347.父として
オペラ座の視察から戻ってきたヘルマンニは、出迎えたアルフレッドの案内で来賓邸に向かい、そのまま交易協議に入った。オレ自身は同席していなかったので詳細はわからないが、どうやら双方ともに満足いく結果で終わったらしい。
ガイコツの表情に喜色を浮かべ、再び執務室に現れたヘルマンニは、ご機嫌に顎をカタカタと鳴らしては「いやはや有意義な取引ができましたな」と協議についての感想を述べるのだった。
「領主殿のおかげで、好条件を引き出せましたのですな。御礼申し上げますな」
「それはよかった」
「稲作技術については人選を進めた上で、あらためて派遣の連絡を差し上げたいのですが、それとは別にお話ししておきたいことがありましてな」
後ほどアルフレッド殿から報告があると思いますがなと前置きして、骨人族は自身が演出と振り付けを担当する魔道国歌劇団の公演プランについて説明を始めた。
ファビアンを伴って視察を終えたオペラ座については、これといって問題が見られなかったため、一ヶ月後の完成を目処に歌劇団を引き連れてやってくるとのことである。実際の舞台で公演練習を行いたいそうだ。本番環境は大事だもんな。
それと、こけら落としとなる舞台は『カオル殿下生誕記念』という名目が設けられ、およそ三ヶ月間に渡っての長期公演を予定しているらしい。……もしかすると一日一回は公演をやって、それを三ヶ月間続けるってことかい?
「その通りなのですな」
「オレがこんなこというのも悪いんだけど、そんなにお客さん入るかなあ?」
「ご心配には及びませんですな。歌劇団には一定数ご贔屓いただいているお客様がおりましてな」
熱心なファンは同じ演目でも毎日のように足を運び、十数回観劇するのが当たり前。それ以外にも握手会やグッズ販売などで収益は見込めるよう、準備を進めている。
ヘルマンニは自信ありげに胸を張り、すでに宣伝もバッチリ済ませている旨を告げては、ちらりと本音を覗かせた。
「外貨獲得の貴重な機会ですからな。最大限に活用させていただきたいのですな。ああ、もちろん、カオル殿下のご生誕をお祝いするのが大前提ですがな」
「いや、そんなに気を遣わなくていい。祝ってくれるのはありがたいが、客席がスカスカだと、頼んだこっちも申し訳ないからな」
ある程度はビジネスライクにやってくれと応じるオレを見て、ヘルマンニは頷いてみせる。
「そう言っていただけるとありがたいのですな。公演が終わった後には見合った金額をお支払いしますので、どうかご安心を」
「は? ウチが金を貰うのか?」
「当然ですな。タダで舞台を使わせてもらおうなど、虫が良すぎる話ですからな」
公演を誘致したからには滞在費からんいからウチ持ちだと思っていたのだが、どうやらアルフレッドとヘルマンニの間で取り決めが交わされていたのか、歌劇団の収益のうち、一、二割はフライハイトの取り分と決まっているそうだ。うーむ、金が絡むと隙がないな、アルフレッド。
まあ、双方納得した上で合意しているみたいだし、ヨシとするか。歌劇団だって無償で公演を続けるのも胸が痛むだろう。場所代と思ってありがたく受け取ってしておこうじゃないか。
そして、今回の結果次第だけど、今後も定期的にウチのオペラ座で長期公演を行いたいとのことで、これについてはふたつ返事でオーケーを出した。ハコがあっても披露するものがなければ意味がないしな。頻繁に歌劇団を観劇できるのであれば、ニーナも喜ぶだろう。
なにはともあれ。
宿泊していくようにと勧めるこちらの申し出を断ったヘルマンニは、足取りも軽く帰路についたのだった。
オレはといえば将棋協会支部の建設に戻るわけでもなく、息抜きがてらカオルの顔を眺めにリアの元へ足を運ぶことにした。散歩に出かけていたようで、庭先に設けられたミュコランたちの住まいにいるところを、ヘルマンニを見送る際に目撃したのだ。
ログハウス風の建物に入ると、胸元にカオルを抱きかかえたままのリアが、雛たちの元気な様子を眺めやりっては、口元をほころばせている。
「見てごらん、カオル。カワイイねえ」
母親譲りの大きな瞳がペアとなった雛たちをじぃっと見つめている。淡い桜色をした頭髪も日を追うごとに伸びてきて、ますますリアに似てきたなと思いながら、オレは龍人族の妻に声をかけた。
「あ、タスクさん。お客さんは帰られたのですか?」
「うん。真面目な話をしてたから、少し疲れたよ」
何気ない会話を交わしつつ、オレはリアから受け取るようにしてカオルを抱きかかえた。いまのところ、オレが抱っこをしていても「ママがいい!」と主張するように泣き出しはしないので助かっている。赤ん坊の頃からパパ嫌いになってしまったら、オレとしても立ち直れないからな。
しっかし……。いまはこんなに小さくて可愛らしい子でも、いずれは親離れするんだろうなあ。つい先ほど、ニーナと話していたからじゃないけど、いろいろ考えてしまう。
成長するにつれて、跡取りだなんだと、いろいろな重責を背負っていくのだろうか? 遠い未来に想像の羽を広げていると、ぼうっとしていたのか、リアが不審そうな眼差しでオレの顔を覗き込んでいる。
「本当にお疲れのようですし、カオルならボクに任せてもらえれば……」
「いや、そういうわけじゃないんだ。ちょっと考え事をしていたというかね」
ふと、気になって、オレは妻に問いかけた。
「なあ、リア。少し聞きたいんだけど、リアはカオルにどんな大人になってほしいんだ?」
「ええ? どうしたんです、いきなり?」
「いや、なんとなくな」
突然の質問に、一瞬、戸惑いの表情を見せたリアだが、真剣に考え込むと、数秒の後、紡ぎ出すように呟いた。
「そうですねえ……。タスクさんの跡を継いで、立派な王様になってほしい気持ちはありますけど……」
「けど?」
「ボクとしては、優しくて思いやりを持った人になってくれたらそれでいいかなあって」
王妃失格ですねと苦笑するリアに、首を左右に振って応じる。決して、そんなことはないと思う。オレの跡を継ぐより以前に、人として大切なものが確かにあるのだ。
それさえ備えてくれたら、あとはどんな道を選ぼうが応援するのが親である。王になるという選択肢が、この子の将来に無くてもそれはそれでかまわない。思いやりを持って健やかに育ってくれたら、それだけで十分なのだ。
とはいえ、こんな話を
ま、いずれにせよ、遠い未来の話さ。
この子がどんな将来を歩もうが後悔することがないよう、いまを生きるパパは、いまできることを頑張りますよ。
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