに樹齢五百年はまだまだ若いと言える。『黒の樹海』の中で生育していたとしてもおかしくはないな」

「そういうものなのか?」

「樹齢千年以上の銀葉樹でなければ、王笏に用いない国もあるくらいだ。むしろつつましいほうではないかな」


 ではなぜつつましい木材を取り寄せたかというと、「予算の都合上」だということで、財務省から提示された金額内に収めるのに、ある程度、妥協せざるをえなかった……らしい。


 無念さを表情ににじませるランベールだが、装飾前、つまり王笏の下地となる杖はすでにできあがっていて、個人的に見た限りではケチの付けようがない見事なものだなと感心を覚える。


 長さ約二メートル。杖というよりも、真っ直ぐな棒状に加工されたそれは、白地の上にうっすらと銀のヴェールがかかっているかのような不思議な色合いをしていて、なるほど祭事に用いるにはうってつけの材木なのだなということがわかる。


「ずいぶんと軽いな」


 杖を手に取ったジークフリートが感想を漏らし、もっと重量感があってもよいのではないかと鍛冶職人に注文を付けた。


「ワシが息子に託したのは、これより三回りほど大きかったぞ」

「お気持ちはわかるが、お使いになるタスク様は人間族。龍人族と同じようには扱えないだろう」


 それに、と付け加えて、ダークエルフの鍛冶職人はさらに続ける。ここから装飾品のたぐいを付けたら合計で十キロ近くなる。戴冠式でオレが問題なく扱うためにも、このあたりに留めておかなければならない。


 王笏を持った途端、あまりに重さによろけて転倒なんてカッコ悪い真似は避けたいところだ。もっとも、十キロでも相当重いと思うけどね。


 というか、これより巨大な王笏ってどんなのを使ってたんですか、お義父さん。住居の柱みたいになっちゃいますよ?


「ふむ。当たらずとも遠からずだな」

「マジですか」

「もちろん、装飾がある分、華麗な代物ではあるが。そうさな、長さは五メートルほどといったところだな、これの倍以上はある」


 ……その大きさになったらオレ持てないっスわあ……。むしろ杖の下敷きになる自信しかないね。ランベールが配慮して作ってくれたことに感謝を覚えるよ。


 で、その名工の話によれば「王冠も控えめにあつらえている」ということで、制作途中のものを見せて貰ったのだが。それは匠の技によって宝石と銀細工が絶妙に配置されており、上品さと優雅さが調和された冠となっていた。


 品のなさが目立つような華美さを微塵も感じさせず、惹きつけられる絢爛さに目を奪われていると、ランベールが制作進捗としては八割程度であることを教えてくれた。


 これで八割!? 完成品といってもおかしくないけど……。


「研磨や細工の微調整などの仕上げが残っているからな。それに、完成したら精霊神による祝福の儀式をしなければ」

「ホレ、そなたの挙式が精霊式であったろう? 大陸の祭事に精霊神の祝福は欠かせんのだ」


 補うようにして義父が説明してくれた。お清めみたいなものかと納得すると、義父は視線を王冠に戻し、不満そうに呟いた。


「ぬ。この王冠、龍の細工がついておらんではないか。タスクは我が息子である故、龍人族の証を付けぬは不自然であろう」

「ジークフリート様のお言葉はもっとも。だが、龍人族の国から独立するとあっては、あえて付けないほうがいいだろうという意見もあってだな」


 応じるランベールの口調は重く、オレは思わず髪の毛をかき回してしまった。ランベールによる当初の作成案では、王笏にも王冠にも龍の細工が施されていたのだ。それに待ったをかけたのがクラウスとアルフレッドである。


***


 独立国家を宣言するのに、龍人族の国の属国とも受け取られない細工は止めておくべきだ。政治的な側面から、ふたりは揃って反対の声を上げると、ランベールに再考を促したのだった。


 そんなに細かいことを気にしても仕方ないんじゃないか? 問いただそうとするオレに、クラウスはかぶりを振る。


「俺もそう思わなくはないんだけどなあ、いかんせん時期が悪い」

「時期?」

「オッサンが退位して、息子アーダルベルトが後を継いだ直後にお前さんの戴冠式だろ。龍の細工を施した王笏と王冠なんて用意してみろよ。お前さんこそ、正当な龍人族の跡継ぎであるというふうに受け取られかねん」


 まさか、と、言いかけて言葉を飲んだ。ジークフリートとは実の親子と同じぐらいの関係性を築いているぐらいの自負はある。であれば、いらぬ誤解を招くような真似は控えるべきなのだろう。


 それに、オレはどうやらアーダルベルト陛下に嫌われているらしい。心当たりはまったくないのだが、保守派層の支持が厚いとのことなので、あちらにしてみたら自由勝手にやっている――あくまで向こうの主観でしかないのだが――オレのことが気に食わないのだろう。


「そういうことだな。煙が立った途端、大火になっても、いまのところは鎮火するのに水が足りねえからなあ」


 際どい表現を使いながら、軍服姿のハイエルフは不敵に笑った。たとえ話だとしても看過できないものがある。


「冗談としては笑えないな」

「本気だったら?」

「タチが悪い」

「そりゃそうだ」

「……過激な発言は控えてくれよ。お前だって、フライハイト国の要職に就くんだからな」


 颯爽と身をひるがえし、クラウスは片手をひらひら振って執務室を後にしようとしている。……まったく、そういう話はふたりだけの時でもカンベンしてくれよと言いかけた矢先、ハイエルフの軍人は思い出したように呟いてから、部屋を出て行った。


「ま、しばらくの間は面従腹背でいこうや」


***


 まったく、思い返しただけで頭痛がしてくるよ。お義父さんもお義父さんで「龍の細工が無くてなにが王冠か」と聞く耳持たないし。


 はあ、仕方ない。強引にでも話題を変えるか。


「お義父さん、お義父さん」

「なんじゃ、タスク。ワシはいま、そなたのためを思ってだな」

「ご高説は十分に賜りましたって。それより、おもしろいものがあるんですけど、ちょっと覗いていきませんか?」


 ジークフリートの背中を押して歩き出だしたオレは、振り返りざま、ランベールに「スマン」と目線を送りつつ、蒸気機関の研究施設へと足を向けた。

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